omelette.

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#宇沢レイサ #ヘイロー改変

「宇沢レイサくん。君はその昔、杏山カズサがキャスパリーグと呼ばれていたことを知っているね?」

「あの、これ外してください……」

「斯く言う私も、そのキャスパリーグに襲われたクチであってね」

 湿った土の匂いで満ちた肌寒い地下室で、落ち零れの少女とトリニティのスーパースター、宇沢レイサが対峙していた。LEDの白々とした冷たい光が、落ち零れの少女の背に生える歯抜けの汚らしい翼と、椅子に縛り付けられた小綺麗な宇沢レイサを薄ぼんやりと照らしている。

 レイサの上半身は後ろ手に手首を縛られた後、両腕を絞るように拘束されて首縄を椅子に結われ、下半身は細い足首を椅子の脚に結ばれ腰縄も同じように椅子に括り付けられていた。

(抜けない……!スズミさんに教わった通りにやったのに!)

 身を捩るたびにキツく縛られた麻縄がギチギチと音を立てレイサの白く柔らかな肌に食い込む。

 落ち零れの少女はレイサが逃れようと足掻くのに目もくれず、ひび割れたティーカップから雑草で入れた茶を啜りながら独り言のように話を続けた。

「……ふぅ。恐ろしかったよ。圧倒的な暴力を前にした民草にできることは何か?降伏かな、自刃かな、反逆かな……?私は、何もできなかったよ。何か、行動を起こそうと考える暇もなく打ち据えられ叩きのめされていた」

「あの。……あの!今はもうキャスパリーグではなく……」

 過ぎ去ったことを掘り起こし、学友を今なお怪物の名で呼ぶことにレイサは異を唱える。

 確かに杏山カズサは暴れたりもしていただろう。その被害者ならば言いたいこともあるだろう。それでも宇沢レイサの正義は古傷を抉るような陰口を許すことはできなかったのだ。

「そう!そうなんだよ!!!彼女は、あの子は、あれは、爪を納めてしまった!!!牙を捥ぎ棄て!肉を削ぎ!!殺意は凪いでしまった!!!」

 諫めるレイサへの返答は、狂気と執着の発露であった。

「ああ……!ああ!!なんて嘆かわしい!あの怪物に魅入られてしまった私は!!もう一度!!もう一度あの怪物を見たい!あの暴力を!あの強さを!あの存在を!!!」

 椅子を倒しながら立ち上がり、髪を掻き乱し、ぶちぶちと乱暴に羽を毟り取り、苛立ったように足を踏み鳴らしてウロウロを歩き回る落ち零れの少女。そう、彼女は自ら道を違えたのだ。自身を襲った暴力を、圧倒的な災難をもう一度目にする為だけに。

自分の人生、自分の青春、自分の未来、自分の友人、自分の矜持、自分の地位、自分の品位。持ち得るものをかけて彼女は今ここに立っている。

「……宇沢レイサくん。『卵が先か、鶏が先か』の問いの答えを知っているかい?」

 少女の全身から先ほどの熱狂が嘘かのように消え失せ、枝毛の目立つ油っぽい髪から手を離しながらレイサの方を振り返る。

 態度の豹変と丸切り関係のない質問にレイサは困惑する。何か答えなければ、 この狂人は何をするか分からない。何か言わなくちゃ。そう焦ったレイサの心配をよそに、落ち零れの少女は至極冷静に言葉を紡ぐ。

「……答えは『オムレツ』だ。オムレツがあるから卵も鶏も存在できる」

「えっと、すみません。私学がある方じゃなくって……」

「あー、あーー。ごめんね。分かりにくかったね。分かりにくいと言うより、私にしか分からない言い方だったね。オムレツは私の好物なんだ、許してくれ」

 落ち零れの少女はまた頭をぐしゃぐしゃと品なく掻き、倒れていた椅子を起こす。そしてストンと椅子に腰掛けて雑草の茶を啜り、唇を湿らせてから口を開く。

「言い換えるならそう……。伝記や物語、怪物討伐のお話があるから勇者も怪物も存在できる。結果ありきなのさ、この世界は。ああ、事実だと思わなくていいよ、そういう哲学なんだ、私なりのね。……そして私はそのお話を体験したい。どう?理解できた?」

「言っていることはわかりましたけど……」

「けど?」

「私が捕えられているのとなんの関係性が?」

 おっと、うっかりしていたよ。一瞬そんなことを言い出しそうな顔をした落ち零れの少女は、今度はそっと立ち上がると部屋の角に置いてある木箱を開いた。

「ああ、そうだったね。うん……。さっきも言った通り、私はそのお話を、人々が綾なすドラマの目撃者になりたいんだ。力なく脅え、怪物と勇者が命を削り合うのをただ遠巻きに眺めているだけの取るに足らない登場人物」

 木箱から取り出したのはペンとインク。

「筋書きはできている」

 それを持ってレイサの方へと歩み寄る。

「ならば怪物が先か勇者が先かは問題じゃあない」

 星型のヘイローがひと撫でされる。

 本来ならあり得ない感覚にぞわりとした悪寒がレイサの背中を伝う。

「怪物に先んじて勇者有り、なんてのも面白いだろう?それに、キャスパリーグには手を加えたくないんだ。できれば怪物は天然物の方がいい。だから、宇沢レイサ。君は今から私のためのスーパースターになってもらうよ」

「なっ!?ダメですよ!英雄は、勇者は!無理矢理担わせるものでは……」

「ふふっ、いつの時代も、勇者は人の手で作り上げるものさ……」

「待っ、はがっ……!あ゛っ!う、ぁ!?」

 斯くして、宇沢レイサのヘイローには勇者の肩書きが刻み込まれたのであった。

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