film UTA:アンチテーゼを高らかに

film UTA:アンチテーゼを高らかに


ウタ達とは別世界…こちらの世界の【ウタ】を取り込んで第三楽章となり、より禍々しい姿となった【魔王】に【コビー】も【ブルーノ】もどうしたら良いと愕然とし、ウタを通じてトットムジカがどういうものかを知っているウタの知る麦わら一味達もまた、まるで追い込まれた様な、されど諦めないと言いたげに各々構えだす。


そんな中、ウタは凪いだ眼で【魔王】を…否、ある一点を見ていた。


《おい、どうするつもりだ?流石にこの人数が集まってれば観客をみすみす殺す事はないだろうが関係ない。現実世界と同時攻撃しなきゃ、何もな》


ウタの中にいる魔王もまた、この現状を良しとしない様で、今回は珍しく大人しくしているし、なんなら助言に近い口出しをしてくる。ただ、お陰でずっと左眼が光っててフランキーがおれのライトみてぇだなとか言った為にロビンにお仕置きされてた。

…とにかく、普段はぜぇったいいう事など聞かないこの我が儘大王がここまで従順な辺り余程、あの自分が嫌いらしい。

それはウタもだった。だってあの【ウタ】は自分が欲しかった全部を持ってた。

玩具にされず、歌うことも出来て、踊ることも出来て…それを見て沢山の人を笑顔に出来て…

シャンクスやルフィにも忘れられない12年間を持った様な存在がこの世界の【ウタ】だった。なのに石が坂を転がり落ちる様に悪い道を辿った。

自分が喉から手が出るほど欲しかった12年をふいにしてる様にしか見えない【ウタ】に対してウタは激情を抱えない方が無理だった。嫉妬、怒り、失望…あらゆるものが渦巻いて、お陰で人形の方のムジカはちょっと胃もたれを起こしそうだった。流石に量と質が重過ぎると辛い。ただエネルギー充電なら充分だった。


「…あの子を死なせない為にも、私が考えられる方法は1つだよ」

《寧ろ方法があるのか?まぁ、聞いてやらんでもない》

「…入って引き摺り出す」

《…は?》

「ム?」


内容を理解出来なかったわけではない。でもその理解を脳が拒絶した様な混乱に魔王とムジカは襲われる。

そしてなんでもないように、またウタは作戦とは言えない発言を繰り返す。

「あの魔王の中に入って、直接引き摺り出すの…シンプルでしょ?」


一拍おいて、魔王は嗤った。


《は、ははははは!?正気か!?アレの中は負の感情の激流、正しく取り込まれた方の小娘と違って異物のお前が入れば、身体より先に精神が擦り切れて廃人になるかもしれんぞ!!》


分かっている。時々、どうしても…という時にTot Musicaを歌い呑まれそうになるウタ自身、アレはキツい。それを無理矢理、しかも相手は同一でありながら、違う道を辿った存在である。

それに入り込むとなれば尚更……が


「…今は、いい。あの子を見つける耳と、届ける声と、掴む腕があれば…私はいい」

「あの子にはまだ、全部あるんだから…!なのに逃げる?!そんな勿体無いこと、私が赦さない…!!」


あの【ウタ】が何をしたいかウタは理解している。他でもない自分なのだから。

アレは自分が12年出来なかった逃避をしようとしているのだ。

それが余計に腹が立つ。

【ウタ】が自分に着せた黒装束の上着を勢いよく脱ぐ。海賊で悪人の自覚もあるし、救世主などまっぴらごめんだが…あの自分の気持ちを受け入れた様な服を着るのもごめんだ。とにかく気に入らない。

あちらも私に対して似たような感情だったし、和解したいわけでもないし、助けるつもりでもない。

ただただ、気に入らないから逃がさない。

私がずっと欲しかったものを、他でもない自分から手放すなんて。


「ルフィを泣かせるのもシャンクスを傷つけるのも嫌なクセに、失ってなんかいなかったクセに手放して逃げようとするなんて赦さない!!でもルフィも…こっちの【ルフィ】も【私】には甘いから!私が引き摺り出す!!死なせない!!」

