snow
高速道路を降りるとそこには広大な銀世界が広がっていた。白銀に輝く連なる山々の頂きには真っ青な空が広がり、山麓に生い茂る針葉樹の深緑は白との対比を際立たせていた。
ゲレンデに向かう山道を車で走りながら、ラウダは時折木々の間からキラキラと雪面を照らす陽光を目で追っていた。そんな中、助手席から身を乗り出すようにしてフェルシーが「雪、めっちゃ積もってる!」と歓声を上げた。
車は更に登りつめ、ゲレンデの全景が現れては消えるカーブを曲がって、ようやく駐車場に到着した。4人が車を降りると、グエルの「よし、忘れ物はないな!」の声とともにゲレンデに向かって歩き始める。きらめく雪面と青空、そして遠くの山並みが織りなす絵画のような景色。
「足元、大丈夫?」振り返ったラウダの問いかけに、ペトラは「ううん、大丈夫。行こう、ラウダ先輩」と微笑んで首を振る。そして二人は、グエルとフェルシーの後を追って歩き始めた。遠くから聞こえてくる歓声に、ペトラの心も弾んだ。
──きっと、素敵な思い出になるはずだ。
***
センターハウスに足を踏み入れた4人の目に飛び込んできたのは、木の温もりが感じられる広々とした空間だった。大きく取られた窓からはゲレンデを一望できる。天井から降り注ぐオレンジ色の照明が室内を柔らかな光で包み込み、程よく配されたテーブルセットが心地よさを演出している。
そして、壁一面を埋め尽くすカラフルなスノーボードとスキー板、そしてズラリと並ぶブーツやウェア、ゴーグルの数々──レンタルコーナーはまるで選択肢の海だった。
3人がレンタルコーナーで装備選びに夢中になる中、ペトラは一人ラウンジに向かった。ソファに腰掛け、アクションカメラを手に取る彼女は、設定や記録媒体の残量を入念にチェックしていく。
「よし、これで大丈夫かな」と呟いた時、遠目にも目立ちそうなカラフルなスノーボードウェアに身を包んだグエルが近づいてきた。ゴーグルを頭に乗せたその姿はすっかりスノーボーダーだ。
「ペトラ、本当に良かったのか。別の行先でも良かったが…」心配そうに尋ねるグエルに、ペトラは笑顔で答える。
「せっかくの地球ですし、フロントに戻ったとき、話のネタになるようなことのほうが良いじゃないですか」
納得した様子でグエルが頷くと、ペトラはアクションカメラを手渡す。「その代わり、しっかり動画撮ってきてくださいね。楽しい思い出を、私にも共有してください」
「任せておけ」グエルは自信たっぷりに答えた。
そこにラウダとフェルシーが合流する。
「行ってらっしゃい。怪我とかしないようにね!」ペトラの言葉に、ラウダは「気をつけるよ」と頷き、フェルシーは「行ってきまーす!」と元気よく手を振った。
意気揚々と出ていく3人の後ろ姿を、大きな窓から差し込む明るい日差しが照らしている。なんか、捕まった宇宙人みたいな身長差だな。ペトラは彼らを見送りながら、フェルシーが聞いたら絶対に怒ることを心の中で、こっそりと呟いた。
***
ゲレンデに出てすぐ、ふとフェルシーが視線をやったのは、目に飛び込んできたハーフパイプだった。
「カッケエ! ああいうのできないすかね?」
その言葉にラウダは呆れ顔で応える。
「まだ無理だろ。下手すれば骨折するぞ」
「ええ〜」がっかりと肩を落とすフェルシーだったが、「じゃあ、せめてちゃんと滑れるようになりたいっす!」と、すぐに目標を切り替えた。
グエルも「そうだな。焦らず、基本をマスターしよう」と2人に声をかける。3人はゴンドラに乗る前に、まずは緩斜面で基本的な動作を確認する。
「このボードの前側を下にして、後ろ足で体重をかけるんだ」
行きの道中に端末で予習してきた解説動画を思い出しながら、グエルはラウダとフェルシーに説明した。助言を聞いて2人がボードに乗る。転び方の練習、止まる練習、ターンの練習。2人が少しずつコツを掴んでいく姿とは対照的に、グエルはあっという間に滑れるようになっていた。スイスイとつま先側のエッジでターンする姿に、フェルシーは目を輝かせて歓声を上げる。
「おおっ! グエル先輩、めっちゃ上手っす!」
ラウダも感心したように頷いた。
「さすが兄さんだ」
そう言われたグエルは2人の前で華麗に停止すると、「いや……なんだろうな、たまたまうまくいっただけだ」と謙遜する。「負けてられないっすね」と笑顔で宣言したフェルシーに、グエルも力強く同意した。「ああ、その意気だ」
冷たい風に頬を撫でられ、雪面で踊る太陽の輝き。斜面に響き渡る歓声と笑い声。
まだまだ初心者だが、確実に上達していく自分たちの姿に3人は喜びを感じずにはいられなかった。
***
パイロット科である時点で、一定以上の身体能力は約束されている。しかし、この3人は中でも呑み込みが早いほうだといえるだろう。数回のコース滑走を経て、しっかりとした手ごたえを感じていた。
「兄さん、交代だ」
カメラを手にしたラウダを見て自信満々に頷くグエルは、ゴーグルをしっかりと装着する。
「じゃあ、行ってくるぞ!」
高らかに宣言すると、いざコースへ。
風を切る爽快な音が耳元で心地よく響き、視界いっぱいに広がる銀世界がスピードとともに流れていく。
