if:ラストダイス3√

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あの不思議な空間から出て少し経ち、二人の関係には変化が起きていた。

例えば、サニー号の甲板にてウタが日を浴びつつ楽譜を書き込んでいる時…


「ウタ〜何書いてんだ?新曲か?聴かせてくれよ〜!!」

「っ、ちょっとルフィ!あ、あんまり引っ付かないでよ!」


前までならば恐らくウタも新曲を自信ありげに自慢した。だが最近はルフィに抱きつかれたり、距離を縮められたりすると咄嗟に離れようとするのだ。

その様子を見て、他の一味はウタがとうとうルフィに対して「そういう」感情を持ったのかとニヤニヤしたり、優しい目で見守っていたりした。


「もう!私部屋に戻るから!!」

「え〜!!……なんかアイツ、最近おかしくねェか?」


スタスタと去っていくウタにそんな風な感想を抱く。それに周りは呆れた様に返す。


「おいおいルフィ…お前な〜」

「レディの気持ちも分からないこんなアホに!!何故だァァアア!?ウタちゅぁああん!!!」

「少なくともおめェが違う理由は丸わかりだろうがグル眉が」

「ああん?!」

「こら、やめなさい!…とはいえここまで鈍感だとウタが不憫ね〜」

「いえ、そもそもウタの方にも自覚があるか分からないわね」


ロビンのその言葉に、皆反論出来ないのだろう。ありえるな…と一瞬、閉口する。


「ありえそうじゃのう…」

「いやはやしかし!甘酸っぱいですね〜私ドキドキしちゃいま…心臓ないんでした!ヨホホ!」

「まァ〜本人達の問題だけど、やきもきすんなァ…」


「だってよォ…ウタワールドではいつも通りなんだぜ?アイツ」

「へ?そうなのか?」

「おう!この前もあっちから抱きついてきたんだ。なのに現実だとダメっておかしいだろ?」

「ルフィ…アンタそれ……」


「本人が恥ずかしがってるから人に見られない様にしてるのでは」という言葉を飲み込み、代わりにため息をナミは吐いた。

こんなところで暴露されてウタも可哀想にと思う反面、自覚出来ていそうならばサッサとくっついてしまえばいいのにと思ってしまう。

一人別の理由で納得出来ていないルフィだけが、首を曲げてウンウン唸りながら悩んでいるのだった。


ところ変わってウタの自室。バタンッとやや乱暴な閉め方をした後、後ろ手に鍵を閉め…そのドアに寄りかかりズルズルと崩れ落ちるウタ。


「…っはァ……ああ゛ッ!!」


喉に悪そうな声をあげ、ガンッと、華奢な拳で床を叩く。胸に抱く楽譜にクシャ…とシワが入ってしまうが、気にしていられる余裕はウタになかった。

こんな子供の癇癪の様な事をしても事態が変わらない事を含めて余計に自分を追い詰めている。


「…て……消えてよッ!!」


だが、こんな事を誰に言える?

この船の皆、優しく、ルフィもウタも大事に思ってくれている。それはルフィもだしウタもそうありたい…ありたかった。

部屋から出て、少しまではルフィに対して抱いた感情が恋慕のソレなのだと無意識ラブソングを作詞した事で気付き…「まぁルフィに対してならあり得たのか」と思いつつ自身に芽生えた新しい心をルフィの邪魔にならない程度に大切にしようかと思っていた……なのに


「ッ、偽物のクセに…!」


それが【どんなに悍ましいもの】なのか、気付いてしまった理由は皮肉にもあの部屋で封じていた彼女のウタウタの実の能力によるものだった。

ウタワールドではウタが絶対の存在であり直接的な干渉…ダメージや毒などは効かない。そう、毒……つまるところ、ウタワールドにて、あの部屋で飲んだ薬の効果やその【後遺症】が一切の影響のない状況で、ウタはルフィへの想いが「幼馴染」のままである事に驚愕した。

最初は信じられず、何度かルフィを呼んで抱きしめたり、触れてもらって検証を重ねたが結果は変わらない。


ウタワールドの自分は真にルフィを「愛して」いられている

だが現実の自分はルフィに歪に「恋をして」いたのだ


では現実の自分が抱くソレは……あの部屋でルフィに抱きそうになった汚い劣情とどう違う?その感情で触れる自分は、ルフィを汚してないとどうして言える?


