麦わらの一味 マチカネフクキタル スリラーバーク編 9~10話

麦わらの一味 マチカネフクキタル スリラーバーク編 9~10話


モリカフェの人

これまでのあらすじ

エクリプス、それは生涯無敗、並ぶもの無しと謳われた伝説のウマ娘。

フクキタルの姉と入り混じり、フクキタルの影が入ることで現代に蘇った伝説が牙をむく。

ジゴロウとペンギンの脱落。残ったものは協力して暴走するエクリプスを迎え撃つ。

だが、マンハッタンカフェには他にも考えがあるようで……。


第9話【レジェンドウマ娘・エクリプス 中編】


マチカネフクキタルの姉の顔を持つウマ娘は、目の前に立ちはだかるチョッパーたちを見てイラ立っていた。


『まったく、よってたかって手を取って、なんだっていうんですか』


不満の声を放ちながら腕を上げ、マチカネフクキタルを指さし言う。


『私の本体。弱虫でウジ虫、周りに不幸を振りまいてばかりの無能。あなたに、そんな価値があるとでも思ってるんですか?』


フクキタルは、言葉に詰まる。

亡くなった姉の姿は、あの日の自分を否応なく突き付けてくる。自分が居なければ、姉は逃げられたのではないか、と。

だが、前に立つトナカイは怒り叫ぶ。


「あるに決まってるだろ!」


チョッパーの脳裏に浮かぶはドラム王国での出来事。空島での出来事、つい先日のW7での出来事。


「フクキタルはおれ達の仲間だ。おれも船に乗る前から何度も助けられた。こいつは無能でも無価値でもない!!」


威勢のいい啖呵に、フクキタルとエクリプスは固まる。

そして、フクキタルはうっすらと笑みを浮かべ、エクリプスは強い怒りを面に出す。


『なるほど、つまりは全てを押し流すのが世のためということですね』


エクリプスが戦闘態勢に入る。その切り替えタイミングでマンハッタンカフェは前に飛び出した。


「左のこめかみ、そこを狙ってください」


チョッパーとフクキタルにだけ聞こえる程度の声で囁いたカフェは、刀身を肩に担いでから、両腕で大きく横へ振りぬく。

(……隙が欲しい、一秒でいい)


