影竜の顛末

影竜の顛末





【剣士が亡霊を切り刻み、影竜が呑み込む。】

「おぉ……ありがとう、助かった!」


【人が騎乗して従えていると見ると、見るからにバケモノであり、

"無念"たちの同族でもある影の竜への反応も変わっていった】

「お、お前も味方なのか……? あ、ありがとう!」


【主に人と接し、間を取り持つ剣士の人柄もあってか、

竜への反応は明らかに暖かくねぎらいも多かった】

「はは……凄いな!

あれだけの数を相手に一歩も退かないどころか、逆に喰らっちまうとは……!」


【からんと、音がする。からっぽの心に響く、何かが転がり込む音。】

「うおおおっ、こいつは強ぇ! このまま全部倒しちまおうぜ!!」


「ふふ……流石だね! 君のおかげでみんな助けられるよ、ありがとう!!」

【けれど乾いた音ではなく——鈴が転がるようにキラキラした、

明るくて軽やかな音だった】


「すごい! よし、その調子だ! ――頼りにしてるよ!!」

【——本当に? 僕が——……】




【気づけば強欲の無念は数を減らしてほとんどいなくなり……】

【その残りも店員悪魔や天使型メイドロボ剣闘士たちによって完封され、

駆逐されつつあった】


「ふう……さて、そろそろ買い物に戻れるかな!

ありがとう、君と一緒に戦えてよかった!」


【…——あぁ、もう終わってしまうのか。】

【なんとなくわかっていたことだった。この時間もいずれ終わること。】


【……——僕の役割も、じきになくなってしまうこと。】

【きっとそれが、僕の最期だ。この空虚感さえ、きっと消えてしまう。】


「——あら、お客様。ごきげんよう

……その子を見ていてくださったのですね、ありがとうございます。」


「君は……天使? ああ、ミルククラウドリバーの……」


「ええ、代表のケテルです。さて——…」


【ああ、来てしまった。最後の時が……——あぁ、無念だ。】


「——かえりましょう?」


【天使が僕の額に手をかける。…——その瞬間、気づいてしまう】

【ボクの“無念”に、いつの間にかカタチができていたこと。】


【寂しいという気持ちが、何かを無念に思う気持ちが

——求める“何か”が、できていたこと】


【ああ、どうして今なのだろう。どうして今になって……

死ぬのが怖いなんて、気づいてしまったのだろう。】

【気づく前に消えられたら、楽だったのに。

虚無感から解放されるとさえ、思えていたのに。

……虚無感さえ初めは感じなかったのにも、全部気づきさえしなければ!】



【……——最後に一瞬でもいいことがあったと、満足して還れたのに——】





「……あら?」


【ぴたりと、天使の手が止まる】


「……心が芽生えかけている。そんなまさか——……いや、ですが………ふむ」


【どうして? ……まだ、消えていない。】


「…——あなたのお陰のようですね、お客様……いえ、人の子よ」


「……俺? いや、どういう……」


「いえ、説明の前に今は……——

少し、この子とお話をさせてくれませんか?」

【ああ、と剣士が頷き、それを見て天使が僕に問う】

「あなたの得た答えを……教えてくださいな。」


【そうだ。僕は——僕の無念は答えを得た。】

【彼のことを、彼と別れるのをこそ、僕は無念に思ったんだ。】

【それは、確かに求める対象……“欲しいもの”。僕に芽生えた、“欲”だった。】

「…——やはり。」


「この子はどうやら。あなたと別れるのを寂しく思っているようです」

【そう、それが答え。寂しいなんて感情は……

心もなく、無念しか持たない僕にはあるはずのない感覚だった。】


「……俺と。それは、つまり——……」


「ええ。もしよろしければ……これからもこの子と、共に居ていただければと。」

「もちろん、引き取られない事情があっても、

交友を持ってくださるだけでも嬉しいのですが……」


【ありもしない心臓が、どくどくと鳴るような感覚がする。】

【もしも、もしも叶わなかったらと思うと、

身体ごと胸が張り裂けてしまいそうで——……】


「……——本当に!?

