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その日、箱庭は突如として形を変えた


一つの場所に集められた苗床達は、スピーカーから発せられる言葉に傾聴している


"ただいまより、レクリエーション第二弾を開催させて頂きます。皆様が繁殖用の動物として見事選ばれた際のレクリエーションとルールは変わりませんので、張り切って逃げて下さいね"


軽やかな女性の声が響くと同時に、苗床達には動揺が走る。

半数は正気を失っている苗床達だったが、それでも自分達の運命を狂わせたあの日の惨状にはある程度のトラウマが残っているらしく、多くの苗床が顔を青くして身を固くしていた


「嫌だ!俺はやらない!やらないからなっ!」

「これ以上見世物になれってのか!?ふざけんじゃねぇ!!」

「それって逃げ切り報酬とかあんの?」

「そんな事しなくたっていくらでも抱いてくれていいのに」


ガヤガヤと騒ぎ出す苗床達の声。それを遮るように、スピーカーは音を出す


"生き残った最後の5名には素晴らしい報酬が用意してあります!ですが、それ以前に捕まった方々には罰として10日妊活ぶっ続け耐久チキチキレースに参加して頂きますので、そのつもりでお願いします"


報酬と罰が提示された事によって、苗床達は静かになっていく。

報酬の事も気になるが、それよりも罰の内容に気を取られる。

この箱庭に押し込められてから、地球で犯されていた時よりは身体を暴かれる回数は減った。ようやく尻の穴の形が元に戻り始めている者も居るのに、最後の5人以外は10日ぶっ続けで乱交パーティ?

冗談じゃない


レクリエーションに消極的な反応を見せていた苗床達にやる気が満ち溢れていく

あんな陵辱は二度と御免だ、と、そんな気持ちで一杯だった


一方で、集まった苗床達から少し離れた場所。『花嫁』御影玲王は、レクリエーションへの期待とワクワクに胸を躍らせていた。

要は隠れ鬼をすれば良いのだろう?逃げ切れば報酬。捕まっても快楽と新しい命が与えられる。デメリットなど一つも無い、最高の遊びじゃないか


そう考える玲王。しかし、その考えは決して少数派では無かった。快楽に溺れている者や洗脳されている者は、玲王と同じ様にこのレクリエーションにあまり抵抗を示さない。


レクリエーションの開始を待つ玲王。そんな彼に、あの日の青年···なぎが近寄って来た


「一緒に逃げよう、レオ」

「んぇ?おう、いいぞ!」


思わぬ誘いに驚いた玲王だったが、すぐに笑顔でその誘いを受ける。

楽しい遊びは共に享受する仲間が居れば更に楽しむ事が出来るだろう。

危機感や恐怖心など一切感じられない玲王に、なぎは複雑な感情を宿す視線を向けるが、何も言葉には表さない。何を言ったところで、今の玲王には響かないと分かっているからだ


"それともう一つ!今の皆様の中にはちらほらと「慣れて」しまっている方がいらっしゃるので、そういう方々は初期化を行わせて頂きますね"


ハツラツとした声が再びスピーカーから垂れ流される。その内容に、苗床達は首を傾げた。

初期化とは、一体どういうことだろう


疑問に思う間もなく、箱庭の中に複数の異星人達が駆け込んで来た。

すぐさま、苗床達から悲鳴と怒声が上がる。しかし、異星人達は騒ぐ苗床には見向きもせず、余裕そうに構えている特定の苗床へと近寄っていった


そして、彼らに何かしらの薬品を投与する


「何してんだアレ」

「分かんない。下がって、レオ」


皆とは離れた場所に居たため、その様子をまじまじと眺める事の出来た玲王は、薬品を投与された苗床達の目に光が戻っていく様を見る


直後、強制的に正気に戻された彼らが、各々凄まじい反応を示しだした


あるものは嘔吐、あるものは頭を抱えて涙を流し、ある者は狂ったように悲鳴を上げる


彼らの狂乱で、箱庭は一瞬にして地獄絵図へと化した


(何だあれ、こわっ)


のほほんと部外者のつもりで、玲王はそう思う。しかし彼にも、異星人の集団が近寄って来ていた


たったった、がしっ


小さな駆ける音と、足下に何かがしがみつく感覚。誰かに抱きつかれた玲王は「おっ?」と声を上げて、視線を足元へとやった

異星人の子どもが、玲王の足に抱きついて玲王を見上げている


「レオに触るな····!」


子どもとはいえ異星人が玲王にくっつく様子を見て、なぎが殺気立つ。

咄嗟に、なぎへ片手を上げて「待て」と言い、玲王はしゃがんで、子どもの異星人と目線を合わせた


じっと見つめ合う異星人の子と玲王


やっぱりそうだ

間違いない

忘れるはずがない


「この子、俺の子だ。三番目の子」


そう言うと、玲王が自分を覚えてくれていたのが嬉しかったのか、子どもの異星人は嬉しそうに飛び跳ねて再び玲王に抱きついた


何度も何度も、二度と会えないと思いながら子どもを手放してきた玲王。だがこの瞬間、初めて大きくなった己の子と対峙することが出来た。それは言葉には言い表せない程、玲王の心を幸せで照らす


