spoof.

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#モブしかいないじゃんどうなってんだ教えは


 悪人は罠を敷く。悪人は策を練る。

 彼女たちは集団から弾き出され、他者とのつながりが薄く、力を持たない。

 だからこそ安全のために、そして自らの行いを秘匿するために。次の悪事のために、次の次の悪事のために。彼女たちは誘い出す。人目のつかない所に誘き出す。孤立させて数の有利を取る。自由を奪い、牙の届かない所から石を投げつける。それが最も恐ろしいと知っているから。そうやって自分たちは落ちぶれたから。

 よく見て学んで確かめて。騙って騙して嘯いて。煽てて囃して唆して。そうして獲物に喰らいつく。



「よし、こんなもんかな」

 猫背から背を正し、PCの液晶から顔を離したのは元ミレニアム生。

 その画面には、先ほどまで取り掛かっていたであろう作業の成果がチカチカと照っていた。

「あらぁ、上手ねぇダミー記事書くの」

 ぱちりと部屋の明かりを付けながら入室してきた元トリニティ生は成果物を見て感嘆の声を漏らした。

「ま、昔っから真似ばかりは上手かったからね。一冊丸ごとならまだしも、オカルト記事の一つや二つをそれっぽく作るくらいどうってことないさ。依頼があれば論文の偽装とかもいっぱいやったもんね!」

 そう、何を隠そう今回の罠は、柚鳥ナツを誘い出すためにでっち上げたデタラメなオカルト記事だ。……オカルト記事にデタラメも何もないかもしれないが。

 とかく、さまざま雑誌を読み込んで作った代物であり、こういう手合いの愛読者でも「まあこんな日もあるかな?」程度で済ませてしまいそうな再現率だ。

 ちなみに、記事の内容は『龍の髭が生る木』である。

「……龍のひげってなんだったけ」

「この間レイサくんで作ったやつさ。もとは麦芽と水飴混ぜたガッチガチの飴で作るんだがね」

「ああ、あの…………えと……おいしかったやつ」

「そう、あのおいしかったやつ」

「あなたの腕がボロボロになった」

「そう、それ」

「……こんなトンチキな内容で大丈夫?浮かない?」

 PCの画面をのぞき込みまじまじと記事を見つめる元トリニティ生の疑問に、元ミレニアム生は黙ったままオカルト雑誌を一冊差しだすことで答える。

「……?え?読めばいいの?」

 更なる疑問符と共に受け取られた雑誌が開かれると、およそ信じがたい光景が拡がっていた。


『不可思議!サイダーの湧く炭酸泉!』

『恐怖!メープルシロップの鍾乳窟!』

『怪奇!リンゴジュースの流れる川!』

『超危険!チョコの落石が降る断崖!』


 ……ダミー記事に勝るとも劣らない滅茶苦茶な内容の記事たち。

 証拠写真は不明瞭か黒塗りだらけかどう見てもGCで、そうでなければトリック写真。本文はどうとでも言い逃れできるようなあやふやな言い回し。または筆者が責任を負わないためのインタビュー形式。

 ざっと見た限りではダミー記事の方がちゃんとしているんじゃ?なんて印象を与える内容である。

 全部こうなのだろうか?……いやまさか、たまたま酷い部分に当たっただけで、他にもマシな記事はあるはずだ、と元トリニティ生は眉を顰めながら読み込み始める。

「ない……」

 なかった。

「この鍾乳洞さ、他の雑誌にも載っててよう。もしやと思って行ってみたらマジだった」

「うそぉ……?」

「おおマジよ。食べたらお腹下したぜ」

 不幸自慢でもするように腹をさすり、ケラケラと笑う元ミレニアム生に呆れた目つきが向けられる。そんな視線など気にもせず糖分補給と言わんばかりにラムネをボリボリと齧っていると、これがまた勢いよく食べたもので瞬く間に空になったプラスチック瓶が投げ捨てられる。

 LEDの冷たい光に照らされた室内を飛んでいくプラスチック瓶はゴミ箱の淵に当たって床に転がる。

「へたくそ。……あなた一応ミレニアムの出でしょ?こういう根拠のない記事って気になったりしないの?」

 元ミレニアム生は口内のラムネ片をペットボトルの水で洗ってから「ならない」とだけ短く答えた。

「なんでよ」

「なんでって、そりゃあミレニアムだぞ?解けるか解けないか分からん問題に取り組む学校に居たんだ、訳の分からんものは好きに決まっている」

 ミレニアムサイエンススクールの理念を聞かされた元トリニティ生は眉を顰める。

「そういう学校だったんだあそこ」

「まあ、それを知って入学してくる奴もそう多くないけどね」

 そういってまた口を濯いだ元ミレニアム生はペットボトルのキャップを閉め、こっちの番だと言わんばかりに口を開く。

「ああそうだ、こっちにも疑問はある。言われた通りに記事をすり替えた雑誌は一冊しか作らなかったけれども、本当にターゲットに手に取らせられるのか?」

「ふふん、任せなさいな」

 真っ当な疑問に不敵な笑みを返す元トリニティ生。

──私がどれだけ人の顔色伺って生きてきたと思ってんの。

 彼女はそう言い残すと言うと振り向きもせずに根城を後にした。

 ドアが開いている間だけ乾いた外の空気が流れ込んですぐに収まる。

 ぎぃ、と椅子のバネの歪む音が響く。

「さて、上手くいくかね」

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