「その為にもあっちの【魔王】もこの世界も邪魔なの…!!おんなじアンタの問題なんだから手ェ貸しなさいよバカ魔王!!」


ウタは一人で【魔王】を倒すなんて最初から無理だなと分かっている。だがそれはそれとして諦めるなんてことはしたくない。

だから、この状況では【魔王】に魔王をぶつけてでもあの【ウタ】を引っ張り出して他の皆が安心して倒せるようにしてもらう位しか考えられない。


《無礼だぞ……まぁこちらとしても、アレの曲の途中に騒音を鳴らす様な無粋が気に入らん。元より手は貸してやるつもりだよ…やりきれ、当代》


「当たり前でしょうがァ!!やるよムジカ!!私達の神曲ぶつけるよ!!」

「ムー!!」


そうして、ムジカ人形はウタの影に入り、世界を跨ぐ。本来ならウタ達の世界の現実だが、ここは境目。それもあちらの世界の【ウタ】に呑まれたウタワールドというのならばあちらの現実にだって理論上はいける。本来なら糸を幾重も針の穴に通す様な無茶を、今回のウタの激情でフルパワーなムジカ人形は無理矢理可能にした。

いきなり現れた、ムジカ人形、それも先程まで狂気の笑みを浮かべていた娘の影の様な姿に変貌したソレを見てシャンクス率いる赤髪海賊団、海軍は混乱したが、それを掻き消したのはシャンクス達に届いた娘と同じ声であった。


「全員!!よく聞いて!!」


その声はウタワールド内の戦闘組にも響いた。見聞色の覇気を習得し、通信士として一味の役に立とうとしたウタなりに作り上げたTot Musicaの強制的な聴かせる力の一部を使ったテレパシーもどき。それをムジカを起点にあちらの世界にも届ける。

ぶっちゃければこれだけでも、ずっと続ければそこそこの体力を持っていかれるが、今回話す事は短い。


「トットムジカは同時攻撃しなきゃいけない!私は見聞色の覇気が使えるけど聞く事に傾いてるから作戦の要は見る事に特化した人!!」

「これから私はトットムジカに特攻仕掛けてあのお馬鹿を引き摺り出すから!!余裕が出来次第倒して欲しいけど、難しい人は私の援護して!!」


一体全体どういう事か、取り込まれた【ウタ】を引き摺り出すとは?そんな事出来るのか?そんな騒めきにウタの発言は止まる事はしない。

決めた事には一途なのは、【ウタ】もウタも同じだから。ならあとは、根比べだ。


「やらなきゃあの子このまま勝ち逃げするでしょうが!!せいぜい徹底的に計画頓挫させられてあっちの【ベックマン】や【ホンゴウ】さんに叱られりゃいいのよ!!」

「以上!!!!!!」


あまりに一方的にテレパシーを切り、ウタは少し息を整え、踵を地面もない筈の空間でトントン、と鳴らす。ルーティンを行えばもうそこにいるのは音楽家としてのウタであった。

手元に楽譜を呼び寄せ、息をすった。


「…ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ」


またも流れる不吉な旋律と、ウタワールドではウタを、現実ではウタの姿のムジカを包み込む黒の音符に事情を知らない面々は警戒するが、音符が晴れてそこにいたのは魔王ではなくウタ達のままだ。ただ、その服装等は違う。


まるでこのライブを開いた【ウタ】が最初に着ていたスタジャンにそれは似ていたが袖部分はピアノの鍵盤模様。黒いブーツやフードはワニか竜でも模した様な見た目…背には先程の【ウタ】の様な黒い羽…そして彼女の周りを浮遊するトットムジカの髑髏の様な物がある。

脚のベルトには、ウタの昔を知る一味だけが分かる一つの古いオルゴールがあった。

ムジカの姿は、それの白黒反転が起こっているデザインをしていた。


「魔奏色【連弾】…!!」


武装色からの連想で編み出された魔王を完全解放するのではなく、自身の身体に纏うという技。出来る事、破壊力等は本来のトットムジカ解放と比べれば少ないかもしれないが…今はこれでいい。

