magpies and maggots
requesting anonymityヴォルデモート卿の軍勢との戦いが続くホグワーツで、整った容姿の青年が己の気を引き締め直していた。
「フレッドとジョージが味方と一緒に秘密の通路を見張ってる筈なんだが………まあこんな状況じゃどこからでも入ってくるよな。どっか壁でも壊されてるんだろう」
ビル・ウィーズリーとフラー・デラクールは絶対に破られてはいけない防衛線を担当していた。彼らが他何人かの生徒や大人たちと守る通路の中ほどには、医務室の扉があったのだ。中ではマダム・ポンフリーとそれを支援する人たちが、次から次へと運び込まれる怪我人や呪詛の被害者を救うべく戦っている。
「くそ、次から次へと」
打ち倒した政府の役人らしき誰か―おそらく「服従」させられていたのだろう―の向こうから追加で死喰い人が「亡者」を引き連れてやって来るのを見てとったビルは唸った。フラーが呪詛を放って亡者を1体「全身金縛り」にかけるが、通路を埋める量の亡者はそれを踏み越えて迫る。
「キリがないでーすね」
フラーはビルと共に次々と亡者の群れを呪詛で撃ち抜き押し返そうとするが、いくらなんでも数が多すぎる。レイブンクローの女子生徒とグリフィンドールの男子生徒が死喰い人を相手に奮闘しているが、撃破するには至っていない。
その時。亡者を率いていたその死喰い人がいきなり戦意喪失し、力なく杖を落として膝から崩れ落ちた。
「あ、え?」「あ!!」
巨体からは想像もできない速度で通路の反対側からそこに進行してきたバジリスクは、あっという間に生徒たちの間を縫い死喰い人を下敷きにし、ビルとフラーを避けて、その巨体に任せて亡者の群れをなぎ倒していく。そしてバジリスクが通路の突き当りの曲がり角まで到達して引き返してくる頃には、洪水のような量いた亡者は1体残らず轢かれてバラバラに潰れていた。
死喰い人が下敷きにされてバジリスクの胴体に隠れた時になんらか潰れる嫌な音がしっかり聞き取れてしまったビルは顔をしかめる。そして新たな強敵の出現だと思ったビルとフラーはそのバジリスクに杖を向け緊張するが、すぐに周囲の生徒たちの声色が変わった事に気づいた。
「あの先生のバジリスクだ!!」
グリフィンドールの男子は、そのバジリスクが派手なメガネをかけているのを見てすぐに理解した。
「オミニスくんだっけ。助けてくれたのよね?ありがとう」
レイブンクローの女子生徒のその声を聞いてどうやら味方らしいという事だけは察したビルとフラーが杖を下ろすと、派手なメガネのバジリスクの頭上に炎と共に不死鳥が現れ、周囲を見回したあと再び炎に包まれてバジリスク諸共「姿くらまし」した。
「ほら頑張れ!医務室まで行きゃマダム・ポンフリーが居る!」
オリバー・ウッドは何らかの呪詛をくらったらしい闇祓いの女性を杖を持っていない方の肩に担いで飛び交う呪詛と戦塵を避けつつ城へと急いでいた。
「うげ、ありゃ無理だ」
進行方向にベラトリックス・レストレンジの姿を見つけたウッドは速やかに大きく遠回りする事を選び、ベラトリックスがハッフルパフ生の女子に呪いを放とうとして誰かの呪文によってそれを中断させられたのを目の端で確認したウッドは先を急ぐ。
「やあ。気に食わない事があったって感じの顔だね?」
「誰だいアンタは?」
ベラトリックス・レストレンジは5年生くらいであろう見知らぬスリザリン生と対峙していた。
「なんだいそのヨレヨレのきったない制服。ひいひいじいちゃんのお下がりかい?」
ベラトリックスは嘲笑しながら杖を向けるが、青年はあらぬ方向に杖を向けたままベラトリックスの顔を不思議な表情で睨みつけている。
「この制服は友達が着てたやつだけど、そんな事よりちょっとまってね。君の名前、ほんとにここまで出てるんだけど……………………えー……………」
