5回で決まらないことこそ宿命

5回で決まらないことこそ宿命



一度だけならただの災難。

二度あるならよくある奇縁。

三度にもなったらいっそ喜劇。

四度もきたなら間違いなく必然。

五度ともなれば紛うことなき運命。



一度目はボロボロになった部屋の中で。

部屋の壁を壊すために行った攻撃の余波で破壊されて使い物にならなくなった調度品を脇によけて、簡易的に俺のコートと景虎のジャケットを重ねて床に敷いた上で目合った。

性的な興奮なんてお互い一切なかったのに、触れて解すように刺激を与えれば濡れる場所に、扱いて刺激を与えれば硬くなる己を入れれば脳が誤解するような気持ちよさに襲われた。

初物なんてキツいだけで普段よりも気を遣う必要があって面倒の方が勝ると言うのに、それらを塗りつぶすほどの征服欲と多幸感が湧き上がって、自分がどうにかなってしまったのかと思った程だった。


二度目は小言と口喧嘩を供にして。

前回は背中が痛かっただの、血が出ただの、あの後しばらく女陰に違和感があっただの。景虎は前回、部屋を出た後は中であった出来事に言及しない約束を律儀に守って持ち出せなかった文句をここぞとばかりにぶつけてきた。

人のテクがどうこう言い出したのが癇に障ったのもあり、景虎の煽りに乗って前後不覚になるまで気を遣らせた。 ただの女じゃないあいつがただの女みたいに喘いでいるのを見て、甘い毒に侵されながら見る悪夢でも見せられているような倒錯的な気持ちになった。

結局、冷静になれないまま事を終えて、寝所の上に横になりながら酷いもんだと笑い合った。


三度目は呆れと諦めを肴に自棄を吞み込んで目合った。

過去二回のやり取りで身体の相性が良いことは分かっていたため、文句はそこそこに意外とあっさり受け入れられた。

恋人でも夫婦でもないため口吸いも睦言も無し。けれど前回よりかは情を分け与えながら丁寧に。

白と黒の髪を乱して、桃色のような嬌声を出して、赤く染まった頬を晒して、金色を潤ませた瞳で見つめられて手を伸ばされた時は、まるで自分たちが昔から色情でも抱き合っていたかのような錯覚に陥った。

一見、普段から武器を振るってるかも疑わしく見えてくる細い指に、武骨な自分の指を絡めて布団の上へと押し倒す。どれだけ強く握っても痛がる様子はなく、逆に善がりながらどこからそんな力を出してるんだと思うような握力で握り返してきたものだ。

手を離そうとしても力づくで離すことができずに、目合いながら合わせ続けた手のひらが離れた時には真っ赤になっており、しばらくの間熱が引かなかった。


四度目になれば動じることもなくもなった。

お決まりのような部屋への文句を一つ二つ零して、どっちが出してるのか最早考えるのも馬鹿らしい蜜をぶちまけたような甘ったるい雰囲気に、どこか俯瞰的に見てる自分が眩暈を覚えるのを感じながらも横にいた景虎の手を取った。

三度も床を共にすれば、景虎の好いと思うところも分かってくる。純潔を守っていた軍神が自分の腕の中で堕ちた女のようになっていく。正直、これだけは何度やっても喜んでいるのか落胆しているのか自分でもよく分からなかった。ただ、胸に渦巻く清濁混ざった感情を元に、自分の下半身が熱を持って硬くなっているのだけは否が応でも自覚させられていた。

そんな背徳感とでも呼ばれるものに興奮を覚えているさ中、意識が不確かになるまで絶頂させられた景虎が不明瞭な言葉を口にした。

聞き返しても要領を得ず、そのまま気絶するように意識を落とした景虎が再び目を覚ました時には、自分が何かを言ったことすらも忘れてしまっていた。


五度目はいよいよ慣れも感じるようになった。

向かい合うように座って、流れるように抱き合って、すっかり慣れた手つきで服を脱がせて、まるで恋人か夫婦のようだと錯覚してしまう雰囲気に吞まれてしまいそうだと思った。けれど不可抗力と言えど既に四度も体を重ね、今まさに五度目を行おうとしている直前に、その認識が正しいとも間違いだとも言えないものに成り果ててしまっている気にもなっていた。

だからこそ、二度目以降、だんだんと長くなっている愛撫と性交の時間を過ごして、何度目かの絶頂を経て意識が快楽の波に呑まれきった景虎が口にした言葉に固まってしまったのだろう。