現実のムジカにもそれを施す事で、戦闘力の増加と、自身はウタワールドの方に集中出来る事が出来る。体力消費が加速しそうだが元々短期決戦なのだからやる他ない。


「行くよ」

《言われずとも》

「♪」


ギラリと光る左眼の赤は、真っ直ぐにこの世界の最恐を射抜いていた。

同一の存在だからか、それともウタ自身の見聞色によるものか、最初から【彼女】のいるところに目処はある。だから真っ直ぐに突っ込むだけなのだ。

駆けり飛ぶ彼女を仲間達は当たり前に援護するが、世界を滅ぼす存在の肩書きは本物である為に攻撃の激しさは変わらない。


二つの浮遊する髑髏のバリアも限界があるし、ビーム光線も、シンプルな大きい腕での薙ぎ払い等でも…どちらもまともに喰らえばウタは動けなくなる。

だが…


「聴こえてるよ」


腕を振う際に巻き起こる風、誰かが鍵盤の腕の上を走る際になる音色。

ビームを放つ際の溜めの際になる空気を切る様な音。

人形だった時も鍛え続ける事が出来た聴覚は裏切らない。それに魔奏色で身体を無理矢理追いつかせて回避する。

自分とリンクしているムジカの方もまた、同じ様に上手く接敵しつつある。何より、仲間の援護は確かにウタを助けている。


「独りでやる音楽なんか限界があるって事を知らないんだねこっちの【魔王】」

《知ってたら封印が解けた瞬間、唯一自分を認めていたからこそ楽譜を処分しなかった国を滅ぼしたりなどしないさ》

「貴方はどうなのよ、それ」

《何処かの誰かと共々、玩具と化していた分、冷静になる時間は出来た……今はただ暴れ足りないから暴れてるだけだ》


それはそれでどうなんだ。と言いたいがここでヘソを曲げられるのも面倒なので口を噤んでおく。

正直バレてはいるだろうが、この魔王の楽譜と一緒で、口に出さねば良い事なのだ。


そんな風にふざけていればもう【魔王】の顔は目の前だった。


「こんにちは。こっちの【私】は歌姫らしいから魔王の手から取り戻しに来たよ」

《まぁ、こっちも魔王だし、お前のじゃないがな》


優しい騎士さまが助けに来るなんてベタベタな王道の夢は見ない。嫌いじゃないけど性に合わない。

救うなんて、身内以外にはしたくもない。


「じゃあ訂正…」


欲しいものは全力でその手に掴むのが海賊なのだ。

ウタは海賊なのだから、それでいい。


「奪いにきたよ、寄越して?」


キィィイ…ッと甲高い音がする。恐らく光線を放とうとしてるのだろう。分かっていたが交渉決裂…そうなれば


「ムジカ、合わせて」

「♫」


ウタが右袖を大きく振りかぶる。するとそれはドンドンと巨大化する。まるで今暴れている【トットムジカ】の腕の様に…もしくはそれに殴りかかった麦わらの船長の巨大な拳の様に。


「…ルフィみたいに一発は無理か」

「♬」


そして今度は左袖だった。振りかぶられる大きな鍵盤。それを見たウタワールドのものは、白い羽を広げる白鳥を…

現実のものは、黒鳥を幻視した。


パイプオルガン──デュエット

「穿譜梟銃──二重奏!!」


そしてそれは、同時に、【トットムジカ】の顔面に強襲した。

撃とうとした自身の光線によるダメージも含め、ギャア、とよろめく【魔王】。火力が低いから倒すには足りない。


だが充分。


「絶対、逃すか…!!」


開いた口から覗く深淵に恐る事なく、ウタは飛び込んだ。

──────────────────────────

予想通り、【トットムジカ】の中はあまりにも悲痛な声で溢れ、色んな意味で耳の良いウタからすれば、聞いてるこちらが張り裂けそうだった。


寂しい苦しい死にたくない信用できない酷い寒い忘れないで助けて虚しいどうして裏切った痛いあの人は何処怖いお腹が空いた惨いひもじい辛い憎い消えたくない

それらが、様々な声で聞こえる。

でも、その中でも特に聴こえる声は大きく分けて二つだった。


お前のせいだ

助けてお願い


まるで相反するその二つ。でもきっとそれがこの空間にいる【彼女】がもっとも聴こえた声なのだろう。

それが、外から聴こえたものか、心の内から聴こえたものかは、ともかく。


「っ、ぅ……」


感覚が強制的に共有される様な精神の揺さぶりが絶え間なく襲う。

気を抜けば、ウタもまた、大切な筈の誰かを憎んでしまいそうだった。


《キツそうだな》

「ッ、負、けない…けどね…!」


かなり強がりだった。でも結局追い詰められた人が立ち上がるには不恰好でも強がりがいるんだ。

負けてないという気持ちが必要なのだ。

負け惜しみだろうがなんだろうが、勝ちにこだわり続けて喰らい付いて、最後に一勝すれば勝ちは勝ち。

息苦しさに顔色をどんどん悪くしていきながら、それでも歩を進めて辿り着く。


「…なのに、あんたは逃げるの?」

『な、んで…』


ウタがここに来たことを驚いている様で、光のない目を、少し見開いて【ウタ】は口を開く。弱々しい声だった…先程は同一人物でありながら、12年間歌唱力を鍛え続けた結果、ウタワールド内での戦いで実戦経験も豊富なウタに歌の力で圧倒してみせたというのに。