痺れを切らしたベラトリックスは緑の閃光を放つが、その5年生はそれをヒョイと躱し、的を逸れた死の呪いはかなり遠くまで飛んでいって巨人に命中した。
「ベル……………ベロ……………ベロミ…………ベロミックス…………あーもう年は取りたくないなぁ………絶対新聞で見たのに…………!」
どうやらベラトリックスを煽っているわけでは無く本当に思い出せないらしいその青年は、ベラトリックスが乱射する呪いを次々避け、杖を持っていない方の手を振って気楽に防ぎつつ眉間にものすごいシワを寄せて唸り続けている。
「ファミリーネームは覚えてるんだけどねぇ………君を『レストレンジ』とは呼びたくないんだよな………………同級生だった別のレストレンジを思い出すんで………」
「クルーシオ!!」
ベラトリックスが放った磔の呪いを、青年は躱そうともしない。しかしいきなり空中に現れ落ちてきた巨人の遺体によって阻まれる。
あまりの衝撃に周囲で戦う人々や死喰い人がよろめき、音のしたほうを見つめる。そしてベラトリックスも思わず身を躱してしまっていた。
「なんだ、急に…………」
「便利だねえやっぱり『位置入れ替え呪文』は………ほら起きて手伝って!」
青年のその声とともに、巨人の死体は起き上がる―亡者として。
「インペリオ」
巨人のからだに隠れて姿が見えない青年が何を「服従」させたのか、ベラトリックスは瞬時に察した。なにせ巨人が棍棒をしっかりと握りなおして自分を睨みつけているのだ。さしものベラトリックスも青年が只者ではないと察して息を飲む。
「ジェミニオ!」
ほとんどの呪文をはじく筈の巨人に、その青年はアッサリと双子呪文をかけた。そしてベラトリックスを睨む巨人は2人に増え、4人になり、すぐに8人になった。流石に杖を持つ手に汗がにじむベラトリックスをよそに、青年は気軽な口調で指示を出す。
「フラグランテ!じゃ、メラ……ペラモニック……、とにかくその人をやっつけて」
最後に巨人の亡者8人が持つ棍棒に「赤熱呪文」をかけた青年は、とうとう名前を思い出せないままベラトリックスに背を向けて戦塵の中に姿を消した。
青年のとんでもなく無礼な振る舞いと、何より悪名高い筈の自分をうっすらとしか覚えていないという屈辱を処理する暇も余裕もなく、ベラトリックスは巨人の亡者8人による赤熱した棍棒での猛攻撃を必死の形相で躱し続ける。時折隙を見て反撃もするが、やはり巨人の皮膚の頑丈さは亡者になっても健在らしく、ベラトリックスの呪文は尽く弾かれ効果を発揮しないし、元から死んでいる亡者に死の呪いを試すのは愚かだとベラトリックスは判断していた。
「くそ、なんでアイツはこいつらに呪文を通せたんだ!第一誰だアイツは!!」
防戦一方になって逃げ回るベラトリックスは屈辱に震える余裕すら無かった。
「それ怪我人だな?こっちだ、ウッド!」
闇祓いの魔女を片腕で担いだまま城内を急ぐオリバー・ウッドの後ろに迫っていた死喰い人を失神呪文で倒したジョージが叫ぶ。
「城の中は医務室への道をまだどうにか確保してる。最短距離を急げ!」
そう言ったフレッドの頭のすぐ傍を緑の閃光が掠めるが、的を逸れて壁に当たった。
「あっぶね!どなたですかね?お問い合わせは俺たちに直接じゃなくダイアゴン横丁の店舗にお願いしますよ、お客さん!」
かなり遠くに居たその死の呪文を飛ばしてきた相手に呪詛を撃ちながらそう言ったフレッドは、呪詛を防いだその死喰い人が横からタックルをくらって沈むのを見た。
大柄なスリザリン生2人がかりのタックルで吹っ飛んだ死喰い人に素早く呪詛で追撃したもうひとりも含めて、その3人は情けない叫び声を上げながら全力疾走でフレッドとジョージに近づいてくる。その理由はすぐにわかった。
「おいどうしたマルフォ………」
ブレーズ・ザビニは直ぐに口を閉じる。10体以上の吸魂鬼がスルスルと迫ってきているのが見えたからだ。