『"嵐脚・大"』


摩天楼が言葉を発すると同時に、刃から斬撃が飛び前方180度の空間を斬り裂いていく。


『こんな攻撃に当たるとお思いですか!」


エクリプスは前へ飛び、斬撃を乗り越えながら前進する。


「でしょうね」


それを読んでいたカフェは刀を振りぬいた勢いのまま回し蹴りで迎撃する。

個人相手に放つにしては明らかに大ぶりな攻撃は当てるものではなく、


「ふん!!」

「くっ! 今です!」


追い打ちの蹴りも、迎撃させるためのものである。

空中で蹴りを放ち次の動きがとれないエクリプスへ、背後からチョッパーがしがみついた。


「つかまえたぞ! ロビン!!」

「いいわ、任せて"脚場咲き(ビエルナ・フルール)"!!」


チョッパーの合図で、足の裏からロビンの足が次々と生えていき、身長が伸びる。

高く伸びた"脚"はアーチの形に曲がり、勢いよく背中に倒れこむ。


「くらえ! ロビッチョ・スープレックス!!!」


大きく音を立てながらエクリプスの後頭部が床に叩きつけられ、続いてチョッパーは逆さになったまま叫んだ。


「フクキタル! 思い切り蹴り飛ばせ!!」

「あっ、うっ」


エクリプスの眼前で立ち尽くすマチカネフクキタル。

蘇るは姉との最期の記憶。逃げ出す自分と、背後から響いた銃声。

それは、先ほどのマンハッタンカフェの言葉と繋がり、姉のこめかみが人さらいによって撃ち抜かれる想像へ変化する。

躊躇うフクキタルを、エクリプスの瞳が逆さまに見下ろし、床に腕をついた。

抑え込むチョッパーが腕と力だけで持ち上がり、一瞬の倒立から腰の捻りで弾かれる。

フクキタルに叩きつけられる寸前、チョッパーの体が小さくなる。


「フンギャ!」

「ぐわっ!」


ぶつけられたフクキタルはチョッパーを受け止め、抱えながら後退する。


「ご、ごめんなさい。私のせいで……」

「いや、おれが悪かった。姉の顔を蹴るなんて嫌に決まってるよな」

「誰にでも、傷つけたくないものくらいあるわよ。戦いに集中しましょ」


チョッパーが床に立つ。倒立から立ち上がるエクリプスとの間にマンハッタンカフェが割り込み、刀で牽制し壁となる。

振り返ることなくフクキタルたちに話しかける。


「……傷つけないで行動不能にする技ならあります」

「ほんとですか!? そんな都合のいいものが!!」


反射的に出たフクキタルの声に反応し、エクリプスの耳が動いた。


「職務上、当然の備えです。もっとも、信じる信じないはあなたたち次第になりますが」

「今さらだろ。おれとフクキタルで止める、やってくれ!」


その言葉で、誰よりも早くエクリプスが先行し、カフェに前蹴りを入れる。


『全部聞こえているのに!』


腹に入れた右足の蹴りから続けて左足で回し蹴りを放つ。


『作戦が通じると思っているのですか!』


刀で受け止めきれず、カフェの体が壁まで吹き飛ばされた。


「通してみせます!」


蹴り終わりの隙にフクキタルが飛び掛かる。

エクリプスの左ひじが首元に叩き込まれる中、怯みながらも叩き込まれた腕をつかんだ。


「ギャフッ……、あなたを、外に出すわけにはいきません!」

『ここで潰れなさい。臆病者!』


自由な右腕にが掌底の構えを取る。三発目の"菊花掌"。

大男の姿に戻ったチョッパーが、右腕に体当たりを仕掛けた。


「どうしてフクキタルを狙う。それがお前のやりたいことなのか!」

『そんなくだらない話、そっちに聞いてくださいよ』

「"六輪咲き(セイスフルール)"!!」


ロビンが腕を交差させ、エクリプスの肩と腰から六本の腕を咲かせて両腕を抑え込む。

三人がかりで動きを止める構え。エクリプスは大きく息を吸い込んだ。


『フンニャカ!!』


エクリプスの両腕に力がこもり、周囲に衝撃が走る。

フクキタルとチョッパーは二歩分弾き飛ばされ、ロビンの腕は消え去った。

密かに壁際で立ち上がっていたカフェは、ロビンを中心に状況を見ていた。


(隙ができた……)


カフェが目を見開き、マインドセットの言葉を口にする。


「領域、起動!」


その言葉を合図とし、マンハッタンカフェの背後に、鏡が浮かんだ。

ほぼ同時に、カフェを除く四人の動きが目に見えて遅くなる。

黒い影が加速し、エクリプスに迫る。その左手にはジゴロウが落とした三本の刀があった。


「"宵猫(よいやみのねこ)"」

右手に構えた摩天楼がエクリプスの首に突き立てられ、手を離れる。


「"額空(がくぶちのそら)"