時折カメラ目線になり、ここぞとばかりにアクションを決めるグエル。大袈裟な掛け声を上げて小さなジャンプ台を飛び越えると、着地の瞬間にバランスを崩しかけるも、必死に体勢を立て直した。
「ふぅ、危なかったな…」動画に残るからとよく見せようとするのも、ほどほどにしないとな、とグエルは自省した。
そのまま滑走を続けていると、斜面の脇にフェルシーが腰を下ろしているのが見えた。「大丈夫か!」と声をかけると、「ケツが冷たいだけっす!」と元気な返事が返ってきた。「そうか! それは仕方ないな!」
ここからが本番だ。全身で速度を感じながら、グエルは風を切るように斜面を駆け抜けていく。まるでダンスを踊るかのようにダットコースを滑走していく姿は、もはや初心者の域を脱していた。
ゴールが見えてきたところでゆっくりスピードを緩め、安全に停止したグエルが弟に向かって叫ぶ。
「どうだ、ラウダ! しっかり撮れてたか?」
「ばっちりだ! 兄さんの滑り、最高だったよ!」追いついたラウダが興奮気味に答える。
「ふっ、当然だ」と胸を張るグエルは、ラウダからアクションカメラを受け取った。「次はラウダの番だな。しっかり撮ってやるから、頑張れよ!」
そう言って弟の背中を押すグエル。今度は自分がカメラを構え、ラウダの滑りを見守るのだった。
***
センターハウスに戻ってきたラウダは、ペトラの姿を探した。辺りを見回し、ホットチョコレートを飲んでいるペトラを見つけた。
「ペトラ、ただいま」近づきながら声をかけると、「お帰りなさい、ラウダ先輩。楽しかった?」と微笑みを浮かべて尋ねてくる。
隣に腰かけたラウダは「ああ、最高だったよ」と答え、上級者レベルだったグエルの滑りとフェルシーの上達ぶりを嬉しそうに語った。ペトラも「そうなんだ。動画、楽しみにしてるね」と表情を明るくさせる。
そこへ息を弾ませたフェルシーとグエルが戻ってきた。
「あー、滑った滑った! ペトラ! めっちゃ楽しかったよ!」
フェルシーは大げさに肩を回しながら、興奮冷めやらぬ様子でペトラに話しかける。スノーボードを満喫した高揚感からか、フェルシーの口からは次々と言葉が飛び出してくる。
「ペトラも外出たくなった? ゲレンデの隣にそり広場があるみたいだけど、そこで遊ぼうよ!」
「あれのこと? 子供用じゃん。親子しかいないよ」ペトラは眉をひそめた。「それに、服装も」
しかしフェルシーは「ちょっとぐらいなら大丈夫でしょ! ほら、せっかくだし!」とペトラの手を引っ張る。
ペトラが「ちょっと、フェルシー!」と抵抗の声を上げる間もなく、フェルシーに手を引かれ、連れ出されていった。
グエルとラウダはそんな二人のやり取りを見守っていたが、我先にそり広場に向かうフェルシーと、なんとか着いていこうとするペトラの姿に苦笑するばかりだった。
「元気だな」「ああ、ペトラも困ってるみたいだけど。でも、楽しそうだ」
そんな二人のやり取りを見守り、グエルとラウダは微笑み合う。「あの二人が楽しそうなら、それでいいさ」
だが、その直後グエルの端末が着信音を鳴らした。
「兄さん?」心配そうに尋ねるラウダに、グエルは疲れたように答える。
「会社からだ」
「1日の休みすら難しいんだな」
心配そうな眼差しを向けるラウダに、グエルは「まあ、立場上な」と苦笑いを浮かべる。
そのとき、ペトラとフェルシーの歓声が聞こえてきた。窓の外を見れば、何が面白いのか、そりを選びながら笑い声をあげている二人の姿があった。初めは乗り気ではなかったペトラも、今はすっかりはしゃいでいる。
「楽しそうだな」
「ああ。ペトラ、あんなに笑う姿を見るのは久しぶりだ」
グエルとラウダは満足そうに頷き合った。
「フェルシーが連れ出してくれて良かったよ」
「ああ」
やがて、グエルが「さて、と」と切り替えるように言った。
「ちょっと折り返してくる」
「わかった」
ラウダに頷かれ、グエルは社員に電話をすべくその場を後にしたのだった。
***
一本道を走る車の中で、ペトラが運転席からラウダに話しかけていた。
「グエル先輩のスケジュール、すごい弾丸だったね」
「ああ、本当にな。朝早くに地球に到着して、一日スノーボードを満喫して、そして今夜中に宇宙に戻るなんて」ラウダが同意すると、ペトラは「休暇というより、修行みたい」と苦笑いを浮かべた。
助手席でカメラを手に撮れ高をチェックしていたラウダは、時折眉をひそめたり呆れたりしていた。
「フェルシーが撮ったところ、何が撮りたいのか全くわからないぞ」
そんなつっこみを入れるラウダにペトラは笑いながら、「まあ、初心者だししょうがないんじゃない? それに、楽しんでるのが伝わってきたら、それでいいんじゃないかな」と言葉を返す。
「そうだな。下手でも、思い出には変わりないか」
ラウダも表情を緩めて頷いた。
バックミラー越しに後部座席を見やったペトラは、まるで子供のように無防備な寝顔を見せるグエルとフェルシーの姿に微笑む。
「グエル先輩とフェルシー、ぐっすり寝てるね。さっきまであんなにはしゃいでたのに」
「疲れたんだろう。着くまで、寝かせてあげようか」
ラウダが優しい眼差しで二人を見つめると、ペトラも「うん。フロント行きの便まで、まだ少し時間があるし」と同意した。
雪に覆われた銀世界を背景に、静かに車は走り出す。今日一日の思い出を胸に、港に向かって。