from風呂
それはとある夜の話――
(……マジですか)
ヘリでびゅーんと飛んで、秘密のヘリポートから黒塗りのリムジンで移動。合計1時間ぐらい。
そしてたどり着いたのは、ミレニアムでは有名なリゾート地だった。
リムジンは豪華で大きなコテージの前で止まった。
看板をどう読んでも最近モモスタで有名な場所だった。
「わぁー!すごい!すごいです!」
一緒に来ている妹のうちの一人、量産型アリス10号が目を輝かせている。ヒマリ部長がその隣でドヤ顔をしていた。
量産型アリス3号は怖くなって、秒で値段を検索した。
検索結果。お値段なんと1泊9万9千800円人数不問。
意外と安いかも?(感覚麻痺)。
ヘリ代とリムジン代?もちろん知らない。
ぶっちゃけ10号とヒマリ部長とトキ以外ぽかーんとしていた。
なぜなら誰もが、ミレニアム本校舎近くのナイトプールで楽しく遊ぶ程度の想定しかしていなかったからだろう。もし夕方から遊ぶとなれば、近場から選ぶというのが普通だからだ。
「チヒロ。エイミ。これって」
「ヒマリはたまにこういうことするから」
「諦めて楽しんだ方がいい」
まぁ今回はいいか、と切り替えるチヒロ。
無言でヒマリ部長の補助に入るエイミ。
他のメンバーも慣れているのか動き始めていた。
――理解。
3号は深く考えずに楽しむことにした。
「わかりました!まずは写真撮りましょう写真!見せたい人が2万人はいます!」
■
現在時刻午後7時。
ヒマリ部長曰く、夕飯替わりのBBQをしながらエンジョイナイトプール⇒就寝。寝ている間にミレニアムに帰還……というプランらしい。
そこで問題になるのは、夜更かし上等夜通しエンジョイ!なマキハレコタマの3人が、いつものように夜更かしをして、かつ、普段動かさない体を動かして遊んだ結果、明日の朝起きられるのか?という点。
もちろん起きられない可能性の方が高い。
そして明日は平日なので普通に授業がある。
結 論。
……マキたちの 遅 刻 確 定 演 出 が、3号の目に浮かんだ。
(マキたちが遅刻するのはいつものことなので別にいいとして。でもそのせいで、チヒロが怒るのはちょっと避けたいですね)
明日は音割れ目覚ましアリスになりましょう。3号は服を脱ぎながらそう決めた。
3号たちはプールに入る前に、一度お風呂に入ることになった。
理由はそれぞれ違う。3号はコーティング等のチェック。マキは3号のグリスでヌルヌルになったのをちゃんと落とすため。チヒロは3号の手伝い。そして今回一緒に来てくれたもう一人の妹は、3号とお風呂に入りたいからとのこと。
この中でチヒロだけが水着だった。厚めのラッシュガード+サーフパンツでかなり防御力がある。ヒマリ部長が渡していた水着は、もっと攻撃力が高そうだったので、これは宿に備え付けられているのを借りたのだろう。3号はヒマリ部長が用意した水着を着たところもちょっと見てみたかった。
今頃プールの方は、ヒマリ部長が水着で盛り上がっているんだろうなぁ、などと思いつつ、3号はチヒロと一緒に、自分の体表のコーティングをチェックした。保護ジェルが渇き始めたようで、少しカサカサしていた。
「まだ大丈夫だと思うけど、今のうちに保護ジェルを塗りなおしておこう」
「わかりました」
3号は、チヒロと手分けしてカサカサしている部分に保護ジェルを塗る。しばらくすれば塗った部分に保護膜ができ、勝手にうるおいを補給して、カサカサの人工皮膚がぷにぷにになる。
作業が終わるとチヒロが、
「ちょっと待ってて、取ってくるものがあるから」
と言って、脱衣所に戻っていった。
後ろではマキが妹の髪を洗っていた。お風呂に入るとき、マキが連れていった。マキは一度、量産型アリスの長い髪を洗ってみたかったらしい。
「すっごい!ぷにぷにだー!」
「変なところを触らないでください!」
なんだか楽しそう。
3号がそのままなんとなく妹たちを見ていると、戻ってきたチヒロが2人になにかを分け与えていた。
2人は歓声を上げた後、貰ったそれを揉んで伸ばして泡立てている。
するとあれは、シャンプー?
