hold you tight

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斬魄刀達の霊圧が…消えた

「君の仕事は、腹の子を守ることだ。業務は私に任せて、先に家に帰り安静にしていなさい」


 紆余曲折を経て夫となった藍染はそう主張し、退勤時間が来ると平子は隊長だというのに半ば強制的に隊舎を追い出される。(奪い取られた仕事は藍染の手によって正確に出来ているから、それでいいと言えばいいのだが)

 家に帰ったら帰ったで、最近雇った使用人が眼と頭を光らせ、少しでも平子の身体に負担がかかりそうなことはやらせない。仕方が無いので音楽鑑賞等で時間を潰し、帰宅し晩飯を済ませた藍染との入浴が終えると、手慣れた風に体を拭かれ、用意していた寝巻着を着せられた後寝室に連れて行かれ、平子はそのまま朝まで眠り続けている。


「……お前、溜まってないんか?」


 夫婦並んでの睡眠。俗にいう、同衾。最初は「寝返りを打った拍子に腹を蹴飛ばしてしまう危険を考えて、一緒の布団で眠らない方が良いだろう。寝室は分けよう」などと宣っていた藍染だが、徐々に受け入れるようになっていった。

(平子も新妻らしい初々しい気持ちで同衾を提案したのではなく、この危険な男の妻となった自分ができる役割を思い、考えた末の言葉である)

「平子隊長から直々にご心配頂けるとは光栄だね」

「そういうのはエエねん。腹の子が大事なんは、俺もわかる。けどお前仕事終わったて連絡いれて、即帰ってこんでも…偶にはパーっと遊んでから帰ってきてもええんやで」

 平子の妊娠が判明してから、子のための配慮として夜のアレソレは無くなった。その事を平子は気にしている。

「自分の子を孕んだ妻に手荒な行為を強いる程、愚かではないよ」

「だから俺やなく店に行け言うとるんや惣右介ェ。金なら出したるから」

「心から抱きたいと思うのは君だけだ。そういう心配は必要ない。自分で処理している」

「………重い、重過ぎるやろお前」

「君がそう言うだろうと思って今まで口にしなかっただけさ。よくも男の純情と気遣いを無下にしてくれた…君の体は出産に堪えるし、この子が死神か虚かも判別出来ない今、無茶はさせられないな」

 平子の藍染に対する評価は、「重い」の一言に尽きる。

 もともと正式に付き合っていたわけではない。互いに好きだの愛してるだの言い合ったことも、付き合おうと切り出したこともなかった。ふとした拍子になんとなく身体の関係を持っただけ、相性が良かったから続いただけなのだと平子は思っていたのだ。

 藍染の気持ちに全く気づいていなかった救いようの無い平子だが、所帯を持ってからは流石に藍染は信用できない以外にも、自分に対して深く執着している男だと感じるようになった。

「君が不安に駆られて妙な行動に走らないためにも、適度に発散するようにはしよう。出産しても暫くは我慢する」

「不安なんかないわボケ。手か口ぐらい貸したろうと思っただけや阿呆」

「それが妙な行動だと言っている…いやこれは、言い掛かりだな。早く寝なさい真子」

「お前もはよ寝ェ」

 そう言って2人は同じ布団で眠りについた。真の意味でただ並んで寝るだけでも若干の甘怠さがあるが、平子はそれに気付かない。


「……眠ったか?」


 返事はなく、寝息が聞こえてくる。昔から眠りの深い平子は、一度眠るとなかなか起きない女だ。

 平子の前髪を横に流し、晒されたその額に藍染は口付を落とす。

「元気な子どもを産んでくれ」

 そういって藍染は、平子を横抱きにして眠る。鍛えられた藍染の腕に身体を締め付けられながら眠ることになっても平子はされるがままになっており、気づかない。

 いつも先に目覚めるのは藍染で、寝起きの良い彼は寝ぼけることも無く、平子の様子を確認した後、起こさぬように静かに立ち上がる。そして使用人と共に朝食の用意をし、平子を起こすのだ。


 だが、この日は違った。

 

 この頃の平子の体は、身籠る前と比べ変化している。手足が浮腫み腹が膨れ、胸も少し大きくなった。かつての引き締まった身体を知っている藍染からすると、自分の子を身籠った今の平子も相当唆る。(藍染が妻をそういう目で見ているせいだという事には、敢えて言及しないでおく)

 

 障子から透ける外は、薄明るいと言ってもかろうじて薄明るい程度だ。深い吐息と共に目を覚ました平子は、

「ァァ?」いつもの異なる点をすぐさま見つける。

 背中に温度を感じるのだ。発信源を確かめようとするも首と脇の下に腕を差し込まれているせいで上体を捻る事が出来ない。誰が自分を抱きしめているかなど明らかであるが、一応確認しようと腕をみればやはり藍染だった。

「惣右介?」

返事をしない藍染は、起きる気配がない。規則正しい寝息と、温かい温度を身体に感じる。

「何もせぇへんの違うかったんか……」

 今まで自分が藍染の後に起きていたから、まさか抱き枕にされているとは露にも思わなかった。一体どんな顔でこんな所業に及んでいるのか確認したいところだが、腕はびくともしないし、何なら脚だって絡み取られて動けない。腹が張らぬ様に緩く抱きしめているが、腹の子諸共絶対に逃すものか、とでもいうような完璧な抱き具合だった。

 一度意識すると、藍染の手の熱さがどうしても気になる。最も平子にダメージを与えているのは、頸に掛かる藍染の規則正しい寝息だ。

 …アカン、ムラムラしそうや……

 何度も体を重ねた。年月を追うごとに行為はエスカレートして、それこそ藍染が平子を孕ませるまでになるなど誰も、藍染すらも予想だにしなかっただろう。


「…ァ」


 久しぶりに感じる夫の熱は、かつての男女の時間を思い起こさせる。確かにこの腕の強さと熱を感じた。髪を梳き、肌に触れ、最奥でその熱を受けとめた。


ドッドッドッドッド、


心臓が鳴る。あまりにもうるさい鼓動だ。夫は眠っている。目覚めない。


ー体調がよく、夫婦の気持ちが一致しているのなら、性行為をしても問題はありませんからねー


 平子の頭をよぎるのは、主治医からの妊娠時における留意事項。

 そうや。最近は体調が良いから、いまコイツを起こしても……イヤ、煩悩を滅却せよ。日頃一呼吸で気持ちを切り替えられる平子でも、この時ばかりは難しかった。藍染を起こさぬように抜け出す術も思いつかず、時間だけが過ぎていく。

 平子はどうすべきかを考える。

 藍染が起きるまでこの状態が続くのは辛い。藍染を起こし抱き枕を辞めろと一言言うだけで解放されるのだ。しかし寝室には2人。安定期を迎えた妻が夫を誘い行為に及んだところで非難される筈がない。そう思えば思う程、鼓動が逸る。だが、だが……

 

 結局、藍染が目覚めるまで平子は身悶え続ける羽目になったが、興奮を押し殺し寝たふりを貫き通した。

 妻が悶々とする羽目になった事実を、彼女の隣にいる事で深い眠りにつく様になった藍染は知る由もない。

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