swing
chameauとbélier✂オリキャラ目線
✂長い
「今夜は流星群がふるんだそうだ。良いレストランを予約していてね。是非」
「素敵」
聞こえてくるどうでもいい会話にうんざりする。なにが素敵だ馬鹿馬鹿しい流星群なんて年がら年中光ってるものが落ちてくるだけで面白くもなんともない。高い塔が爆発して金が降ってくるなら喜んで行くが。
表のきらびやかな通りを滑る様に駆け抜け裏路地へはいると中身の札を取り出して財布はまとめてドブ川へ、こうして川はいらないモノをドンドン取り込み汚くなっていく。
可哀想に。俺のせいじゃないけど。
くるりと振り返って⋯⋯そこで俺は目の前に男が立っているのに気付き固まった。
身長は低い様に見えたが俺自身が高いので普通の奴からしたら十分デカいだろう。そいつは真っ黒な、使われている布も高級そうな服を着ている癖にこの裏路地に佇む姿は何年もここに暮らしているかの様に馴染んでいた。しかし見たことなど一度も無い。
なにより気配に敏感な俺が背後に立たれて気づけないのが一番の恐怖だった。
動けない俺に夜の塊の様な男が丁寧な所作で話かけてくる。
「初めまして。探し人に会えなくて困っているんだがこの男を知らないかい?」
顔はちっとも困っていなさそうな無表情だが声色には少し疲れが見えてこの男の印象をちぐはぐなものにしていた。差し出された手配書に視線を下ろすとこの近海を取り仕切る会いたくない奴ランキング一位の海賊の頭が写っている。
「⋯⋯入団希望者か?」
「いいや、この人にちょっと言いたい事があってね一日歩き回ってお店を巡っても影も形もなくて」
知っているなら案内してくれる? と言われ半年前の事を思い出して冷や汗がでる。
「冗談じゃない。俺はあいつらに追われてるんだ。だからこうしてスリなんて地味なマネああいやそんな事はいい兎に角無理だ。殺される」
「場所は知ってるのかい」
丁寧な口調とは裏腹に顔の圧が強すぎる。
「いや、そう。まあ。でも行っても会えないと思うぜ」
「なぜ?」
「アイツは昔と違って最近は何故か約束取り付けた奴としか会わねェし話さねェ根城にしてる会員制の酒場はそいつの手下が運営しててVIPルームに引きこもってるしな」
「詳しいね」
「殺された兄貴がそこの団員だった」
「なるほど。君は?」
「俺は誘われたが⋯⋯断った。だから殺されたんだよ⋯⋯俺を庇うからだ」
だから関わるなと言外に伝えたかったが表情からして全く伝わっていない。
言って損した。
そう。と呟いた男は暫く思案したように見つめ──ジャケットの懐へ革手袋をはめた手を突っ込みギクリとしたが出てきたのは飴玉だった──実はなにも考えていないのだろうかいやそんなまさか。呑気に飴玉を転がす男に改めて不気味さを感じて距離をとり橋の欄干に背中を預ける。
「君なら会えるんじゃない?」
「お前に何かする義理がねぇぞ」
「会えるんだね。運が良い」
「あのなあ!」
「お礼はする」
飴玉をそのまま出した様な甘い口調で男は喋る。
「その海賊のお金をあげる」
「君を殺さないであげる」
「ね? 凄くお得」
昼飯を食べていない胃がギュウと絞られるような。
兄貴だったものが散らばる川を見下ろした時と同じ気分だった。
この男に関わっては駄目だ。本能に聞くまでもない怪しすぎる。
俺は重く息を吐き出すと、
「せめてバレない変装くらいさせてくれないか?」
頷く男の後に続いて歩きだした。
シャモーと名乗ったその男は服のセンスは人間側の様だった。
ブランド店を「あそこ嫌い」と素通りし個人経営スーツ店に入り俺の身長体重を聞き出すとメジャーを借りてあれやこれやと計りだし試着室に放り込まれてスーツが次々渡されてきた時は帰りたくなったがいざ着てみるとこれが不思議としっくりきて動きやすい。
