stalking
任務終わりの陸の上。
ロシナンテは酒盛りの場から少し離れた暗がりで、のんびりと煙草をふかしていた。
その楽しみを邪魔するかのように、暗闇の中から突然。
「やあ、元気かな?」
突如現れた黒ずくめの怪しい男に、ロシナンテは思わず腰の銃に手を当てる。
海賊か?それとも政府の者か?
ロシナンテがその決して良いとは言えない目付きで睨むと、男はわざとらしく明るい声をあげた。
「そ、そんなに警戒しないでくれ。わち…いや私は怪しい者ではない!本当だ!」
わたわたと手を振りながら、怪しい男は降参するような素振りを見せる。
見たところ、武器を所有している様子は無さそうだ。
しかし、丸腰であっても能力者ならば油断は出来ない。
警戒するロシナンテをよそに、男は何故か誇らしげに微笑んだ。
「少尉になったと聞いた。立派なものだ。これからも励みなさい」
「……へ?ありがとう、ございます?」
「君はまたそんな安物の煙草を吸って…。せっかく海軍将校になったんだ、もっと上質な薫りを身に付けなさい」
「はぁ…」
いや誰だよ。せめて名乗れよ。おれはこの安煙草が1番好きなんだよ。なんでちょっと上から目線なんだよ。
頭に浮かぶ数々の疑問と不平。
それを口にするよりも素早く、肩にひんやりとした手が乗せられた。
その人間離れした無機質な感触に、反射的に肩を引いてしまう。
猛禽類のような瞳がロシナンテを射抜いた。
おれはこいつに狙われたのかもしれない。
どこかでそんな考えが巡る。
2人の間に奇妙な沈黙が流れた。
凍りついたような時間の中、男は子どもに言い聞かせるように低い声で囁いた。
「君は、私のものにならないでおくれ」
その声には言い表せぬ感情が宿っているようだった。
乗せられた手に力が籠もる。
口調の穏やかさとは裏腹に、男の眼光は鋭いままだった。
「それってどういう…」
「すまない、忘れてくれ。君に会えて嬉しかった」
言い終わるより前に、男はもう話す事は無いという風に黒いコートを翻した。
「なァ!ちょっと待てよ!」
反射的に引き留めようとする手は空を切る。
男はもう振り返らなかった。
そして、ロシナンテはそれきり男に会う事は無かった。
だから気の所為に決まっている。
時折感じる、張り付くような視線。
死神のような、鷹のような視線。
気の所為だ。
おれは狙われてなんかいない。