room2
ラウダとペトラは修理したモビルスーツの動作確認のため、格納庫の奥にある会議室にやってきた。動作試験を終え、報告書を書くためにデータを取り出そうとしたその時だった。
「あれ? ドアが開かない!」
会議室の鍵はかかっておらず、自動で開閉するはずだった。しかし、どれだけ力を込めてもドアはビクともしない。どうやら外から閉じ込められてしまったようだ。
途方に暮れる二人の元に、天井からスピーカーの音が響く。
「お楽しみの時間だ! 君たち、ドアを開けて出たいだろう? 簡単だよ。キスをすれば扉が開くのさ。ほら、その紙に書いてある通りに」
そこまで言って、スピーカーは唐突に途切れた。ラウダはすぐさま会議室を見渡し、壁に貼られたメモを見つける。そこには本当に「キスしないと出られない部屋」と書かれていた。
一方ペトラは狼狽しながらもモニターを操作し、スピーカーの発信源を探ろうとする。しかし、データはすべて暗号化されていて特定は出来なかった。
二人は顔を見合わせ、状況を飲み込もうとする。密かに抱いていた恋心を知られているような羞恥に、頬が熱を帯びていた。
「な、何よこれ……」
「くだらないイタズラだ。誰かが悪ふざけで仕掛けたんだろう」
確かに二人は惹かれ合いつつあった。互いを大切に思い、親しくしてきたからこそのイタズラなのだろうが、それを指摘されることには抵抗がある。こんな脅しに屈するわけには行かない。
ラウダは真剣な眼差しで言った。
「ペトラ、僕たちでこのドアを壊して外に出よう」
「でも、勝手にドアを壊したら、学園の備品を壊したって問題になるかもしれませんよ」
「こっちは閉じ込められた被害者だ」
本当はラウダにも不安はある。けれど、今は気丈に振舞わなくてはならない。
「ラウダ先輩がそう言うなら、私も一緒に頑張ります」
ペトラはラウダの強い意志に圧倒されつつも、信頼を寄せている。その真っ直ぐな瞳を見て、ラウダは自分の選択に自信を持った。
二人は会議室内を見渡し、ドアを破壊するのに使えそうなものを探す。
「これなんかどうでしょう?」
ペトラが見つけたのは、折り畳み式の長机だった。軽量だが頑丈なアルミ製で、縁は鋭利だ。
「いいな、これを使おう。よし、まずは僕が……」
ラウダがテーブルの脚を持ち、振り上げようとしたその時だった。
「待って下さい! 私にもお手伝いさせて下さい!」
ペトラが机に飛びつく。ラウダと二人で長机を抱え、一気にドアに叩きつけた。
ガンッ! と鈍い音を立てて、ドアが大きく歪む。だがまだ壊れない。
「くっ……! もう一発!」
「はいっ!」
再び机をドアに叩きつける。今度はヒビが入り、パーツがいくつか飛び散った。
だが、まだ開かない。ラウダは周りを見回し、椅子に目を留める。
「ペトラ、あれを使うぞ!」
「分かりました!」
二人で椅子を手に取り、ドアに投げつける。
ドアはミシミシと悲鳴を上げ、更に歪みが増していく。
その間にラウダはホワイトボードに目をとめた。重いスチール製だ。
「よし、これで最後の一撃だ! 手伝ってくれ!」
「ええ、一緒に……えいっ!」
二人の協力でホワイトボードを思い切りドアに叩きつけた。
大きな金属音を立てて、ドアが歪み、ついには廊下に倒れ込んだ。冷たい風が吹き込んでくる。
「やったぁ!」ペトラが小躍りしながら喜ぶ。
ラウダも思わずほっと胸を撫で下ろす。そこに、廊下を駆ける足音が近づいてきた。振り返ると、数人の教師が慌てた様子でこちらに向かっている。
「何があったんだ!?」
額に汗を浮かべ、息を切らせながら教師が尋ねる。
「すみません……閉じ込められて、出られなくて……」
ペトラが申し訳なさそうに答える。
「閉じ込められただと!? いったい誰の仕業だ!」
「もう、ドアが壊れているじゃないか!」
別の教師が倒れたドアを見て悲鳴を上げ、また別の教師は頭を抱えた。パーツが散乱し、原型を留めていない。
ラウダとペトラは視線を交わす。先程まで燃え盛っていた闘志は収まり、お互いへの想いが込み上げてくる。
「その……ラウダ先輩。一緒に頑張れて、良かったです」
いつもの明るい調子とは違う、ペトラの小さな声。緊張から上擦った声は、ラウダの心を揺さぶる。
「ああ……僕もだ。君の機転の良さに助けられた」
ラウダもどこか上の空だ。力を合わせてドアを破壊した時のペトラの息遣いが、まだ耳に残っている。 互いに言葉少なに見つめ合う。二人は職員室に連行された。
事情聴取は長時間に及んだ。二人とも疲れ切った表情で職員室を後にする。
「ペトラ、今日は本当にありがとう。君がいなければ、とてもあのドアは壊せなかった」
ラウダは真摯な眼差しでペトラに礼を言う。
「そんな、私はラウダ先輩に助けられっぱなしでした。こうして無事に脱出できたのは、先輩のお陰です」
ペトラも感謝の言葉を返す。
「ペトラ、改めて君の事が好きだと思った。この気持ちに嘘はない」
「私も……ラウダ先輩に惹かれています」
熱を帯びた瞳で見つめ合う。
「だけど、今日みたいな形で関係を進めるのは違う」
「……はい。今は、犯人を見つけ出すのが先決ですよね」
ペトラは真剣な表情で頷く。ラウダも怒りを露わにする。
「ああ、絶対に許さない。必ず犯人を捕まえて、二度とこんなマネができないようにする」
「私も全力でサポートします。一緒に、真相を暴きましょう」
これから、真犯人を追及する日々が始まる。ラウダとペトラは気丈に廊下を歩き出した。夕焼けの校舎に、少しだけ近づいた二人の影が差していた。壊れたドアの残骸は、二人の絆の証のように静かに佇んでいた。