「スーツなんて初めて着た」
「だろうね。だから選んだんだよ」
白ハットを目深に被せてきて真顔だがどこか満足そうに頷くシャモーを横目に鏡を見る。
「俺が消えちまった」
「消えなきゃ意味ないでしょう。さあ案内して」
向かう為に裏通りを通ろうとして引っ張られる。
「近道のつもりかい? 服を汚さないで」
表通りに連れていかれ慌てる俺にシャモーは呆れた様に肩をすくめる。
「君がスリなんて分かる人いないよ」
道すがら何度も周囲の気配を探り逃げれるよう警戒していたが
「服にカッコ悪い思いさせないでくれるかな?」
後ろから声がかかる。理屈が意味不明だが声色で逆らわない方が良いと判断し姿勢を正すと背後の殺気が消える。どうやら男にとって服はヒエラルキーの上位にあるらしかった。
島の一番賑やかな大通りの突き当たり、カジノを正面にして右手側に目当ての酒場がある
「ここってカジノ直営じゃなかった?」
「非加盟国だぞ」
「分かりやすい説明どうも。一回ここ来たんだけど」
「明るい内は海にいて会えないぜ。まあどちらにしろお前を見て部下も会わせようとする気は起きないだろ」
「なんで?」
「⋯⋯」
ねぇなんで? としつこく聞いてくるシャモーを無視して入り口で会員の証であるバッジ(勿論偽物だ)を見せて酒場へ入っていく。スーツを着ているだけだというのに誰にも声をかけられないとは本当に気づかれていないのか、着替えただけとは思えない効果だ。
吹き抜け二階を見上げれば船長のいる部屋には兄が殺された時と同じ見張りが立っているので確実に居ることを伝え、カウンターは避けてジュークボックスの側の席へと腰掛けて適当に注文させる。ここなら滅多な事では会話は聞き取れないはずだ。
「店まで入れば後は自由だ。勝手にしろよ」
「駄目だよ君がここにいなきゃお金渡せないじゃないか」
どうやらあの約束は本気らしい、俺は内心こいつが恐ろしい存在だとは思っていても勝てる見込みなど0に等しいと予想していたので精々この場を引っ掻き回してくれれば気が晴れる程度に考えていたので考えあぐねたが、
「危ないと思ったら逃げて良いし」
と言われ上げかけた腰を戻した。そしたら噴水前に集合ね、という言葉に適当に返事をする。
「一応今VIPにはいるみたいだがどうやって引きずり出す気だ? ここは店員も客もほぼアイツの手下だしちょっと騒ぎを起こしたくらいじゃ何時もの事だと思って顔も出しやしねぇぞ」
「うーん。真っ直ぐ部屋に行こうと思っていたんだけど」
「無理だって言ってるだろう見張りに止められる」
「別にそれは問題ないんだけれど」
「いや、だから」
「今カウンターにいるのは?」
「⋯⋯全員下っ端だよ。幹部連中は真ん中の、あそこでポーカーしてる」
「下っ端のリーダーている?」
「二階に続く中央階段の見張り。赤い服の奴」
「なるほど。それじゃあちょっとここにいてくれるかな」
「ここにか」
「そう。曲でも聴いてゆっくりしてて」
そこから動かないでね、と一言残してジュークボックスに銅貨を入れると階段へ向かっていく。
『だから入らせてもらえねぇっての』
適当にボタンを押して流れ出す音楽に耳を傾けながら見張り数人がシャモーに近寄り喧騒と音楽に混じって、
「誰も近寄らせるなと言われている」
そんな断片的な会話が聞こえて赤い服の男が肩に手を伸ばして、
刹那、男の首がとんだ。
一瞬どころか、事態を飲み込むのに数秒かかった。
シャモーの手にはいつの間にか身の丈程ある巨大な鋏が握られていて──そういえばずっと似つかわしくない大きなギターケースを持ってはいたが何故かここまで入り口の警備も自分も誰一人気にも止めていなかった──その鋏が綺麗に首を刎ねたのだ。
刎ねられた首を器用に髪を掴んでキャッチすると胴体は邪魔だと言うように両隣にいた部下の方に押しやられドウ、と音を立てた。