「答えて、逃げる気?この予想内の事ばかりしかない、つまんない世界に…シャンクスやルフィをおいていくつもり?」

『ッ!仕方ないでしょ!?もう引き返せない!!ルフィもゴードンもトットムジカが悪いって言ってくれるけど!私が、歌ったから死んだんだよこの国の人は!!』

「……」

『あんたは良いよね!?この国を滅ぼさないで!?ルフィがずっとそばにいて!?仲間がいて航海して!?そして人間に戻って歌も歌える様になりました?めでたしめでたし?ふざけないでよ!私の、私の12年をこれ以上惨めにしないでよ!!』


バシッと重い音が響く。

熱い頬をおさえる【ウタ】を見るウタの目は、怒りが強い。だが、努めて口調は、子供を諭すそれに近かった。


「あんたにとって、私は羨ましいのかもしれない…でも、私にとったらあんたの方が羨ましい。平行線だろうね、無い物ねだりでしかないんだ」


だから、不幸自慢しに来たわけじゃない。

そうウタは【彼女】を見据える。【ウタ】よりもこの空間が苦しい彼女が発狂しないでいられるのは偏に彼女の方の魔王の力を纏っている状態によって自身の心に膜を張った様な状態だから…だが、コレだって長くは持たないし、聴こえるウタはこの中に響く絶叫や断末魔だけでも精神をすり減らす。現に彼女の顔色は、ネズキノコの毒に侵されている【ウタ】と良い勝負と言ってよかった。

だが、それでも話さねばならない。

聞いてもらわねばならない。


「聞いて、答えて。あんた…貴方は自分の今までをまるで何にもなかったみたいに言うけど、貴方が貴方だと知っている人が、ずっと一緒にいてくれたんでしょう?大好きな歌と一緒に」


そう言われ【ウタ】はシャンクスよりも長く暮らし、育ててくれたゴードンが脳裏に過ぎる。あんな事をしたけど、大事な、もう一人の父親だ。


「良いの?謝らないで?」

『…自分の国を滅ぼした女なんて、きっと憎いに決まってる』

「それ、ちゃんと本人の口から聞いた?」

『聞けるわけっ』

「聞けるよ、貴方には声があるから。それは歌を歌うのと同じように、貴方の気持ちを届けてくれるものだから」


それを言われて、【ウタ】は詰まる。それはきっと目の前のウタには12年間出来なかった事なのだから…自分は、出来た筈の事なのだから。


「シャンクス、そっちの方に来てるんでしょ?私よりも再会早いじゃん…いいな」

『…でも、わ、たしは……シャンクスを恨み続けて、海賊を、ずっと…!』

「もう一度聞くけどそれこそ本人に聞いてみたら?シャンクスがそんなので怒ったりするわけないから。いっそこっちが怒って良いんじゃない?「大事な娘12年間放って何処行ったんだ!」とかね」

