【CP注意】show01
……思えば、最初の違和感はいつの頃だったか。
それは、アクアの遠い記憶。
撮影現場で出会った『子役』、有馬かなは、監督に撮り直しを要求していた。
泣きながら、何度も要求していた。
「今のかな……! あの子より全然だめだった…!」
自分の至らなさを見せつけられ、撮り直しを要求する幼い少女。
それ自体は、ある意味自然の情景。
自らの未熟さに打ちのめされ、だだをこねる。幼さゆえの意固地さ。
要はそういう光景。
だが、有馬かなは、続けてこう言っていた。
「あの子より……、本当にだめだった! 出来ていなかったの! 負けていたの! 次は、もっと上手に……」
上手に、負けるから。
記憶違いかもしれない。聞き間違いかもしれない。
ただ、今にして思えば不自然なセリフ。
確かに、言っていた。
上手に、負けると。
その後は、ひたすら、もっかい、もっかい、と叫び続けるその少女。
遠い記憶。
アクアは思う。
なぜ、そのことを覚えているのか。
あるいは、その少女が。
本当に悔しがったから、なのか。
……自分は何を言っているのだろう。『本当』に、とはどういうことなのか。
何故そんなことを思ってしまうのか。
時々妙に感じる世界の嘘臭さ、その中で。
その感情、情緒が本当に感じられた、そういうことなのだろうか。
『この場での出会いは 長い年月が経ち大きな意味を持つ事になる』
あの日、そんな声を聞いたような気もした。時々脳内に響く、システムメッセージ。
自身の、嘘くささを。その感覚を呼び起こさせるシステムメッセージ。
それは、自身への声なのか。
他の誰かへの声なのか。
だから思う。
そんな少女と再会するようなことがあったとしたら。
それは、きっと、仕組まれたものなのだろう。
「星野アクア!? 貴方星野アクア!?」
その少女は、自分の前で驚いていた。
いや、驚いてみせていたのか。
わからない。
あまり、覚えている、と答えるのは良くない気がした。
「誰だっけ……」
口をついてでるのは、そんな『演技』。
誰への演技なのか。
目の前の少女への演技なのか。
もしくは、他の誰かへの演技なのか。
うまい具合に、ルビーは彼女を覚えていたらしい。良い感じに話が進む。
有馬かなと名乗った少女は、そして、言った。
「やっと会えた……」
安堵のような声。
それは、アクアの記憶を呼び起こす声。
ああ、これだ。
『本当』に思える声。
演技とは思えない、声。
だから自分は、この少女を覚えていたのだろう。アクアは、そう思った。
そして、だからこそ、アクアは、この少女の願いを受け入れた。
「お願い、私と一緒に良い作品を作って」
その『作品』がどのような結果を導くものであろうとも。
* * *
その少女は。
有馬かなは、『撮影現場』で、目の前で微笑んでいた。
両手を広げて、アクアの前で、微笑んでいた。
「別にアンタがめちゃくちゃ凄い演技をしなくたって アンタがこの仕事続けてるって分かっただけで、私嬉しかった」
有馬かなは、そう言った。
常に違和感と戦ってきた、時々闇夜のようにも感じてしまうこの世界と戦ってきたアクアに、有馬かなは、そう言った。
アクアは感じる。
有馬かなは、喜んでいる。
何故か、自分が、このようなありようを続けてきたことに、喜んでいる。
常に嘘臭さの付きまとう、闇夜のような、この世界で、戦ってきたことを、喜んでいる。
アクアにとっての唯一の庇護対象たるルビーを守りながら、必死に戦ってきたその軌跡そのものを、そしてその結果としてこの場に辿り着いたことを、喜んでいる。
有馬かなはただ、喜んでいる。
そして、有馬かなは、『嬉しかった』その理由を、言った。
「こんな前も後ろも真っ暗な世界で、一緒にもがいていた奴が居たんだって分かって、それだけで十分」
だから嬉しいのだ。彼女はそう言った。
『真っ暗な世界』とは、どこのことなのか。
アクアは、『ここ』でもがいていた。
有馬かなも、どこかで、もがいていたというのか。
有馬かなもまた、何かを、強いられているとでも言うのか。
そういうことなのか。
その意味を、アクアは多分、まだ理解できていない。
それでも、彼女の声には。
アクアに伝えたい何かが、含まれていた。
そして、それだけで、アクアには、十分だった。
ここが。
前も後ろも閉ざされた世界というのなら。
諦めて、流されるべきなのか。
身の程をわきまえて生きるべきなのか。
夢を見るべきではないのか。
この先もろくな事はないのか。
真っ暗闇なのか。
だが、彼女は言った。
「それでも、光はあるから」
……なら、その先の『本当』に辿り着くことだってできるだろう。
アクアにとっても。有馬かなにとっても。
そこに、光があるのなら。
だからこそ。
アクアは、有馬かなという女性を、ひととして認識した。
その存在に、光を見ることができるひととして。
* * *
「『かなちゃん』、さっきの脳裏の記憶の演技、上手かったね。本当のことだったみたいだったよ」
「…本当のことよ。ずっと覚えていた。ずっとアクアが脳裏に居たのよ。ずっと、ね」
「…どうしてかな」
「私に、『本当』を見せてくれたからかもしれない。それで、私に勝ってみせてくれたからかもしれない」
「負けちゃったかぁ。天才子役」
「だから、良かったのよ」
「それだけ?」
「……どうでしょうね。昔のことだから、ね」
「…そっか」
「ええ」
「でも、それは、ここ以外ではあまり言わない方が良いね」
「……」
「アクたんと。そして、ルビーと。ずっと一緒に居たいのなら」
「二人を助けたいのなら、じゃなくて、かしら」
「私も、友達は、助けたいよ。そして、あの二人は友達だと思ってるよ」
「良かったわ……」
「そりゃ、そうだよ…」
「役者も一人の作家であるべきなのよ。だから役者が、役者として、作品の為に行動するのは、何もおかしいことじゃない。私はそう考えている」
「完璧な理論武装だねぇ…」
「だから、私は盛り上げに加担するのよ。作劇的な」
「盛り上げるだけ?」
「作家たる役者としての自由は最大限行使させて貰うわ。フリーハンドで」
「うわ、拡大解釈。演出家が怒るやつ。『炎上』するよぉ?」
「正当な権利の行使よ。私は、『作品』の為に奉仕するの。そして言うまでもなく、二人は『作品』に含まれる。二人がどうなるか、ということも。そういうことよね。駄目な芝居なら言ってくるでしょ。……それを聞くかどうかは別として、ね」
「……あのね、かなちゃん。私は、かなちゃんも、友達と思っているんだよ。本当の」
「……」
「だから、かなちゃんのことは止めないし、手伝えることは手伝うよ。でも…くれぐれも、気を付けて。心配だからさ…」
「…有難う」