散文

散文



CPなのかCPでないのかもう分からない

ふんわり史実の死ネタあり

小説ですらない何か

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熱さとは痛みである。

チリチリと燻ぶる熱は意志の始まりである。

パチパチと続く火は己が命の存続である。

メラメラと盛る炎は連綿と続く系譜の象徴である。

ゴウゴウと猛る劫火はあの日から絶えぬ誰かの執着である。


冷たさとは痛みである。

ハラハラと積もる雪は尽きる事ない望みの現れである。

キンキンと凍る氷は傷を恐れた心の装甲である。

キラキラと輝く雪面は踏み荒らされる事も無かった潔白の象徴である。

コウコウと照らす大火はようやく手にした誰かの証である。


痛みを感じるという事は、己の存在の証明である。

冷熱合わさり痛みが増す。即ち互いの証明である。

火傷のような痛みが尾を引いて、記憶に焼き付いた影が離れない。

凍傷のような痛みが張り付いて、脳裏に座する姿が溶け消えない。

残された痛みは相手が存在する証である。

残された者が抱える悼みは相手が存在した証である。


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——武田信玄、死去。

突如として飛び込んできた知らせに景虎 —現、上杉謙信— の時が止まる。

最後の邂逅からの長い空白、再び直接刃を交える事を夢見ていた。

互いが生きていればもう一度、血を滾らせるようなあの男と戦えると信じていた。

それが、もう叶うことはないと知らされた。

「武田が、晴信が死んだ?」

九つも年が上の相手なのだから、順当に考えれば自分より先に死ぬという事は分かっていた。

それでも、あの男ならば死ぬことはないと思っていた。思い込んでいた。

この世に在る者は生きている限りいずれ死ぬ。理解していたのに。既に幾つも経験していたのに。

光彩が消えるかのように一気に自分の世界から色が溶け落ちていくような気がした。



武田に攻め込むは今が好機という家臣の進言を抑え、御堂に籠りその死を悼む。

しんしんとでも雪が降り積もっていればこの虚しさに寄り添ってくれただろうに、それすらできぬ季節に聞かされたその訃報。

もう二度と戦うことはできないと思うと、その御魂の安らぎを願うこともできなかった。

けれど、〝もう一度〟を願うなどという理に反する事もできなかった。

己の内に渦巻暴れる激動の感情が笑い声へと変わってしまうかと思うと耐え難く、景虎は思わず口を押えて蹲る。漏れ出そうになる声を必死に抑え、それでも喉から溢れる弾けそうな音がこぼれ出ないように痛むほど歯を食いしばった。

親しくなくとも、近しくなくとも、認めた相手が没すれば、その死を嘆き悲しみ泣くのだと分かっているのに。

人であるならば発露も容易い感情も、人でなければこうも難しと、押さえた手に伝わる口の角度が、人真似の身で持ちうる感情など無意味だと突き付けくるようだった。

もう二度と、人を、晴信を知ることはできないのでしょうか。私が人を理解する日はこないのでしょうか。私には、人を追い求める機会はこないのでしょうか。心の内で毘沙門天に問いかける。

しん、と静まり返る室内に答える声など聞こえはしない。



荒れ狂う波も時が経てば次第に凪いでいく。

口を押えていた手を解いて、ゆるり、むくりと景虎は起き上がった。

噛み締めていた歯の痛みか、押さえていた手の圧か、あごの内外がじんじんと痛んでいた。

涙さえ流せないでいる代わりのように、身に付けている着物がじっとりと汗で重たくなっていた。

あれから何刻ほど経ったのだろう。

陽光の一筋も入ってこないのなら日中ではないのだろうと予想はできた。

さすがに喉の渇きを覚え、景虎は立ち上がり、外へと出るため御堂の扉に手をかける。

ここを出てしまえば自分は上杉の当主であり、軍神として振舞わなければならない。

身体が重い。気が重い。開こうと手をかけた扉が重い。重い。重い。

ぽっかりと空いた心の洞が思いのほか大きくて、無視もできないほどだった。

それでも、景虎は目を閉じて、軽く息を吸う。

埋まらない部分を空虚で埋めて、その胸の空白を傷みとし、残りの生を進んでいくしかないのだと思いを定める。

ゆっくりと戸を開き、景虎は御堂の外へと歩み出る。

その先は、雲に覆われ、月も出ていない夜の庭だった。

火が欲しい。そう思った景虎の脳裏に晴信の姿がチラついて、きりきりと胸が締め上げられるような気がした。

きっとこの先も、埋められない穴を傷として、晴信の面影を視界の端に、頭の片隅に、心の奥底に、忘れられないまま生きていく。

もう求めることもできない、振り返って眺める過去にしか存在しないヒト。

貴方をもっと知りたかった。



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