『そんな…!だってシャンクスは私の罪を庇って…!』

「だね。貴方が訂正しなきゃ、これから先シャンクスは国滅ぼした大悪党のままだ」


言われて気付く…大好きだった赤髪海賊団の皆の罪は、このままウタワールドを閉じたらあの世界ではそのままなんだと。

それでも、でも、だって…


『…でも、苦しいよ…!逃げたいよ…!!そう思う事も悪なの!?』


ここまで来たらどうしようもないじゃないか。息苦しい。疲れた。

新時代を作らなきゃと駆け抜けて…救世主になりたくて、でも最初からそんな資格は自分になくて雁字搦めで…

もう逃げたい。心の底からの願いなのだ。


「ん?ああ、別に。逃げる事自体は悪くないというか、普通じゃない?」

《『…はぁ!?』》


黙って聞いていた魔王までもが口を挟む。


《さっきまで貴様、この小娘が逃げるなど許さないだの絶対逃がさんだの言ってたではないか!?》

『逃げて良いのに逃がさないって何!?』

「いやだってそもそも私も海賊だし、海賊は基本的にお尋ねものの懸賞首だから…海軍から逃げたり、街から逃げたり、敵から逃げたり…ねぇ?」

『ええ……』


思わず気が抜けてしまう…一体何が言いたいんだこの自分はと【ウタ】は訝しんだ。


「シャンクスも同じだよ。逃げる時は逃げるよ。大人気ないし、多分私の事思い出した筈なのに私から逃げてるし…はぁ」

『お、落ち込まないでよ…』

「ん、ごめん…えっと、で……ああ、そうそう、逃げるのは良いと思うよ?ただ私は逃げ方が気に入らないって話なの」

『逃げ方…』


他に、あるというのか…こんな底辺の状況で、これ以上の逃げ方なんて【ウタ】は知らない。知る事がなかった。

…否、最初から知っている筈だ。

だからウタは、この世界で【ルフィ】にこの【ウタ】が言った言葉を意趣返しに放って見せた。


「ねぇ、【私】…救世主やめなよ」

『は?』

「別に歌を待ってる人達に歌を届ける事と救世主になる事は別問題なんだし……何より、二足の草鞋は良くないよ」


急に一体なんの話だ。空っぽの自分を世界中の人が見つけてくれて、救世主にとしてくれたのに、他に何が…


「貴方はまだ【赤髪海賊団の音楽家】の【ウタ】でしょう?」

『っ!』

「…私、は私はなんかあっちだと世界中にもう麦わら一味扱いというか…いや!嫌なわけじゃないよ!?私を見つけてくれたルフィの仲間なのは!!…じゃ、なくて」


苦しい筈なのに、ふざけてみせたり、なのに急に大人っぽくなったり、自分と違う人生を歩んだとはいえ自分の筈なのに、【ウタ】訳が分からなかった。

訳が、分からなかったけど


「今なら間に合う…海賊は戦う事も、逃げる事も大事な素養だよ。それもシャンクスのってなれば超一級品だよ。知らない?」

『…知ってる。だって、シャンクスは負けた事がないもん』

「だよね!多分私達、そこは変わらない。私達の中のシャンクスは…」


大好きな父親。憧れの船長。

合わせてもいないのに同時に口から零れた瞬間、【ウタ】の目からポロポロと涙が出てくる。


『で、も…私、私ッ取返しがつかない゛事し゛て゛て゛…ッ!!きっと゛、引き返せ゛な゛い゛…!!』

「だぁからぁ!!」


オーバーサイズのスタジャンの袖に隠れた両手でそのまま【ウタ】頬をポフッと挟み、真っすぐ見つめる。

その瞳にもう怒りはない。あるのはただ歩き疲れた子供に「仕方ないな」と手を差し伸べる大人の優しい慈悲。

レッドフォース号に乗っていたときに、何度も、何度も見た瞳だった。

スタジャンが【ウタ】の涙で濡れるのも気にせずウタは続ける。


「なに来た道戻る気でいんの?ここまで来たなら進めって言ってんの!道なんて、幾らでもあるんだから!!なくても作る事は出来る!!」


そう言って、ウタは離れ、ある一点をまっすぐ見つめる。


「お手本見せたげる。魔王、ムジカ…ごめんだけどあと一回だけ合わせてね…?」

「…♪?」

《まぁ、聞かんよなぁ…仕方ない》


何か覚悟を決めた様な声色に【ウタ】は不安になって声をかける。ネズキノコによる凶暴化さえなければ元は優しい少女でしかないのだから。


『あの、なにするの?』

「ん?元々この【魔王】から貴方を引き摺り出すのが目的だったしね。出ないと」

『…どうやって?』


周りは真っ暗で天地も分からない。そもそも【ウタ】のところまでウタ達が辿り着いたのも無茶苦茶なのだ。

問いに対し、ウタは自分の世界の船長譲りの笑い方をして答える。


「シシッ、決まってる!ぶっ壊そう!内側から!!」


そうスタジャンの袖口にある【魔王】の爪を模したそれを、ガキンッと黒く硬化させて見せたのだった。

──────────────────────────

いきなり目の前で自分から【トットムジカ】に食べられにいったウタに対して、ウタの世界側の麦わらの一味は、その後、大変狼狽した。

「あんの馬鹿!!!!」と叫んだのはナミ、ゾロ、ジンベエ。

「ちょ、はぁ!?!?」と動揺したのはブルック、フランキー、チョッパー。

最早言葉が出ず絶句したのがサンジ、ロビン、ウソップである。

そして肝心の船長であるルフィは「あいつには考えがあるというなら信じる」と言った具合だったので大丈夫かと思えば静かに「終わった後、説教すりゃ良い」と言っていたので多分ダメだ。一番ダメだ。