「……好、き……って…すきって…言って、くだ……さい」

焦点が定まらない目で見つめながら、整わない息の合間に、朧げになってる意識の主張を必死に言葉にしようとしていた。

伸ばしてきた手が腕へと伸ばされ、縋りつくように掴まれる。熱いとも思った。冷たいとも思った。激しく鼓動する自分の心臓の音で耳の内側が埋め尽くされて、感覚の全てが塗りつぶされそうだった。

遠くなった音の代わりに、動けずに凝視し続けた目が景虎の口の動きを読み取り続けた。

好きって言ってください。一度でいいので好きと言ってください。

許されざる関係に一夜の思い出を求めるような、悲恋を彩る時によく聞くような言葉だった。

景虎が俺(宿敵)を相手にそれを口にする。思わず意味を理解するのを頭が拒んだ。

好きかと問われれば好きではなかったはずだ。けれど嫌いかと問われれば嫌いではなかった。厄介な相手で、目障りな敵将で、鬱陶しい管領で、憎めない好敵手で、忘れられない女で……絶対に負かしたい宿敵で。

それがこんな願いを自分に対して向けてくるとは思わず動揺して、ぐっと口を真一文字に結んでしまった。

何も答えられずにいると景虎が気絶するように意識を落としたのを見て、たまらず横に倒れるように突っ伏した。働かない頭の中をぐるぐると景虎の言葉が回り続けた。

欲したのは心ではなかったはずだ。狙っていたのは覇をぶつける機会だったはずだ。求めていたのは個人ではなかったはずだ。

終わりのない螺旋階段を下り続けるような俯き加減に、思わず目の前にあった景虎の乱れた髪を手で梳いた。

白糸のような髪が指から流れ落ちるのを眺めていると、ゆるりと景虎の目が開いて熱を孕んだ瞳と目が合った。

「好きと…言っ…」

熱に浮かされたような表情で開口一番に出てきた言葉に、階段から足を踏み外してしまったかのような勢いで、自分も好きだと返してしまった。

「嬉しい、です……私もです」

そう言った景虎は、仏の花が咲き開くように、蕾を綻ばせるような微笑みを浮かべていた。

その景虎の言葉に一夜の夢を求めるような悲壮感はなく、どろりと溶けるような蜜色の熱に浸っているように見えた。そこで正気を疑えば良かったのに、あろうことか目を奪われて再び景虎が眠るように目を閉じるのを黙って見届けるしかできなかった。

景虎を前にして、そこに情はあるかと聞かれれば、確かにあると断言できた。

そこに愛はあるかと聞かれれば、慈悲なら持ち合わせてると言えた。

そこに恋はあるかと聞かれれば、決着をつける機会を請うことが似たようなものであるなら、と濁してしまっただろう。

そこには愛欲を伴うかと聞かれれば、以前は鼻で笑えただろうに。

すっかりと過去に置いてきたと思った懐かしさも感じる欲情が景虎を相手に湧き上がるのを感じて、自分がとっくの昔に手遅れだったと思い知らされた。

景虎が目を覚ましたら一度気持ちを確かめ合おうと思っていた。


……思っていたのに。再び目を覚ました景虎は俺の返事どころか、自分が好きと言ってと願ったことすら忘れてている始末だった。

軽く髪にキスをしようとして、寝ている間に頭でも打ったのかと呆れた顔で言われた時には布団から投げ出してやろうかとも思ってしまった。

改めて、こいつのこういところがイヤなんだと思い知らされることになり、部屋の中での出来事は外に持ち出さない約束もあって、さっきのことは泡沫の夢だとこっちも胸の奥に仕舞っておくことにした。自慢じゃないが、あいつへの気持ちを仕舞い続けるのには一日の長がある。

けれど、もしも次があるなら覚えておけよ。と、少しばかり俺が思ってしまうのも仕方がないだろうと思うのだった。



一度だけならただの災難。犬に嚙まれたと思って忘れることができた。

二度あるならよくある奇縁。不思議なこともあるもんだと受け流すことができた。

三度にもなったらいっそ喜劇。悪化しようが好転しようが大差なく可笑しくなるだけ。

四度もきたなら間違いなく必然。起こるべくして起こったことと腹を決めるしかない。

五度ともなれば紛うことなき運命。何度巡ろうが変わりなく、どんな形でも求める為に手を伸ばす必要があると思い知らされる。

ならば六度目は如何様に——。



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