嬉しいなぁ。もちろん、これからも一緒にいさせて欲しい。ありがとう‥…!」


【そんな不安もあっけなくかき消されてしまう。】

【春の太陽のように微笑みながら、剣士は僕の頬を撫でる】

「ふふ、君もありがとうね。そう思ってくれて……本当に嬉しいよ!」


【くるる、と喉が震える。——ああ、敵わないなぁ、この笑顔には。】

【どんなに不安でも、もうその気持ちさえ思い出せないほどに……安心する。】


「それでは……“器”を与えましょうか。

今は完全な心どころか、その器の魂もない状態ですから……」

【改めて、天使が僕の頭に手をかける。でも、もう不安や恐怖はなかった。】


【キラキラとした光が溢れ、僕の体に溶け込んでいった】

【夜の闇に星屑が散るように、体の中にもその煌めきが浮かんでいく】

【器を得つつある心が安定していく安心感と、満たされていく幸福感を覚える】


【一際大きな輝きが体を満たすと——こには、ヒトの体を得た僕がいた】




【黒曜石のような漆黒の髪、星屑を秘めた夜色の瞳。——彼と同じ、黒い髪と眼。】

【角にも、先端が透ける尻尾にも、前と違って煌めく光が浮かんでいて、】

【新しい翼は、天使のような羽毛を備えた黒翼】

【濃紺と紫のドレスにも星のようなラメと黒い羽毛があしらわれている】


「これが………ボク……?」


【鈴が転がるような高い声。

あのとき心が立てた音がそのまま声になったようで、なんだか嬉しい。】

【舌の上で転がる音、鼻を擽る香り、肌を撫でる空気。

なにもかもが新しくて、未知で——奇麗な感覚。】


「ええ。貴方の新しい体です……さあ、新しい名前も。それで、完成です。」


「そうだね。それじゃあ…——エルピス。君の名前は、エルピスだ」


【また、キラキラした音。からん、ころんと僕の胸に響いてくる】


「ボクが……エルピス。ボクの名前………」

【ふわふわとした気持ちのまま確かめるようにつぶやくと、

ぱちん、と何かが嵌るような感覚がした。】


「よい名前ですね。……誕生おめでとうございます、エルピス」


「おめでとう。これからよろしくね、エルピス……エル。」


「——……! うん、ありがとう……クオン!」


【あたたかくて、キラキラして。

なんだかたまらない気持ちが胸の奥から溢れてきて、思わずぎゅっと抱きつく】

【心の穴が完全に埋まって、安心と幸福で胸がいっぱいになった】

【触れても、においを感じても、撫でてもらっても……

存在を感じるほどにとめどなく湧き出してくる嬉しい気持ち。】

【パチパチと頭の中ではじけて、あふれ出しそう】


【僕は、ここにいていいんだ……ずっと、この人と一緒でいいんだ。】

【それが、そのことがなによりも嬉しかった。】


【——以上が、ことの顛末。】

【心を持たない竜は、剣士と人々の優しさに触れ、心を芽生えさせました——】

【そして天使の祝福を受けて……ほんとうのたましいを手に入れたのです。】

【めでたし、めでたし】





「ふふ……エル、それではまた。わたくしにもいつでも顔を見せにきてくれていいですからね?」


「ああ。俺もミルククラウドリバーにはよく寄るし、その時にでもいいかな?」


「ええ、存じております。毎度ありがとうございますわ……うふふ」


「うん……また、会いに行くね。おかあさん」


【……まあ。と少し天使が目を見開き、微笑む】

「あらあら……うふふ。ええ、そうですわね?」


「おや、それじゃあ俺はお父さんかな?」


「あらあら……?」


「……うーん……お父さんはヤだ。」


「あらあら……」


「あはは、嫌かー……」

【こてんと剣士が軽く倒れこむ】


「まあまぁ、きっと照れてるだけですわよ……うふふふっ」

【微笑みながら天使が言った】


「むう」

【照れてるというか、なんとなく嫌だったんだけど……】


【なんて一幕があったのは、また別のお話です】






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