腰から取り出した鎖の長い手錠が、"ロビンへ"投げられる。


「"虹星(にじいろのほし)"」

右手に一本ずつ持ち替えながら、エクリプスの両肩と腹に三本の刀を深々と突き立て、貫通させる。


「あなたに……"這寄影(クリーピング・ブラック)"」

右手で摩天楼を掴み、左の掌底を胸元に叩き込む。


最後にエクリプスから摩天楼を抜き、狂った時間が元に戻った。


衝撃を受け、エクリプスが横へと吹き飛び三本の刀で壁に深々と固定される。


『フンギャッ!』


エクリプスは両腕がしっかりと壁についていて、動かせない。首の筋肉が傷つけられ、頭突きも力が出ない。


「なんだ、今の!」

「りょ、領域!?」


相対速度差六倍の世界で、エクリプスがカフェによって吹き飛ばされたことを二人は認識していた。

そしてロビンは、呆れたような声をだす。


「なるほど、最初から私を"押さえ"に来ていたってこと。まるで猟犬ね」

「……よく言われます」


チョッパーとフクキタルはロビンのほうを向く。

胸元で交差した両腕に手錠が嵌められ、間の鎖は首に巻き付いていた。


「おまえ! だましたのか!!」

「ロビンさんも捕まえる気ですか!!」


二人の言葉が突き刺さる。だが、自分たちは敵同士。弁明は無用だ。


「道義、仁義に反していても、これが私の正義です。批難はご自由にどうぞ、お止めしませんよ」

「正義?」


海賊らしからぬ単語に、チョッパーは疑問を抱く。

戦いの初めを思い返す。六式を使うウマ娘、それを自分は海兵やCPの影が入っていると考えた。

だが実際にはマンハッタンカフェはゾンビではない。これが示す事実は、つまり……。


「お前、海兵か!?」

「え、なんで海兵が海賊の船に!?」


二人の疑問に、ロビンは答える。アラバスタで既に"そういう事情"は知っていた。


「監査役よ、たぶんね」

「「監査?」」


首と腕が繋がった状態で、苦労しながら座りこみ呼吸を整えた。


「七武海の監視に派遣される海兵、七武海監査。場合によっては七武海と協力関係を結ぶこともあるの。私も昔、ずいぶんと苦労させられたわ」


七武海監査から姿を隠して活動していたころを思い出す。

ニコ・ロビンを英雄クロコダイルが匿っていると報告されたら終わりだった。


「アラバスタでの一件は、我々の汚点です。そういう意味でも、見逃すことはできませんね」


マンハッタンカフェは揺らぐ心を意識的に抑え込んだ。

"血が流れないのであれば、それを平和と呼ぶ"それが、彼女が規範とする海兵の信条である。


――10年前 西の海、とある島――


病室の中、マンハッタンカフェはシャンデリアの下敷きになって傷つき、ギブスの巻かれた脚を眺めていた。

時間を持て余している。昨日来た友人は、何か決意をしたようだったが大丈夫だろうか。

そんな思案で暇をつぶしていると、病室の扉が勢いよく開かれた。


「やぁカフェ、ご無沙汰だったねぇ。実は君に、この上なく良い話を持ってきたんだが」


現れたのはグランドラインで暮らしていたころに別れた旧友、アグネスタキオン。

後ろには髪をツインテールに結んだ子供のウマ娘と、それと手をつなぐ光り輝く頭部(?)の男性(?)が立っていた。


第10話【情報員・マンハッタンカフェ 前編】へ続く


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これまでのあらすじ


マチカネフクキタル影を入れられたのは、姉の体と伝説のウマ娘・エクリプスの体を融合させた最強のゾンビウマ娘。

フクキタルたちはマンハッタンカフェと手を組み、暴走するエクリプスを拘束した。

だが、その寸前にニコロビンに海楼石の手錠をはめられてしまう。

マンハッタンカフェの正体は、ゲッコーモリアを監査する海兵だったのだ。

彼女がなぜ七武海監査となり、スリラーバーグに居るのか。

ことの始まりは10年前、彼女がシャンデリアの下敷きとなり劇団を離れた時に遡る。


第10話【情報員・マンハッタンカフェ 前編】


――10年前 リヴァースマウンテン――


山を登る海流に乗り、一隻の小型帆船が進む。操舵輪は光る男・モルモットが握っている。

ロープでメインマストと腰を繋がれたツインテールのウマ娘少女・ダイワスカーレットは外へ身を乗り出してこの奇妙な光景に心を震わせていた。

それを窓越しに微笑ましく眺め、笑みを浮かべていたウマ娘の女性・アグネスタキオンはベッドに横たえる黒いウマ娘の女性・マンハッタンカフェに話しかける。


「それにしても、ずいぶんとあっさり承諾したものだね。即答を得られたのは、いささか意外だったよ」