そしてチヒロが持ってきたのは、
「オーダーメイドシャンプー、ですか?」
「そ。長い髪の人用だって。トリニティで人気らしいよ」
そういえばずっと前にシャンプースレでトリニティにいる妹の一人が報告していた。5万円くらいで作れてお手頃です!と。
当然、金銭感覚がおかしいです!と総ツッコミを受けていた。
「ヒマリから10号へのプレゼントにするから注文してきてって頼まれてさ。ついでに作ってみたんだ」
「ついでに」
「あっちで少し試してみたけど、すごいよ」
どうやらチヒロは2人が髪を洗うのに必要な量を分けてきたようだ。
3号も手に取ってみると、触り心地から違う。
(すごい。本当にすごいです。なんというか、シャンプーから人の心を感じます)
「毛先は任せて」
「あれ?洗うんですか?」
「うん。一応」
3号は、この後プールサイドで焼肉をするのだから、髪を洗うのはその後でもいいのではないかと思った。だが、チヒロが積極的に洗おうと言うということは、今髪の毛が女の子的にあまり良くない状態になっているのだろう。すると一度洗った方が良いのかもしれない。
だが今後の活動を考えると悪手な気もする。マキや10号にプールの中に連れ込まれたり、焼肉の煙や油で髪がアレなことになるのはほぼ確定している。一日に何度も髪を洗うのは、基本的にはNGだ。
そんなことをチヒロに伝えると、
「でもね3号。女の子なんだからさ、人前に出るときは一番かわいい自分じゃないとダメだよ?それに今の仕事が終わったら、他の妹たちとリアルで会うのが増える予定なんでしょ?それなら姉としてしっかりしていた方がいい。身だしなみは常に整えなさい」
それはまぁ、そうなんだけど。
……。
「わかりました。お願いします。あ、チヒロ。他のはありますか?シャンプーだけでは」
「全部入りだから大丈夫。出先だしいいと思うよ」
「なるほど」
3号はシャンプーを泡立てて頭の上に乗せる。頭の上で泡がプルプル震えた。髪に押し込むように、軽く圧力を加えるだけで、泡がすっと馴染んでいく。
(本当にすごい(語彙力))
3号はしばらくチヒロと2人で髪の毛を洗うことに集中していた。2人とも集中しているためか、無言だった。
3号の髪が泡でいっぱいになった頃、チヒロが口を開いた。
「……3号とゆっくり話したくて」
「3号もチヒロと話がしたかったです。最近あまり話せていなかったですし……」
3号の対チヒロ用会話デッキは十分にある。
何から切るべきか3号が考えていると、チヒロが先に口を開いた。
「あぁでもちょっと先に、ごめんね? 楽しくない話からしていい?」
「?」
3号はこのタイミングで、チヒロからする楽しくない話に、心当たりがなかった。
確かに3号には隠し事やバレたらたヤバいこともたくさんある。でもそれは、今のところチヒロには知る機会がないものばかりだ。
だから3号が不思議に思っていると、チヒロが言った。
「一緒に来たあの子。実は前にミレニアムに忍び込んだ子だったりしない?」
「…………」
「3号?」
「あ、いえ。すみません。びっくりしちゃって」
3号の中に1つ疑問が浮かぶ。
チヒロが言っているのはあのときことだろう。
後ろに居る大切な妹と、お酒プログラムと水着ユウカの写真を交換したときのこと――
(――あの瞬間が問題なるのは、ノアが問題であると判断する場合のみです)
しかし、そもそも、ノアがあの瞬間を問題にするだろうか?
いや、セミナーの一員としては当然の判断だ。量産型アリスに限らず、不審な行動をしている者を目撃したなら、セミナーの一員として、ミレニアムの安全と利益のため、それに対処しなければならない。
ノアにその義務があるのは言うまでもないことだ。
(でもあの子の活動を止めることは、ミレニアムの利益にはなりません。そしてそれを一番理解しているのはノアのはずです)
だからノアはあの瞬間を誰にも話さない。話さなければ問題になることもない。3号はそう考えていた。
だが逆に、ノアが保安部に報告を行っているということは。
(ノアが、そのことを、「忘れている」?)