「なるほどな?」「こーりゃ大変だ」
フレッドとジョージは慌てず騒がず杖を構える。2年前、彼らが7年生の頃「D.A.」で仲間たちと共に吸魂鬼の唯一の対処法である呪文を学んだ時、彼ら双子は教師役のハリー・ポッターも、もうひとりの教師役である先生も驚くほどにアッサリとこの呪文を習得してみせた。なにせ彼らにとって「幸福な思い出で心を満たす」のはとても簡単な事だったのだ。
生まれてから今日までずっと一緒に居るお互いの顔を見るだけでいいのだから。
「「エクスペクト・パトローナム!!」」
フレッドとジョージの杖の先から現れた白く輝く2羽のカササギはピッタリ並んで飛翔し、迫ってきていた全ての吸魂鬼を吹き飛ばし退散させた。
「助かった…………ありがとう…………2人共……」
膝に手を着いてゼエゼエ苦しみながら呼吸を整えようとしているクラッブは、どうにかお礼の言葉を搾り出した。
「こりゃどういたしまして」「何だお前ら、守護霊出せないのか?」
ザビニの貢献によってスリザリン生に対する態度が軟化しているフレッドとジョージは逃げ込んできた3人、ドラコとクラッブとゴイルに声を掛ける。しかしその返事はザビニの方から返ってきた。
「闇の魔術に親しみ過ぎた魔法使いは、守護霊を出せなくなる。これは、そうする能力が有るかどうかとは全く別の話で、スリザリンの上級生は全員知ってる教えだ。『闇の魔術に心まで浸かったなら守護霊は諦めろ。練習もするな』………もっとも、無理に使おうとするとどうなるのかまでは知らんが。そういう昔からの教えだ」
真っ先に呼吸を整えたドラコもお礼を言おうとした時、向こうの壁が爆ぜて吹き飛び、開いた穴から死喰い人が1人侵入してきた。
「インペリオ!」
そこにすかさずドラコが「服従の呪文」を飛ばした。
「どうせならコイツでちょっと確かめてみるか………そら、やれ!」
ドラコに操られたその死喰い人は「やめとけ」とスリザリンに伝わるその呪文を唱えさせられる。そして、ドラコも誰も予想していなかった光景が広がった。
「エクスペクト・パトローナム!!ガボっうぎあぁぁ……………」
死喰い人の杖の先から現れたのは動物を象った守護霊でも霧か煙のような不完全な守護霊でもなく、とんでもない数の蛆虫の群れだった。蛆虫たちは死喰い人に襲いかかり、覆い尽くし、瞬く間に食い尽くしていく。すぐに悲鳴も聞こえなくなり、蛆虫が八方に散っていった後には、その死喰い人が持っていた杖だけが床に転がっていた。
あまりにも壮絶が過ぎる光景にザビニもドラコもクラッブとゴイルも絶句してしまっている。彼らは揃って「自分もああなる可能性がある」という事実を受け止めようと努力していた。
「俺の中の『避けたい死に方ランキング』のトップがたった今更新されたぜ」
フレッドが床に転がる杖を「呼び寄せ」ながら言う。
「まあお前ら、やぶれかぶれになって『守護霊』試さなくて正解だったな」
ジョージはゴイルの肩を叩きながら気楽な口調で笑った。
「この女性も頼む!何か呪詛をくらったらしい!意識はあるが自力で立てない!」
医務室に辿り着いたオリバー・ウッドがマダム・ポンフリーに叫ぶが、そこもまた戦場だった。
「キャパシウス・エクストリムス!」
闇祓いの制服を着た背の高い男性が壁に杖を向けて「検知不可能拡大呪文」で医務室を広げている。この呪文を許可なく個人使用するのは違法行為なのだが、今そんな事を気にする人間は誰もいない。
太った老婆がベッドの上で呻く魔法使いの不自然なビビッドカラーに染まった傷口に杖を向けてなにやら呪文を唱えているし、その横ではレイブンクローの制服を着た大柄な男子生徒が腹を抑えて意識朦朧としている女子生徒に薬を飲ませている。所狭しと並ぶベッドの上には様々な状態の負傷者達と犠牲者達が横たわっており、何人もの「癒者」の心得がある魔法使い達が1人でも多く命を繋ぐべく奮闘していた。