「"外的要因によって重傷を負ったウマ娘の治療方法についての研究"私達がトレセン学園を去った後に始まったこの研究に、いわば治験者として治療を受けてほしい」

マンハッタンカフェは、島の病院で言われた"この上なく良い話"を改めて言う。


「私の怪我が、後進の方に役立つというのなら、やぶさかではないです。それに」

「それに?」

「あなたの研究ではない、というのも重要でしたね」

「うわっ、ひどいくないかカフェ。こっちは古い友人のために、研究も放り投げて駆け付けたというのに」

「"古い"の部分に薬品が混ざってなければ素直に感謝しますよ」


素直でない感謝を抱きながら、カフェはこれからのことを尋ねる。


「それで、グランドラインに入ったら最終的に向かう先はトレセン諸島ですか? かなりの長旅になりますし、いくつか島を経由することになるでしょうが」

「うん? いや、研究はトレセン諸島でやっているが、中心となって研究しているのは他所の男でね。そっちのほうが近いのさ」


窓の外では、上り坂が頂点へ到達しようとしていた。船が揺れると警告する男の声が外からかけられる。


「なるほど、ではそちらの島へ向かうわけですね」

「島には行かないねぇ」

「……島ではない? では、どこへ?」


どこかの船と合流するのかと予想したカフェに対し、アグネスタキオンは袖を前に向けた。


「"そこ"さ」


船が斜面を滑り降りるかのように揺れながら進んでいく。

ウマ娘の三人は船に掴まり揺れに耐え、モルモットは操舵輪をしっかりと握っていた。

轟音とともに飛沫が上がり、船が減速していく。

落ち着いたタイミングで、アグネスタキオンは再び口を開いた。


「世界を一周する大陸から突き出た大地。つまり"双子岬"だよ」


窓の外には、眼鏡をかけた老人が椅子に腰かけ新聞を読んでいるのが見えた。

その向こうには大地が上下に揺れる。鎮静剤を打たれたアイランドクジラの巨体だと知ったのはこのあとすぐの話だ。


カフェが双子岬に滞在して三日目。


「私が淹れたものだ、美味くはないぞ」

クロッカスは冗談めいた言い回しをしながら、ベッドに横たわるカフェにコーヒーを差し出した。


「……ありがとうございます」


両手で受け取り、静かにコーヒーを飲む。その目じりには涙の痕があった。

彼女の親友が亡くなったという記事が届けられたのは、つい先ほどの話だ。


「しんどいなら、今日の治療は休みで構わないぞ」

「……いえ、なにかをしていたい気分です」

「そうか……」


クロッカスは自分用に淹れたコーヒーを口にし、光り男のより味が悪いなと思った。


「私もこの年だ。親友を失うつらさはよく知っている……ラブーンのことを妙だと言っていたな」

「はい、アイランドクジラは西の海で何度か見ましたが、どうやってここまで来たのかがわかりません」

「今から四十年前のことだ……やたらと陽気な男たちがこの岬を訪れた……」


懐かしみながら、クロッカスは昔のことについて語りだした。


――9年前 双子岬――


クロッカスによる治療とリハビリが終わったカフェを迎えにきたタキオンは、友人の意外な申し出に首を傾げた。


「ふぅん、きみが海軍に? てっきり役者に戻るのかと思っていたが、どういう風の吹き回しだい?」

「私は元々、あの劇団のためにやっていただけですから。劇団が解散したのなら、未練はありません。それに、借りの作りっぱなしはご免です。あなたには特に」

「おやおや、殊勝な心掛けだね。それでは早速薬を、」

「飲みません」


マンハッタンカフェは自然な動作で立ち上がる。

運動機能を取り戻す治療法は、成功していた。


「返し方は、私が考えます」

「ふぅ~~~ん。……まぁいいか、君は妙に律儀なところがあるからね。私が満足する形ならなんだっていいさ」


タキオンも立ち上がり、帰るために荷物を持ったモルモット君へ、移動を促す。

外に出ると、海を見ていたクロッカスがカフェたちに気づき振り向く。


「クロッカスさん色々と、本当に色々とお世話になりました」

「おう……風邪をひくなよ」


カフェは深々と頭を下げ、しばらくの間下げ続けた。


――8年前 海軍本部――


自室で、ウマ娘の将校・シンボリルドルフは新兵訓練を一通り終えたマンハッタンカフェと向き合っていた。


「常に海軍本部に所属したい、か。それは少々、気が重い話になる」

「やはり、ご迷惑な話になりますか」

「いいや、私のほうはかまわない」


そう言うと、シンボリルドルフは引き出しから一つの書類を取り出した。


「私に縁がある部署で、本部以外には拠点が無くて、常に人手不足のところが一つある」

「海軍、情報部門!」