「あは、大きくなったなぁ。ちゃんとご飯食べてるか?俺がお前のお母さんだぞ」


すりすりと己の子と頬を寄せ合いながら、日が差すように玲王は微笑む。そんな彼らの前に大勢の異星人が現れた


並ぶ大型の異星人達。彼らは全て玲王の旦那様だ。全員が来ている訳では無さそうだったが、それでもかなりの数。しかも、彼らは数人の子どもを連れてきてくれていた。

玲王と彼らの子だ。

嬉しくって、玲王は満面の笑みで彼らの元へ走る


「応援しに来てくれたのか!?ありがとう!あ、この子、俺が4ヶ月前に産んだ子だ。抱っこさせてくれよ!え?レク終わってからじゃなきゃダメ?やだ、なんでだよケチ!」


「待ってレオ、そいつらに近寄っちゃ···」


なぎの静止も聞かず、玲王は異星人達に駆け寄り、笑顔で談笑し始める。

『花嫁』を囲む異星人達は、嬉しいのか躊躇っているのかよく分からない複雑な感情を浮かべながらも、『花嫁』と交流の出来るこの瞬間が嬉しいのか、笑顔を振りまく玲王に子どもを見せてやっていた


無邪気に笑い、子どもとの再会を心から喜ぶ玲王。そんな彼に、一人の旦那様が近寄る


キィイイン


玲王の額に押し当てられた紫色に輝く銃。

何が起こっているのか分からず、動きを止める玲王。

顔を伏せる異星人達

そして、状況に気付き玲王に駆け寄るなぎ


パキュン


紫色の光が玲王の頭蓋を貫き、玲王は突き飛ばされたように後ろへと仰け反った


瞬間、玲王の脳内に溢れる

半生の記憶


「へ·········ぁ··················?」


人格の破壊は対象を廃人にする危険が伴うリスクの高い暴挙

だが、破壊した人格を再び対象に入れ込むのは、人格破壊を上回る危険を伴う


なにせ、膨大な情報を一気に脳へと押し込むのだから、脳のメモリが耐えきれずにパンクしても不思議ではないのだ


ぐらりと倒れる玲王の身体を受け止めたのはなぎだった


なぎ、そう、なぎ

おれをあのひたすけてくれたなぎ

あのひおれがたすけてやれなかった

なぎ、凪、凪誠士郎

俺の宝物



「レオっ!!」



あの日もそうやって

俺の名前を呼んでくれた


この世で最も大切な存在を思い出して、玲王は薄く目を細める。

しかし、半生を思い出した直後に脳に溢れるのは、人生が狂った日から今日までの出来事


犯されしゃぶられ産み媚び諂い大切なものを失った事にも気付かず大切なものが汚されている事にも無関心でただただ快楽の海に沈む日々


そしてその証拠が、無くならない証明が、子供という形で玲王の前へと連れてこられていた


様子のおかしい母親を不安げに見つめる子供達。その大量の目、目、目が、

いっぱいの目が、玲王へと向けられて




「ぁあ············ッあ、あぁああ」


顔を覆い、玲王は呻く

狂おうとしている『花嫁』に近寄ろうとする異星人が複数。しかし、他の異星人に止められていた。

彼らはそっと、玲王から離れる。

上からの指示はもう遂行した。

これ以上自分達が側にいては、玲王は更に混乱するだろう



去っていく足音と同時に、スピーカーが鳴る



"ではでは準備も整ったようなので、レクリエーション第二弾、スタートっ!"



明るい声がそう言い、同時に地面を蹴る苗床達。箱庭に侵入してくる複数のハンターは、早く犯したくてたまらないと舌舐めずりをせんばかりに苗床を追いかけ始める



早く逃げなければならない。

凪は焦るが、その前に玲王をどうにかしなければと、叫び出しそうな玲王の口を抑えて木陰へと潜む


「ゃあ······っ!ぁ、ぃあ、あ」

「レオ、落ち着いて、ちゃんと息して」


背後から玲王を抱きしめながら、凪は頭を働かせる。

あの銃は、あの日玲王を殺した忌々しい銃と同じ形をしていた。そして、今回の銃は紫色。玲王の色に光っていた。

なにより、銃に打たれた直後の玲王の表情。凪を見る顔が、あの頃と同じ表情をしていた。

つまり今、腕の中に居るのは失ったはずの玲王。あの日凪が救えなかった玲王だ


ようやく取り戻した、世界で唯一人のパートナー。だけど、取り戻したその瞬間に、玲王は壊されようとしていた。

玲王の在り方を踏みにじり続けた箱庭の日々によって。


そうはさせない、もう奪わせない

二度と、玲王は殺させない



「レオ、良い?今からあの地獄が始まる」


玲王の耳の直ぐ側で、凪が囁く

その言葉に、玲王は肩を跳ねさせた

反応があったと見て、凪は続ける


「終盤まで生き残らないと、俺達はまた終わる。そんで俺は、レオが捕まるなら一緒に捕まる。二度と玲王を一人にしない」


「······ぅ、あ···なぎ、が、つかまる」


「そう。レオと一緒に」


「ダメだ···!凪はダメだ、なぎ、なぎだけはもう、傷ついちゃ、汚れちゃ·····」


「じゃあ立って、走って。俺の横で」


玲王の顎を掴み、凪は強制的に、玲王の視線を凪へと向ける。

焦点の合っていなかった玲王の双眼は、ようやく凪という一つの対象に合わさった


「俺の為に生きて、レオ」


壊れるくらいなら



「······うん、俺は凪の為に生きる」


凪の言葉に玲王は頷く

もう、呼吸は乱れていない


どこか歪だが、しかし確実に、玲王は破滅から踏みとどまった。

凪の尽力によって


二人は手を取り合い、箱庭の中を駆ける


今度こそ二人で生き残る為に


その、結末は


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