棘の浜 幼年編 1話

棘の浜 幼年編 1話

m未定

「茂、お前はどう思う。」


少し頬のこけた男が茂に尋ねた。茂は男の方を振り向き、きょとんとして見せた。風が強い。軒下で話すと、男の声が少し震えているのも相まってよく聞き取れなかったようだ。


「どうって……何が?」

「お前は自分の能力をどう認識してるか聞いたんだよ。確か棘を操れるんだよな。 かっこいいとか、便利とかそんなもんでいい。」

「こんなのいらない。砂遊びにしかならないよ。」


茂は男の話を遮るともに右手を仰向けに開いた。掌の一点が濁った白に変わった。白が円形に広がるとともに、同色の突起物が茂の掌から生えてゆく。二人の話す『棘』とはこれのことらしい。


突起物はゆっくりと丈を伸ばし、鋭い円錐形の棘となった。長さと共に、太さを増してゆく棘は、白の円と重なった瞬間に成長を止めた。成長の停止と同時に棘の色は薄い茶色を帯びてゆく。


強い風が吹いた。棘は形を失い、茂の手からこぼれ始めた。茂は棘もとい砂粒を払い、小さく「ほら」とこぼした。


「昨日、父さんと母さんを怒らせちゃってさ。」

「殴られたのか……。」

「そう。確かに殴られるのは怖いし痛いけど、この力で抵抗したら多分もっとひどい目に遭うんだ。だから、こんなのより身を守れる力が欲しかった。」

「……俺からも注意しておく。」


男は茂に背を向けてそう言った。内にある激情に対して嗚咽も涙も出ない。情けなさと後ろめたさに苛まれてその目を見つめることさえ叶わなかった。

「ホントに⁉」


対照的に目を輝かせ、男の方を見る茂。大きく深呼吸をし、男は平常心を取り戻す。そしてなだめるような声で答えながら、茂に振り向いた。


「当たり前だ、俺はお前らの先生だからな。……でも、これじゃ駄目なんだ。もっと根本的な解決が必要なんだ。」

「……先生が何を抱えてるか知らないけど、俺で良いなら手伝わせてよ。」


茂の目に映る男はまるで見えない重荷を背負っているように苦しそうだった。だが同時に、その重荷を過保護なまでに抱きかかえているように見えた。


「この問題は、どうしようもなく深くて、俺の手にも負えない。だから……」

「——だから俺が手伝うんだろ?」


茂は閉じかけの男の心に無理矢理入り込んだ。そして重荷を手放そうとしない彼を咎めるような目つきで見据えた。やがて男は笑い出した。ただ守り愛すべき対象として見ていた茂が、露頭に迷う自分に手を差し伸べている。その成長にあっけを取られて、いつしかただ親のように喜びだけが訪れた。


「ハ、ハハ、そう、その通りだ! そのためにまずお前には……強くなってもらう。加奈を連れて町から逃げ出せるくらいにな。」


男はそう言って革の手袋で茂の頭をなでた。父親が幼い子供にプロ野球選手を目指せというように、豪快で満面の笑みでそう告げた。


「具体的過ぎてわかんねえし、そもそも強くなるってどうすればいいんだよ。」


熱意はそのまま、茂の勢いが止まった。男の要求に対し、応える手立てを欲した。


「俺が稽古をつけてやる。お前が懐で腐らせてたその力で、いつかこの町を抜け出せるようになるまで。」


男は無意識に出たように一瞬のブレもなく、ただ前だけを見据えて言った。


「うん、分かった。」


充実感と高揚感の中でただ一言、簡素なまでに短く茂は返した。


数秒間の無言を経て、茂は安堵と脱力に見舞われた。視界がぼやけ、喉の奥が熱くなる。振り向いた瞬間、男の顔が歪んで見えて、初めて自分が泣いていることに気が付いた。


「茂、大丈夫か?」


茂はこれまで、『抜け出さなければ危険である』という自身の判断を『抜け出したい』という欲求として捉え、それを間違った考えとして戒めてきた。だが、今この瞬間、絶対的な判断基準の一つである男がこの判断を肯定した。


「うん。少しだけ、生きててよかったって思えた。」

「そりゃよかった。」


口では安堵しているようだが、男はなぜか羨ましそうにそっぽを向いていた。


「……そろそろいい時間だな。気を付けて帰れよ。」

「それじゃ、また明日。」


男は茂の背を見送りながら、たった二人の愛する生徒を、またその尊厳を死守すると心に誓った。

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