何度も無理やり起き上がろうとしてとうとう老婆に杖を向けられベッドに縛り付けられ叱られたリーマス・ルーピンは心配そうに隣の妻を見つめ、そのトンクスは呼吸こそしているものの未だ意識は戻っていない。
負傷者達もまた、一刻も早く戦場に戻って仲間を助けるべく傷と戦っていた。
「私に任せて、あなたはすぐに戻るべきです」
マダム・ポンフリーは闇祓いの魔女を杖で「浮遊」させてベッドに移しながらそう言い、ウッドはその言葉に素直に従った。
オリバー・ウッドが出ていってすぐ、医務室の壁にいきなり扉が出現し、そこが開いて古そうなスリザリンの制服を着た5年生くらいの青年が現れた。
「『必要の部屋』にお願いして直通の通路を創ってもらった。そして部屋には『医務室から来た人間以外入室させるな』とお願いしてある。足りないものがもしあったら『部屋』に行ってお願いすれば『ガンプの元素変容の法則』の5つの例外を除けばなんであれ用意してもらえる。そして『部屋』は中に誰か居る限り外から変化させられないから、今すぐ向こうに……そうだね、軽症者に何人か移ってもらうといい」
そう言った青年が誰なのかをすぐに察して、隅にうずくまっていた数人の生徒が名乗りを上げてお互いの体を支え合いながら移動を開始する。その後ろにマダム・ポンフリーを手伝っていた闇祓いが1人続く。
「『部屋』には望みを正確に伝えるんだよ!いいね!」
そう言った青年はすぐに本来の出入り口を通って医務室から出て行った。
「ステューピファイ!!」
友人達とともにホグワーツ城の正門前広場で戦っているルーナ・ラブグッドはジニーを狙っていた死喰い人を「失神」させ、地面に倒れて動かないハッフルパフ生の女子を踏まないように気をつけながら、シェーマス・フィネガンとアーニー・マクミランが戦っている「人さらい」らしき凶悪な顔の男に杖を向けた。
「ステューピ―」
しかしルーナを横から飛んできた「全身金縛り」が襲った。それを放った死喰い人のコーバン・ヤックスリーは更に追撃をかけようとする。
「アバダ・ケダブ―」
「「フリペンド!!!」」
2方向から飛んできた呪詛の不意打ちをくらって、ヤックスリーは向こうへ吹っ飛んでいって見えなくなった。
「おい大丈夫かラブグッド!」
「ルーナ!ルーナ!!!!」
ヤックスリーをふっとばしたジャスティン・フィンチ=フレッチリーとゼノフィリウス・ラブグッドが左右からルーナに駆け寄り、ジャスティンが「全身金縛り」を解いてゼノフィリウスが娘を助け起こす。
「パパ。パパも一緒に戦ってくれるんだ」
「さあ逃げよう」と言おうと思っていたゼノフィリウス・ラブグッドは、娘のその言葉でようやく本当に覚悟を決めた。
「もちろんだよルーナ。おいやめなさい!ペトリフィカストタルス!」
ゼノフィリウスは向こうでレイブンクロー生に迫っていた人狼に全身金縛り術を命中させて、娘やその友人達とともに戦いを続ける。
「ジャスティン、ありがとね」
ジャスティン・フィンチ=フレッチリーはその時初めてルーナが女子の中でもかなりかわいい方である事に気づいて、それまでの己の見る目のなさを心中で反省した。
「クソッタレ………余計な体力を…………」
巨人の亡者8体を焼き払う事で処理したベラトリックスは「悪霊の火」を引っ込めてから、迫る魔法使いやホグワーツの生徒共を適当に凌ぎつつその場で体力の回復を図り始めた。しばらくは、ガキ共を追い回す余裕は無い。しかしそれを態度には出さず悪意と迫力だけ撒き散らして余裕綽々という演技をして周囲を牽制する。
そして、そこからかなり離れた森の中。
「やあ。きみが友達が1人も居ないかわいそうなトム君だね?」
「俺様はヴォルデモート卿だ。そうか、貴様があの『ダンブルドアの先輩』だな?」
古いスリザリンの制服を着た青年とヴォルデモートがお互いに杖を向けていた。