だが3号は同時に、それはあり得ないと考える。
なぜなら、ノアの神秘は。
(......いいえ。未確定情報です。検討に含めるべきではない)
「3号は当事者だから知らないと思うんだけど、今セキュリティ班がパニック状態でさ。現状確認できる痕跡が何もなくて、結論的に報告は間違いだったとするしかない。でも報告者が生塩書記でしょう?あの人が間違った報告をするとは考えられない」
「すみません。1つ確認したいです。ノアが報告をしたんですか?」
「そうだね」
「本当に?」
「うん。……3号。やっぱり何か知ってるよね?」
(……誤魔化しましょう。この瞬間に切れる手札は1枚あります。だからなんとかなります)
「いいえ。ノアの勘違いだと思います。3号は普通におしゃべりしていただけです。まぁちょっと、アレなものの取り引きもしましたが、個人的なものなので……」
「取引?」
「水着の写真です!ユウカの!」
「あなたたちってユウカのことが本当に好きなんだね」
「3号は大好きです!」
「それで、痕跡を残さずにいなくなったことについては?」
「あの後あの子は普通に歩いて帰ったみたいですよ。あとで聞いてみたらいいと思いますが、あの子、監視カメラとかが嫌いなんです。たぶん上手く監視カメラを避けるルートを通ったんだと思います」
「……それ、詳しく聞かせて」
(誤魔化せたかな)
3号は嘘は吐いていない。意図的に隠している情報があるだけだ。
そして、チヒロはミレニアムのセキュリティに関わっている。もしセキュリティに穴がある可能性があるなら、食いつかない訳がなかった。
3号はチヒロに、状況を簡単に説明をする。それからあとで具体的なルートなどをデータで送る約束をする。
こうすれば、チヒロはこの件について、これ以上突っ込むことはできない。事態の収拾のために必要な情報が、全て揃っているように見えるからだ。
「そっか。わかった。ごめんね3号。そういう風に報告しておくから」
(ごめんなさい。チヒロにはいずれ全てを話しますが、でも今ではありません)
「あ、後一応。あの子の本当のナンバーも教えて欲しいな。生塩書紀の報告だと6号ってなってたけど、実際は違うんでしょ?」
(――!?)
「一応6号にも確認したけど。あの日はプリンのために、トリニティで放牧卵の農場と契約してたんだって。これで高級プリンを供給できるって言ってた」
(誰ですかこれで誤魔化せたとか考えたのは――!)
「あ。そうか。保護財団にプリンを卸してるのって6号だったりする?あれ美味しいよね。――3号?」
チヒロが3号たちの致命的な部分を踏みぬいた。つまり、この質問は、3号には回答することができないものだった。
今の状況で、チヒロが――ミレニアムが6号の真相を知るのはダメだ。ミレニアムにとって、そして大半の人にとって、6号は、「よくわからないもの」でなければならない。
そうでなければ、全てが終わってしまう。
3号はこの状況を打開するために、電子頭脳をフル回転させる。
――1つ、確認したいことがあった。
「ちょっと待って下さい。チヒロは6号の連絡先を持っているんですか!?」
「うん」
「モモトーク?」
「もちろん」
「アイコンが剣と盾の」
「そうだね」
(「本物」確定です。いや「本物」じゃないですけど!あの趣味人め!何をやっているんですか!定期的に帰ってきて打ち合わせに参加しろっていつも言ってるのに!)
「チヒロ。それは超レアキャラです。その縁を大事にしてください」
「そうかなぁ……髪、流すね」
チヒロが緩めのシャワーで、3号の髪を流し始める。チヒロは3号の長い髪を洗うのが好きなのか、時間があるときはこうして洗ってくれていた。こんな風に鼻唄を歌いながら、ゆっくりのんびり丁寧に洗ってくれるのが好きだった。
(チヒロを今すぐ”こちら側”に引き入れないといけません)
3号はチヒロを次の戦いに巻き込みたくなかった。危険だし、何よりチヒロが得意とする戦場ではないからだ。
しかしこのままでは、チヒロが自身の立場と行動理念に従って、当然の行動をとるだけで、チヒロは3号たちの「敵」になってしまう。
もしチヒロが「敵」になった場合、チヒロはミレニアムの側に立って戦うだろう。
――だが3号たちの計画では、「ミレニアム」は少なくとも一度、敗北する必要がある。その戦いのときに、ミレニアムの側に立つ人間の安全を、3号は保障できない。特にチヒロの様に、戦闘に慣れていない人は怪我だけでは済まない可能性すらある。
だから3号は「最悪の場合」を想定する必要があった。
そして3号はそれだけは絶対に避けたかった。
(それに元々、チヒロは、”こちら側”に来てもらう計画です。時期が少し早まって、かつ、説得に必要な手札が、1つを除きほぼ全て、3号の手元にないだけ――。これは最大の切り札ですが、だとしても無理ゲーです!でもやるしかないです!)
「チヒロ。すみません。チヒロに2つ、話したいことがあります」
「どうかした?改まって」
「まず、確かに、後ろにいるあの子は、チヒロが知っている6号ではありません。でもあの子は量産型アリス6号なんです。今は矛盾している様に聞こえるかもしれませんけど、すごく複雑な事情があるんです。帰ったら説明します」
「うん。よくわからないけどわかった」
「それからもう一つ――」
「チヒロ、海賊版アリスについて、どの程度知っていますか?」
登場人物
3号、6号(?)、10号、ヒマリ、チヒロ、エイミ、マキ、