tuduki

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邪魔にならないよう道路脇の法面を下り、植えられた木の陰に彼女をもたれさせる。首元に凍り付いたペットボトルを当て、

冷たすぎない飲料水と塩飴を手渡す。

彼女は素直にこくん、こくんと喉を鳴らして飲料水を飲み、塩飴をぽいと口に放り込む。


「ほむふむへむ……」


ころころと頬の中で飴玉を転がし木陰で休むその姿は、190cm近くありそうな背丈の彼女を、

一瞬童女のように錯覚させ――――


「ありがとうございましたぁ」

゛!?”


いや、本当に童女に―――――!?

ゴシゴシと目を擦り、再び彼女を見やれば先ほどと変わらぬ長身、圧倒的スタイルの彼女が其処にいた。


゛……???”

「どうかなさいましたか?」


見間違え?いやしかし、それにしては妙な現実味を帯びていたというか、実物がそこに居たかのような現実感が

確かに……だが現実はこのありさまで……

乱舞する疑問符を意に介さぬように彼女はすくっと立上り、


「はへっ……」

゛まだ安静にしてないと駄目だよ!?”


ふらりと足を縺れさせ、倒れ込もうとする彼女を慌てて支える。

その長身とハスミ以上の身体つきは確かなずっしり感を伝えてくるが、足腰を踏ん張ってどうにか支える。

そのまま彼女を、再びゆっくりと座り込ませる。


「ごへんねェ……わたし、たいりょくなくってへェ……」

゛うん、まぁ、見れば分かるよ”


暑さに耐える犬のようにでろんと舌を伸ばす彼女の言葉は、何処か舌ったらずな風に聞こえる。

彼女が再び水を口につけ、残った塩飴を口の中で転がす。そうして再び、彼女に少しの活力が戻った。


「……申し訳ありません、みっともないところを見せてしまって」

゛気にしないで”

「そう言って頂けると……あ、失礼しました。私、シスターフッド聖歌隊所属、隊長の二ムツと申します」


漢数字の二と書いて「したなが」と読むんですよー、と彼女は朗らかに笑う。その笑顔は、怪しさとは無縁に見えた。


「あなた様は……あ、いえ!分かります!分かりますとも!私、とても偉いシスターなので!」


分かりますとも!と自慢げに胸を張る――――そして揺れて弾む――――彼女の姿はその大人びた風貌に反して、

やはり見た目よりも幼げに見え、


「シャーレの先生、ですね!」

゛!?”


今度は彼女が、160~170程度の、身長的には学生相応の姿に見えた。

だがやはり、瞬きの間に彼女は確かに長身の姿へと戻っていた。雰囲気のギャップが見せる幻影にしては確かな像を

結び過ぎている気はするが……


「それにしても、シャーレの先生にお会いできるなんて!お噂は―――」


そこまで言って、ムツは視線を少し逸らし、顔を赤くした。


「お噂は、色々とぉ、お聞きしておりまして……ええ、はい、あの」

゛……どんな噂を聞いたの?”

「えっと、あの、ハスミちゃんとツルギちゃん、それからヒフミちゃんにですね?あと繋がりで、はい、コハルちゃんから」


はい、色々と。と言う彼女の視線は泳ぎに泳いで、顔は耳まで真っ赤っ赤。


゛……とても誤解されている気がする!!!!”

「ひゅいっ!?いえ、決して!決して私は色眼鏡などではですね!?」


遺憾の意を表明すると彼女は慌てて立上り、こちらに弁明をしようとしたのだろう。

しかしその瞬間、彼女の長身によって押さえつけられていた木の枝が背後で勢いよく跳ね上がり、


グンッ


「はへっ!?」

゛えっ!?”


直撃こそしなかったものの、大きすぎる彼女に合わせてなのかは分からないがヒナタ並みに改造された、

シスター服(?)の布を引っかけ、捲り上げ、そして


ビリッ


「えぇーっ!?」

゛うそぉ!?”


尖った枝先は、見事に彼女の衣服を切り裂いた。

深くスリットが入った、というよりも前後に布を垂らしただけのような下半身の衣服は無残にも破れ、

身を捩った勢いで彼女の捲れ上がった背面が――――


「み、見ないでぇ~!?」

゛ちょ、ちょっと待って!落ち着いて―――”


急いで目を逸らし、落ち着くように促す矢先、目の中に「美しいもの」が飛び込んで来た。


「――――」


翼がある生徒ではない。しかしその姿を認めた時、彼女を「天使だ」と思った。

伏目がちの瞳は何処か神秘的で、吹き抜ける風に揺れる彼女の髪の毛は透き通るような青空の色。

背丈は低く、少しだけアロナに似たものを感じる。

彼女は手に何かを抱え、静かに此方を見据える。サァ、と吹いた風が彼女の髪を靡か


「あ゛ぁーっ!?誰ですかあなた!?ムツ様になんてことをするのですかぁーっ!破廉恥なーっ!!」


―――せると同時に、彼女は大音量の声と共に、法面を駆け下りて来た。


「あ゛ーっ!駄目ですっ!!ムツ様の!ムツ様のおっきなお尻と大人なパンツが丸見えにーっ!!」

゛!!?”

「ナシコちゃん!?ナシコちゃーん!?大声で叫ばないで下さいーっ!?」


素早い、というよりもすばしっこいという感じで急速に駆け寄って来た「ナシコ」と呼ばれた少女。


コケッ


「ん?」

゛え?”

「あっ」


――――ゴンッ、ゴロゴロゴロゴロ……ズザバシャーン!!!


「……ふー……危なかったです」


―――ずっこけ、見事なまでにゴロゴロと転がり、どうにか川の手前でドリフトを決めて押し留まった。


「あ……よ、良かったぁ……!ナシコちゃんが落ちたらどうしようかと……」

゛ああ、良かった……あれ、じゃあさっきの水音は?”


今さっき、確かに水音がした筈だ。では何が落ちた?

よくよく見れば、どんぶらこどんぶらこと何かが流れている。川面の反射でよくは見えないが、先ほどまで彼女が抱えていた、

何かの入れ物のように見えるが……


「……あぁーっ!?お菓子入れが!?」

「あっ!?ナシコちゃんーっ!?」


叫ぶが早いか、上空からバラバラと散らばるお菓子と共に、ナシコが川の中に飛び込んだ。

ムツはおろおろとしながらも此方を見やり、肩を掴んでがくがくと揺らしてくる。


「せ、先生!助けてください!ナシコちゃんが!ナシコちゃんは!」

゛お、落ち着いて!流れも遅いし深い川じゃないから―――”

「ナシコちゃんは泳げないんですぅぅぅぅぅ!!!」


見れば飛び込んだはいいもののブクブクと沈んでいく彼女と、中に水が入り込み彼女と共に沈んでいく、

件の容器の姿が見えた。


゛……うわーっ!?”


結局その日はムツの調査など進まず。急ぎ飛び込み、救命活動をする事になったのだった。


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