film UTA:ようこそ此処はシアワセな箱庭
その日の航海は割と穏やかなもので、心地のいい潮風が頬を撫でていくのをウタは心地良さそうに受け入れる。
人形から人へと戻った後も中々のんびりと過ごせない冒険の数々も嫌いじゃないがやはりこうした時間も大切だなと、手に持っている釣り竿を少し弄ばせる。
「ウタァ、釣れそうか?」
「んーん、でも……うん、魚群はこの辺りだと思うからこのままでいいはず」
「まぁウタが言うなら間違いないな!」
今日は作曲や歌などは一時おやすみし、ルフィやウソップ達と釣りに励んでいた。ずっと張り詰めたままで人はいい曲を作れない。こんな風に偶には楽器やペン。武器以外を手にしている時間もウタは好きだ。
人形だった時に培った聴力や、人の身に戻って更に研鑽した見聞色等による超広範囲のソナーの様な力はこうして釣りをする時のポイント探しにもってこいなのである。
「フンフーン♪」
「ムー♪」
彼女の膝の上には腕の鍵盤模様が特徴的な人形がご機嫌に彼女の鼻歌に合わせて揺れていた。何処か愛嬌のあるその姿に誤魔化されそうだが、この人形はウタウタの実能力者が持つ最大であり最恐の兵器と呼べる【Tot Musica】その分身と言ってもいい存在であった。ただ、この分身には本体である【Tot Musica】の持つ負の感情の割合よりもウタの感情からの割合が高い為に多少のイタズラはするが基本的には無害でウタのサポート役であるのが現状だ。
本体の方の【Tot Musica】とは違い、小さな存在である為に名前からTot(沢山)を取り、通称ムジカと呼ばれている。
「……平和だなぁ」
まだ魚はかからない。焦る必要もないので目を閉じて、周りの音を楽しむ。
キッチンの方から聞こえるサンジが調理をする音に、ロビンが本のページを捲る音。
ブラックが「ヨホホホ」と愉快に笑って楽器を弾いてて、それに合わせてはしゃぐチョッパーの足音。
カモメの鳴き声、波が船を運ぶ水音、大好きな仲間達の声や鼓動…そして
「うおお!!なんかきたぞ!」
「でかしたウソップ!今晩のご馳走だ!」
ハッと意識を戻して横を見るとウソップの釣り針に何かかかった様で、それをルフィと共に引っ張っていた。
中々の大物らしい。濡れたくないから少し離れて二人の健闘を観察している。
「「どりゃあああ!!」」
そうして二人で一気に釣り上げた魚が船の上に上がる。フランキー位の大きさだ。今日は豪勢になりそう。
そう思った時…
ザザッ
「ッ…?」
何かがウタには聴こえた。何の音、とは判別しにくい。だがそれは明らかにウタの感覚からして異音、本来聴こえたら違和感のあるものだという確信があった。
左眼が、熱をもつ。
《おい小娘》
「魔王…?」
唐突に普段なら話しかけてこない魔王…【Tot Musica】の本体が話しかけてくる。
《何か変な予感がする。何があった?》
「え、いや…ルフィ達が大きな魚釣ったのと…あとは」
その時、声が響く。
「おい、なんかこの魚飲み込んでたぞ?」
「なんだァこりゃ…電伝虫か?見たことねえ見た目してるが……」
「ちとアレだが、直してみるか!なぁにスーパーなおれに任せな!」
そちらを見ると、フランキー達の手には見た事のない電伝虫が1匹。そして
ザザ───ッ
「っ、う…!」
それを見たウタの脳内に、沢山の声が響き始める。
「いつも泣いてばかりさ…」
「アンタも分かってくれるかい?」
「貴方だけが頼りなんです」
「海賊いらない!」
「海軍も悪いけど海賊が一番悪い!!」
「こんな世界をなんとか出来るのは貴方だけなんだよ」
「貴方の歌だけを聴いていたい」
「「「「お願い」」」」
それに応える様に、何故かとても聞き馴染みのある声が最後に響く。
『任せて、わたしが皆の為に、新時代をつくってみせるから…!!』
バチンッと軽い衝撃の様な、無理矢理意識を弾かれる様な感覚でまた意識が戻る。
これは一体なんだ?混乱するウタを他所にフランキーが電伝虫を直していくのが目に入り…
《止めろ!!!》
「!」
《あの虫から碌な気配を感じない!!!壊せ!!!》
普段ならこんな言葉を言われてもなんなんだとウタも反抗する、が…確実に二人の意見は一致していた。
ムジカを抱えて走り出す。
「こんなもんか、よし動かしてみるぜ!」
「不思議な見た目ね〜、売れば幾らになるかしら?」
何も知らない仲間達、このままだとマズイのに先程の大量の謎の声を聴いた影響か身体が上手く動かない、喉が締め付けられる様に苦しい。
精一杯、振り切る様に叫ぶ。
「ルフィ!!それ動かしちゃダメ!!!」
「あ?」
しかし、既にルフィの指はカチリと電伝虫のスイッチを押してしまった。
電伝虫がある映像を流し出す…がそれをよく見る前にウタの身体は地面へと倒れ込んでいく。
「(なにこれ…まるで)」
自分が能力でウタワールドを創り出す時、まるでもう一人の自分がウタワールドへとダイブするあの感覚…だが明らかにおかしい。現実の自分まで眠ろうとしてる。
視界の端に仲間が、ルフィが自分に駆け寄ろうとしているのが見える。どうやら彼らは巻き込まれてない様だ。
よかった、と口に出す事も出来ずウタの意識は攫われる。
まるで無数の手に捕まる様に、縋られる様に……最後の最後で、また声がする。
何故かとても、聞き馴染みのある声。
だけど
『もう、逃げたい』
あまりに諦めを孕んだ、寂しそうな声。
世界を巻き込み行われるライブ、そのライブがまさか別世界の存在まで巻き込まれる事になるのが判定するのは後少しの話。