life after death
requesting anonymity一方的に宣告された1時間の休戦を否応無しに受け入れたホグワーツ側は、いみじくもヴォルデモートが言った通りに負傷者の手当てと犠牲者の弔いを行っていた。しかし、ヴォルデモートによるもう一方の要求を呑もうとする人は誰も居ない。
当事者本人を含むたった2人を除いては。
「やあ。ハリー・ポッター」
校長室から出てきたハリーを待ち受けていたのは2年前、ハリーが5年生のあのアンブリッジの年に闇の魔術に対する防衛術の教授を務めていた「ダンブルドアの先輩」だという青年だった。
「…………やっぱりいらしてたんですね、先生。来てくださると信じていました」
「ハリー、君が今持っているその勇気は、僕にはとても真似できないものだ。僕は、同じ状況で同じ選択ができる自信は無い。僕はきみを、心から尊敬する」
それを聞いたハリーは、この人もまたダンブルドアと同じく「全てを知っていた」のだと思った。
「…………先生は、何をどこまでご存知なのですか」
「何も。亡き後輩の名誉のために言っておくけどダンブルドア校長が僕に、ダンブルドア校長自身に関するものも含めて、誰かの秘密を語った事は1度も無い。だけど、アルバスが僕に対して隠しておきたいと考えた事を、隠し通せた事も1度も無い。アルバスの事は彼が11歳の頃から知ってる。嘘をつく時の癖も、隠したい事がある時のわかりやすい変な態度も、図星を突かれた時の誤魔化し方も、苦手な教科も、箒飛行だって上手くできるくせに高いところが苦手でそれを克服するのにすっごく苦労した事も、どんな風に笑うかも、どんな風に泣くかも、どんな間違いを犯してきたかも、それをどれだけ後悔していたかも全部全部、全部知ってる。……僕の後輩なんだから」
ハリーには、年下にすら見えるその青年が、まるで萎れた花のように疲れて見えた。
「だからきみが何をしようとしているかもわかるよ。だってグリフィンドールの1年生だったアルバスに『分霊箱』の話をしたのは僕なんだから」
ハリーはその青年が全てを「知っている」のではない事を理解した。ただ何十年来の友人にそうするように、ハリーがロンやハーマイオニーに対してそうできるように、フレッドとジョージが互いに対してするように、大体を「察している」だけなのだ。
「僕は、死ななければいけない」
ハリーは改めて声に出した。
「正確には、君の中にあるヴォルデモートの欠片を、破壊しなければならない。……やっぱりそうなんだね。だから君は蛇語が使えた。ヴォルデモートの思考に入り込む事ができた。………………止めないよ、ハリー。けどそうだね、「向こう」でもしアルバスに………ダンブルドア校長に会ったら、アルバスが校長室にこっそり隠してるすごい量のお菓子みんなで全部食べちゃうからね、って言っといて」
そう言った青年はハリーが見たことない雰囲気の笑顔を浮かべた。それはアルバス・ダンブルドアがこの青年に会う度に見ていた親しげな笑顔だった。
「行ってきます。先生」
「行ってらっしゃい。ハリー」
そしてハリー・ポッターは透明マントを被って歩き出した。階段を降り、廊下を進み壁を補修している魔女の隣を通り、誰かの遺体を運んでいるオリバー・ウッドの傍を追い越し、母親なのであろう中年女性の亡骸を泣きながら杖で浮かせて運んでいる監督生バッジを付けたレイブンクロー生を横目に見て、更に階段を降り、破壊された廊下を進み、大広間に来たハリーは周囲を見渡しながら歩き続けた。
ハーマイオニーはアンジェリーナ・ジョンソンの腹部に杖を向けており、ロンはどうやら荷物運びと伝言係に徹しているらしく、忙しなく駆け回っていた。
フレッドはハリーが名前を思い出せないグリフィンドールの女子生徒をどうにか勇気付けようとしており、ジョージはその隣でスリザリン生に薬を飲ませている。
ハッフルパフの女の子が父親らしき男性の亡骸に縋って泣く傍で、モリーおばさんとジニーがその遺体の見た目を可能な限り整えている。ハリーはジニーに話しかけたい気持ちを抑えるのに多大な努力を必要とした。
ルーナ・ラブグッドがジャスティン・フィンチ=フレッチリーの腕の痣に水薬を注いでいる隣で、ルーナの父親のゼノフィリウスがブレーズ・ザビニと共に分厚い本の記述を調べている。