「G-5に並ぶ"はずれ"部署と評判だ、任務内容も苛烈。正直、わざわざ紹介する所ではない。この話を受けるか、他の将校を当たるかは君に任せるよ」


カフェは書類をじっと見つめ、しばらく考えた後に手に取った。


――6年前 スリラーバーグ――


森が見える館の前、テーブルと椅子が出されている。

マンハッタンカフェとホグバック、シンドリーの三人が間食を楽しんでいた。

テーブルの上にはコーヒーと、食パンの上に置かれたお菓子が並べられている。

友人の肉体を持つゾンビに、カフェは静かにほほ笑み、尋ねた。


「コーヒーのお味はどうですか、マルガリータさん」

「……だれのことだ?」

「おいおいカフェちゃん、この子はシンドリーちゃんだろ。久々で忘れちゃったか?」

「……そうでしたね」


カフェの目には、目の前の女性と亡くなった友人は全く別の存在に映っている。

この島に来て一週間、ゾンビがいかなる存在か知るために森のゾンビたちと交流し、この茶会で結論を出すつもりだった。


「皿の代わりに食パンを敷いてみましたが、少々もったいないですね。森のゾンビたちなら食べるのでしょうか」

「あいつらは動物のペットとはわけが違うからなぁ。ケルベロスなら食べるかもしれねぇ」

「皿なんて消えてしまえばいい」


穏やかな日々に、カフェの顔には笑みが浮かんでいた。

海軍への報告には、ゾンビたちはこの島で生まれた新たな生物として書かれている。


メインマスト内のダンスホール、椅子に腰かけたゲッコー・モリアはアブロサムを前に立たせ、話を聞いていた。


「あの女の行動はどうだ? おれたちの敵になりそうか?」

「いや、おいらが見る限りではそういう風には見えなかったな。とびきり変な女だが」

「変? 見張ってるのがバレてたのか?」

「バレてはいないと思う。たぶん」

(……覗いたな)


アブサロムはここに着任してから居座っているマンハッタンカフェの様子を思い返す。


「変ってのはゾンビたちと笑いながら交流してることさ。ペローナよりもよっぽど親しい感じだったぜ、どんな感性してるのやら」

「ふ~ん、てっきり海兵の影を奪ったことを問題にしてくると思ったんだがな」


コーヒーを手に取り、水面を眺める。


(今のところ敵対するつもりは無いってことか。つまんねぇな)

「まぁいいや、ホグバックとペローナには話さなくていいぞ、めんどくせぇ」

「どうせあの二人は、おいらが"あの女は海兵だ"って言っても信じやしないだろ」

「確かに」

「……少しは否定してくれよ」


モリアはキシシと笑い、コーヒーを飲み干した。


――5年前 海軍本部――


鼻に絆創膏をつけたウマ娘が監査部門の部屋に入ると、共有の机に書類を並べるマンハッタンカフェに気づいた。


「なんだそれは、ずいぶん古いな」

「先日、私の担当と交戦した海賊について調べていました」

「はっ、真面目だな。"楽園"の有象無象なぞ、気にするのは鳥野郎に報道される奴で十分だと思うぞ」


海軍で"怪物"とあだ名されるウマ娘の言葉に、カフェは内心で同意した。

確かに気にかける必要のない、自分がまったく知らない海賊。

わざわざ調べたのは、どこか引っ掛かるところがあったという理由だ。


「ブライアンさんのほうはどうしましたか? ここに顔を出すのは珍しいですね」

「鍛錬と海賊食いに飽きた。担当のところへ暇つぶしに行くが、居場所がわからんからな、調べ待ちだ」

「なるほど、リボンさん待ち……」


そのウマ娘、ナリタブライアンは机を離れ、ソファで横になり目を閉じた。

カフェは書類に視線を戻し、念のためもう一度目を通した。


「海賊団……二代目船長、ブルック……初代船長の名は………」


この後、自分はどう行動すべきか。

岬の老人がこの事実を知ってどう動くか、その結果がどうなるか。

結果はわかりきっているのではないか。


「………すべて、遅すぎた話です」


カフェは揺れ動く心を抑えつけ、全てを自分の胸中にしまいこむことを決めた。

悲劇は、自分のところで止めておくべきだ。自分にそう言い聞かせながら。


そして話は現在へと戻る。


第11話【情報員・マンハッタンカフェ 後編】へ続く


※Q.リボンって誰ですか A.アプリ版メインストーリー第4章でブライアンの怪我明けトレーニングに参加し、マックイーン、ライス、チケゾーと肩をならべたウマ娘、リボンカプリチオのことをご存じでないとな? この世界では頭でっかちの姉がよこしたブライアンの補佐役です。手間がかかって面倒な仕事をするイメージがわかないので登場してもらった。

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