ジュークボックスの音楽だけが店を盛り上げようと必死になる中、今や店中の人間が一人残らず生首を持った男に驚愕と恐怖の目を向け痛いほどの静寂の後に悲鳴が
「しー⋯⋯」
上がるはずだったがシャモーが指を立てて口の前に当てる動作をしたことで無理矢理抑え込まれ起こることはなかった。
教会で騒ぐ不届き者に神父が注意したかのようでこの場には異様で薄気味悪い光景だったが誰もそれに口出す者はいなかった。
シャモーは静かになったことに表情一つ動かさず頷くと二階を見上げ、
「話をしに来た」
怒鳴りつけるでもないその舞台上の役者の様な声は確実に扉の向こうにも届いているだろうと思われた。
「逃げるな」
気配が読める俺だから何とか二階にいる“頭”に話しかけているのだろうと分かるが周囲は終始混乱したままだ。
「この島の羊毛加工工場を知っているね? 半年前取引に行ったら機械はメチャクチャ、資金は奪われ閉鎖が決まっていた。原因は君だと調べはついてる。良くもまあ逃げ回ってくれたものだお陰さまでこっちはこの海域を散々移動させられた」
足元に広がる血を避ける様にヒラリとテーブルに飛び乗り話が続けられる。
「工場再開の為に“君の三割”を貰い受ける。それが嫌ならその部屋から出て来い三十秒毎にこの場の船員を斬っていく」
ざわりと恐怖と殺意が立ち上る。シャモーは気づかないのか感じないのか、脅威ではないのか。少しも動じず喋り続ける。
「この人数なら曲が終わる頃かな⋯⋯早く決めなよ時間が惜しい」
その言葉が終わると共にVIPルームから耳をつんざく銃声が襲いかかるのと盾にされた首がぶっ飛び周囲の部下達が武器を手に立ち上がるのと、シャモーがテーブルを蹴って鋏を振り回すのはほぼ同時の事だった。
酒場は今船員以外とうに逃げたしていた。
非加盟国に住まう者来る者というのはそれくらいの危機意識は持っているもので、あの発言と行動を見て
「じゃあ自分は関係ないから見物していくか」
となるのは愚か者か自殺志願者だろう。
なら俺はなんなのだろうか、とテーブルを流れ続けるジュークボックスに斜めに立て掛け我ながらデカい体を隠しながら考える。やっぱり後者だろうか。
ダンスを踊っているのかと錯覚する足さばきと合間に聞こえる悲鳴と鋏の音、ギリギリで相手の攻撃を避けて突然ゆっくりと歩いたかと思えば一息で懐に入り込み斬り込む姿は美しいかもしれないがさっき聞いた台詞を思い返せばゾッとするだけだ。
「秒数合わせてやがる⋯⋯」
此方にぶっ飛んできた巨体を奪ったサーベルで反らして壁に縫いつけた荒業からしてもあのシャモーはたった一人だというのに冷静にこの場を見極め動いている。
血飛沫が飛び交う中服どころかマントにさえ汚れ一つ付かないこの男は本当に人間なのか? という疑問と恐怖で足がすくむ。
「この島にカジノは要らないかな。昔の田舎でのんびりした牧場ばっかりだった頃のが好きだったし」
斧を持った男が倒れた瞬間二階にいた男が飛び降りると共にメイスを後頭部目掛けて振り下ろして──スルリと振り返り様にいなすと鋏がガギンと閉じられる。
「あそこ不正してて勝てないし」
流れ終わった音楽と片足を失った男の絶叫と部屋の気配に思わず声が漏れた。
「おっ⋯⋯おい! 逃げたぞ!」
「大丈夫」
シャモーは丁寧に鋏の血糊を拭いて新しい飴をくわえてから部屋の中を血を踏まない様に丁寧に呻き声を上げる船員達を気をつけて踏みながら二階に向かう。
「こっち」
銃弾で穴の空いた扉を開くと戦利品で溢れたVIPルームというより船長の部屋に近いのか略奪したのだろうお宝を丁寧に飾り付けた部屋の奥、バルコニーに続く窓は開けっ放しでカーテンがはためいているが外から鳴き声と⋯⋯泣き声?
