forgot
覚えてないや。という言葉は予想していたものだった。
普段部屋から滅多に出されなかったおれにとっての数少ない情報源だったアニキから自分自身の話というものが一切出てこなかったからだ。
他の事は嬉々として教えていた癖に自分の話題を話さないのはおれに興味がないのと必要以上に傍にいない様にかと当時は思っていたが船を降りて話していく内に興味がないのは自分自身に対してなのだと理解していった。好き嫌いや趣味はあるのに。⋯⋯それも最近出来たモノらしいけど。
兎に角アニキが誕生日を思い出す事は言動の軽さから見てとても無理そうだった。
「覚えてないなら勝手に決めるぞ」
なげやりに放った言葉にアニキが目を丸くして身を乗り出してきてぎょっとする。
「クロが? 私の誕生日決めるの?」
「え、あ⋯⋯」
「嬉しい」
適当に言った事にそんな大袈裟に喜ばないでほしいこのワクワクした顔からしてもう引っ込みがつかない。窓の外から聴こえる昼時を伝える鐘の音が響いて聴こえてきてじゃあご飯にしようかと話が終わるのを祈ったが横長の瞳孔は変わらずおれをキラキラしながら見ている。
軽はずみなことは言うものじゃないと反省しながら目線を泳がせる。
「いつ?」
「じ、いや⋯⋯」
じゃあ今日、と答えようとしてあまりにも適当過ぎて飲み込んだこれからアニキが誕生日言う度に今日聞かれたんだと自分が思い出すのも嫌だ。かといって本当に浮かんだ日にちをそのまま言うのは頭の悪い発想の様に思えた。
鐘の音が十二回町中に響いて数秒の後ようやっと声が出る。
「5月⋯⋯ごがつ、いつか⋯」
「ゴガツイツカ?」
パチパチと瞬きをするアニキから目をそらすと座ったまま後ろに下がる。
前に見かけた古いカレンダーに書かれたChildren's Dayという記念日がおれより年上なのに子どもみたいなアニキにはピッタリだと思ったのだ。
「どうして?」
「⋯⋯なんとなく」
嫌そうな顔でもすればすぐ冗談だと言えたのに口の中で何度も日にちを繰り返しているのを聞くと本気でその日を誕生日にするつもりらしい。
「私の誕生日は、5月5日」
口ずさむように呟かれて恥ずかしくなるがもう手遅れなのは分かってた。
「ありがとうクロ誕生日はなに食べたい?」
「それ聞いてどうすんだよアニキの誕生日だろ」
「そうだったね。私のだね」
それだけの言葉にもまた嬉しそうに笑うアニキにおれはもう一度この話が早く終わるように祈ったが誕生日になにをしたいか話し出すアニキに無駄を悟っただけだった。