気付けばウタは現実でルフィとの接触を避けようと必死だった。表面上はルフィや周りに気付かれない様、照れ隠しでもしている様に…これでも世界中のファンを欺いて見せた実績持ちだった。演技力に多少の自信はあった。

しかし結果としてウタは余計に誰にも言えなくなってしまった。

否、言えるはずなんて元からなかった。


皆の船長を汚い目で見ています。

彼に触れると発情する卑しい女です。


口が裂けても言いたくなかった。でもそれで内側に熱した鉄がある様な地獄だった。


「こんな偽物の汚い感情で、ルフィに触れたくない…消えてよォ…ねえ…ッ」


膝を抱えて涙を零す。明かりもつけずに入った暗い室内で一人彼女は耐え続ける。

彼に触れられた事で高鳴った心臓の音、燻り始める熱…全部から目を逸らしたくて仕方なかった。

──────────────────

「………ん」


いつの間にか寝ていたらしい。ドアの前の床で寝そべり身体が痛い。今は何時程だろう?そう思って部屋を出たら、部屋の前にテーブルに置かれた美味しそうなサンドイッチとポットが目に入る。近くのメモに目を通せばサンジの字でウタに対する褒め言葉の羅列が多いが要約すれば「夕食に食べてくれ」ということだ。つまりは随分と眠っていたということ…今日は不寝番ではなかったからよかったが申し訳ない事をしてしまったなとウタはサンドイッチとポットを手に部屋に戻る。また、ガチャリ、と冷たい鍵の音が廊下に響いた。


「…美味しい」


流石だなと思う。

でも静かな部屋で、そう言葉をもらした結果余計に寂しく感じてしまう。

そう、寂しい。ウタはルフィにあれこれ言うが、自分もまた筋金入りの寂しがりやだった。忌々しい事に、現実の自分はルフィがいない事に本来とは別の理由で耐えられないだろう。