パーシーは闇祓いの制服を着た男性と共に瓦礫に杖を向けて少しでも床面積を確保しようとしており、その作業で空いたスペースに血まみれで呻くコリン・クリービーがスリザリン生3人に運ばれてきて、すぐその3人と駆け寄ってきた老婆によって治療が開始される。
その老婆がネビルの祖母オーガスタである事にハリーは少し遅れて気づいた。
ネビル・ロングボトムは、なんとクラッブとゴイルと協力して大柄な闇祓いの男性の遺体を運んできていた。その向こうではグリフィンドールの女の子の足の傷口に杖を向けて治療を施すドラコ・マルフォイと、そこに薬瓶を杖で操って届けるシェーマスが居た。
クラッブとゴイルが離れていったのを見て、ハリーはネビルに小声で話しかけた。
「ネビル、僕だよ。ハリーだ。2人だけで話がしたいんだけど、いいかい?」
ハリーがネビルにナギニに関する懸念を伝えている時、そこから少し離れた医務室では、いきなり現れた不死鳥が何人かの患者の上を飛び回って涙を流していった。
「つまり、後は私達でどうにかできるという事ですね」
マダム・ポンフリーは空中で炎上して消えた不死鳥が居た場所からすぐ視線を逸らして冷静に言い、また重症者の治療に戻った。この戦い中に開通された必要の部屋直通の扉から入ってきた青年は、自分の助手である若い闇祓いの魔女がベッドで横になっているのを直ぐ見つけて寄っていった。
「無事で良かった…………」
「あ、せんぱい。きてくれたんですね」
若い魔女は自分の現在の雇い主であるその青年が視界に入って安心した様子で笑う。
「わたし、あんまりやくにたてませんでした」
「はい元気爆発薬。あとこれむかし僕の友達が考えた「魔法吐き戻し薬」。飲んで」
青年は若い魔女を上半身だけ起き上がらせて、背中に手を添えてゆっくりと薬を飲ませる。そして若い魔女の衣服を躊躇なくめくる。
「あ~………面倒な呪いを貰ったねえ。誰がここまで運んでくれたんだい?」
「オリバー・ウッドくんです………あのせんぱい、皆様いらっしゃるのでその」
元気爆発薬の効果によって若い魔女は両耳から煙を噴いて顔を紅潮させていた。
「せんぱい……………全部めくるのはやめていただけると………」
そう言いながら若い魔女は両手でどうにか自分の体の前を覆い隠そうとしている。
「あ、ごめん」
青年は服を少し戻し、若い魔女の腹部に杖を向けて呪文を唱えつつ、若い魔女が嘔吐したものに反対側の手を向けて「消失」させ続けた。
「よし、おしまい。ほら………もう立てるでしょ」
しばらくしてからそう言った青年は、助手である若い闇祓いの魔女をベッドから起き上がらせる。
「マダム・ポンフリー、助手がお世話になりました」
青年はそう言って若い魔女と共に医務室を一歩出た瞬間その姿を変え、ホグワーツの7年生くらいのスタイルの良い若い娘になった。
「うおーー、今かぁ…………でもこれ『あのころ』くらいだ」
「せんぱい、私、ウッドくんにお礼言わなきゃいけません。彼が運んでくれなかったらきっと私死んでました」
しかし、青年だった女生徒は、若い魔女を引き止める。
「それは全部終わってからね。………もうすぐトムくんが降伏勧告に来るよ。そしたら決戦になる。どっちかが滅びるまで戦いは終わらない」
若い魔女は質問しようとして、やめた。ただ次の言葉を待っている。青年は周囲に誰も居ない暗い廊下まで移動して「分霊箱」と「ハリー・ポッター」の説明を、自前の知識と以前ダンブルドア校長に誘導尋問を仕掛けて引き出した証言を交えて語って聞かせる。
「え、じゃあポッターくんは、死にに行ったんですか………?!!」
「そう。で、分霊箱破壊の進捗状況はさっき校長室に行ってダンブルドア校長の肖像画に訊いてきた。あとひとつ。その残りのひとつは―」
「蛇です、先生」
いつの間にかそこに居たネビルが、恐怖を決意で塗りつぶした目で2人を見ていた。
「ヴォルデモートがいつも連れてるあの蛇。確か名前はナギニ。あれを殺さなきゃだめだってハリーが言ってました…………すいません、盗み聞きして」
実は「予言」の事に関してだけは本当に何ひとつ知らないこの女生徒だが、それでもネビルの目をまっすぐ見つめて言った。
「できるかい、ネビル・ロングボトム」
「やります。僕、やってみせます」
そして勝ち誇ったヴォルデモートの声が響いた。