「どうせ逃げ出すから事前にショコラに頼んでおいたんだ」
バルコニーから下を見下ろすと大通りのど真ん中、兄貴を殺した海賊の頭が駱駝の巨体の下敷きになって泣きわめいて暴れていた。
「あれだけちょーだい。他のはあげる」
俺は頬をつねってから夢でない事実を確認して。
ただ黙って頷くしかなかった。
カジノ経営どころかこの島を牛耳っていた海賊が居なくなって大混乱になる前にとっとと立ち去ったほうが良いという判断なのかシャモーは頭を縛り上げ自分の船に乗せて終わらせてしまい本当に他の物は要らないようだった。
「幹部連中も懸賞金出てるぜ」
「他人を乗せたくないんだ。本当は箱詰めにして送りたいけど小さい頃それで怒られたから。一人が限界それ以上は邪魔だからいいよ」
近くにいる海軍に連絡したので夜明け前に来るそうだ。
「私は事情があって引き渡しに立ち会えないから自分で近くまで行ってショコラに頼んでお金はそのまま工場に郵送するよ」
そう話す男の印象は変わらず不気味なままだった。
「あ、あとこれ」
キン、と平らなケースを開けて中から一枚の名刺を取り出すと差し出してくる。
「私の名刺。君スリよりモデルの方が合ってると思うよ」
機会があったら来てね。と言われて慌てて見るとそこには
“TAILOR C オーダーメイド応相談 どこでも配送承ります。”
と言う文字とショコラと呼ばれている駱駝そっくりのイラストが浮き彫りで刻まれていた。あんぐりと口を開けてシャモーと名刺を交互に見る。
「あ、あんた海賊狩りじゃないのか?!」
「海賊だけど」
「はっ!? ⋯⋯かい⋯⋯? は?」
「それじゃあね、アニョーくん」
情報の嵐に混乱したまま、シャモーはついぞ無表情を貫いて流星群が降る中を正に嵐の様に立ち去ったのだった。
「ベリエだよ⋯⋯」
✂
「荷物を運ぶなんざガキでもできる使いだとおれは考えて依頼したんだが」
帰って来た間抜け面にそう言って出迎えるとデスクの前で気まずそうに笑って誤魔化そうとする姿は何十年も変わることがなく、アニキには怒りを通り越して言葉も出ない。
「おれは言ったはずだ。“一週間以内に先方に渡せ”それにアニキは“余裕”だと答えた筈だ。それがなんで三日前に届いた連絡が来るんだ? この半年連絡一つせずに何を遊んでいやがった?」
「でも私仕事のついでに渡すって」
「でもじゃねえようるせえよやること終わらせてから仕事しろ黙れ」
おろおろするアニキに心底うんざりする。組もうと言い出したのは向こうの癖にこの男は相も変わらず自由なままでちっとも大人しくならない。
久方ぶりの兄がいる暮らしに感覚が戻りきっていなかった事を自覚する。こいつよりショコラの方に書類確認をさせておけば良かったアニキをなぜ信用したのだろうか何度も裏切られ続けているというのに。
「ご、ごめんね」
謝ってはいるがアニキは何故自分が怒っているかなど分かっちゃいないのだ。それがまた腹立たしいが指摘するのも馬鹿馬鹿しいし理由を言ってアニキが変わるわけがない。
「⋯⋯半年何をしていた」
報告しろ。
そう言われるや否やアニキの表情が緩むのだから本当に単純で分かりやすい。
持ってきた荷物を広げながら報告という名の土産話を話し出す。
数分後、よその海域で勝手に暴れて海賊を潰した事への叱責が島中に響き渡ることになった。