でも、偽物の心を持ったままルフィの隣にいる自分も耐えきれない。きっとルフィの邪魔になる未来が見えてしまう。


だから次の島で、降りたらルフィ達の前から姿を消そう。二度と会わない。

会えば、触れれば…きっと、耐えられないだろうから。


そんな風に決意を固めていた時だった。

コンコン


「…?だれ?」

「ウター?起きてんのか?」

「ッ!?」


なんで、どうしてこの男は自分が決意した時に限って来るのだろう。

何も喋らず、居留守や狸寝入りを使おうかとも思ったが…そういえばサンジの料理を持って行った形跡でバレてしまう。

…別に、言わなければいいのだ。最後まで隠し通せばコチラの勝ちだ。


カチャ、と鍵を開けて、ゆっくりドアを開けて予想通りの人物がいた事にウタは嬉しさが湧いたが慌てて引っ込めた。なにせこれも、偽物かもしれないのだから…

ウタワールドの自分の感情以外、信じられなくなっていた。


「なに、ルフィ…」

「いや、昼のことまだ怒ってるかなって」

「…怒ってないよ、こっちこそビックリして声を荒げてごめんね」


しょげた様に頭を掻いたルフィにフ…と力が抜ける。どうもこういうルフィに自分は甘いと思う。だから、扉をもう少しだけ開いた。大丈夫だと強がる為に。


「ルフィは不寝番?」

「が、終わって今交代してきた!…なあウタ。ちょっと話さねえか?」

「え?はなし?」

「ダメか?」


思わぬ提案に、内心焦る。

しかし断る理由もない為にやや目線を泳がせてから「ど、どうぞ?」と中に促した。


「で、ウタ。お前何があった」


そしてすぐに本題に入られた。あまりに早いし、ストレートが過ぎてビクリと肩を跳ねる様な分かりやすい動揺をしてしまう。


「何って、何?」


それでも必死に隠す。そんな隠すものさえないのだと言うように。


「最近おかしいからよ、お前。だから聞きにきた…お前相手に後手に回るのはまずいのは知ってるからな」

「だから何言ってるの、私は別に…」

「ウタ」

「ッ!」


誤魔化そうとした瞬間、ルフィがウタに手を伸ばす。ただでさえ動揺するなかのルフィのその行動にウタは咄嗟にその手を弾いてしまう。


「…ぁ、ご、ごめっ!」

「いい。でも話せ」

「…やだ」

「なんでだ」

「寧ろなんでルフィに言わないとなの」


人の話したがらない部分に踏み込まないのがルフィだ。それは最近知った事だが理解は早かったウタからすれば違和感がある行動だった。


「お前がまた一人で抱えてんのは、やだ」

「またって…」

「実際そうだった。聞きゃよかったんだお前に関しては、ちゃんと」


色々と心当たりが存在してしまっているウタは軽く唇を噛み、目線をルフィからズラす。逃げたい、此処にいたくない。


「ウタ」

「うるさい」

「ウタ」

「話したくないの」

「聞かないとお前、そのまま潰れるか逃げちまうだろ…おれだって、幼馴染だ」


ズイズイと寄ってくるルフィから距離を取りたくて退がるウタ、が、元々この部屋の大きさはさほどではない為にすぐ脚にベッドが当たる。これ以上は退がれない。

逃げられない。

とうとう、ルフィはウタの手を掴んだ。痛くはないが、弱くはない。しかし今のウタにはそんなの関係なかった。


「!離して、はやく」

「なんでおれが触るの嫌がるんだ?」

「いいからはやく!」

「他の奴だと違ってたし、ウタワールドならお前から触ったりしてたじゃねえか」

「もうやめて!!!」


下を向き、ハァハァと息をあげて叫ぶウタに、ルフィが少し驚いた様な顔をする。ああ本当になんでこうもこの男はちゃんと自分の思った通りにならないのかと…怒りもあるし、ヤケクソもある感情でウタはルフィに顔を向けた。


「ふーっ、ふぅッ…!」

「!…ウタ、お前」


その表情をルフィは覚えている。

上気した頬に、少し泣きそうな目、制御しきれない様に乱れる呼吸のしかた…

あの不思議な部屋で、ウタが媚薬を飲んですぐに症状が出た際の顔に似ていた。


「あの薬、抜けてなかったのか…!待ってろ、今チョッパーを」

「違うんだよ、ルフィ…」


え、と拍子抜けするルフィに掴まれたのとは違う方の腕でルフィの服を掴み、足払いをかけてから引っ張る。驚くルフィはそのまま彼女がよく使うベッドに倒れ込む。


「な、にすん…」


次に目を開けた時、ルフィは左右で色の違うカーテンにでも閉じ込められている印象を受けた。実際は彼女の髪なのだが、そうして彼女の顔だけに視線が向いた。

その表情は涙もないのに泣いていた。


「ねえルフィ。アンタの幼馴染は、アンタにこういうことするの?」


ルフィの上に馬乗りになりながら、自嘲気味な声でウタは口を開く。ルフィは別に無知ではない、この状況でウタがいう「こういうこと」の意味くらいは分かっている。


「違うでしょ?アンタにこんな汚い感情を向けないでしょ?」

「でも、多分それは薬が…」

「かもね…でも多分もう違うよ、これは刻まれてるんだ。消せないんだ」


アンタのそれと同じだよ、と言いたげにウタはルフィの目の横にある傷、そして胸の傷を軽く撫でる。


「ウタワールドの自分と現実世界の自分でアンタに対する感情が全然違うの…おかしくなりそう」

「ウタ…!」

「大事なのに汚したがってる…今アンタに触れてる部分から勝手に悦びが湧く…気持ち悪いよね?」

「ウタ、聞け…!」

「ごめんルフィ、ごめんね…私は耐えられないんだ」


自分を支えた約束をした人、それを叶えようとしている人。だから邪魔したくない。

話は終わりだと、ルフィの耳に口を近づけるウタ、何をする気か分かっていただけにルフィは慌てた。


「待てウタ!!話を」

「おやすみ」

「ッ!!離す…かァ……」


耳元で小さく、ルフィの為だけに子守唄を歌い、ウタはルフィを眠らせた。

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