せめて事前に相談して欲しかったが、そういえば、ドデカイ敵に対して敢えて食べられて内部で暴れるとか可能じゃねえか?とか人形時代に零した事があるゾロやフランキーは自分のせいかなと誰にも知られず頭を抱えた。なんならフランキーの方はその為にもやっぱり特殊装甲とか付けようぜとか言ってた気がする。やはりダメだ墓まで持っていこう。


『…その、そっちも大変ね?』

「ええ、まだ人間としてやったら敵味方含めショックを受けるものとかの理解が出来てないのよあの子…」


思わずあちらの世界の【ナミ】に気遣われて遠い目で答えるナミ。

人の感性ズレたまま育ったのは一緒なんだなぁ…でもズレてはいるけど大切に思われてるのねと【ナミ】は一人納得した。


ふと、魔王が一段と激しく暴れ出す。


「なんだぁ!?」

『まだヤベェ技でもあんのか!?』

「…いえ、あれはどちらかと言うと」


苦しんでるのでは?そうロビンが続けようとした矢先だった。

ザッ、と【トットムジカ】の髑髏が並ぶ辺りの身体から何かが中から突き破る。

一際大きく、【トットムジカ】が悲鳴を上げたとき


そうそうきょく──フェローチェ

「葬爪曲──FEROCE!!」


そこから巨大な爪の付いた鍵盤の腕を振り回してウタが出てきた。生還を喜ぶべきなのだろうが…


「「『『(エグい…!!!)』』」」


内側から身体を引き裂いてくるとか想像するだけでゾッとする…【トットムジカ】があまり人間らしくないフォルムだった事にその場にいた全員がホッとした。

正直ウタの生存よりもホッとした。

そんな事を知らないウタは苦しむ魔王が再生をしようとしてるのをなんとなく感じていた。まぁ、負の感情の干渉を自分の魔王を纏う事で防いだのだ。

負の感情に負の感情でなんとかしようとしても今はないのだ。影に影を寄せても大きくなってしまうくらいなのだから。

それを魔王が教えていたから、元よりウタはトドメは仲間に任せるつもりだったし、最終的な目的はこっちだったのだ。


「はい!道できた!」

『できたと言うか…抉った、よね?』

「でも出来た!!」


もう大分疲れててちょっとムキになってるウタに、やっぱり素はこっちの子供みたいな方なんだなと【ウタ】は思わず笑う。


『ふふ、はいはい。分かったよ』

「ん、じゃあ、ほら行くよ!早く現実の皆起こさないとだし…貴方は、赤髪海賊団に戻らなきゃ」

『…本当に、こんな私の事を、シャンクスは、赤髪海賊団の皆は…また受け入れてくれるかな』


そう聞く【ウタ】に、ぱちくりと瞬きをするウタ。首を傾げて…


「まずは貴方の方こそ「よくも置いてってくれたな!」って殴ってやれば良いんじゃない?それで互いにごめんなさいして……それでもダメそうなら」


そこまで言って、彼女は袖を捲り左腕を差し出す。自分と同じ、大事な人からもらった新時代のマークをつけたアームカバーのある腕…


「貴方が自分で、仲間を見つけに行くのもありじゃない?海は広いしさ、逃げ場もステージも、知らないだけで、きっとまだまだ沢山あるよ」

『…そ、っか。』

「で、それさえもダメなら」

『?』


微かな希望を提示され、まぁそうかも…と享受しようとした【ウタ】に、ウタは海賊らしく笑った。


「攫ってあげようか?こっちの世界に」

『……え』

「音楽家は何人いても良いからね〜。ブルックさんが楽器して、私達二人で歌うのもありだよね」


当たり前に未来を描く自分と同じで、違う少女。

闇の閉じる音がする。

早くしないとと思いつつも、思わずずっと見ていたくなった。


『私達、生きてる世界が違うよ?』

「こうして会えたし、会えるでしょ。生きてればまた、絶対に……いや?」


改めて、差し出される左腕を、今度は簡単に自分の左手で握り返す。新時代のマークが重なる。

違う世界なのに、確かに二人、世界が重なり此処にいる奇跡はあった。


『ううん、割といいかも』


確かにそれは、素敵な事で、信じられる。

腕を引いてくれたウタと同じ笑顔を浮かべて、【ウタ】は魔王から引き摺り出されてしまった。


《中々強がりがうまいな、小娘》

「…割と無理かもって感じだけどね…暴れ足りない?」

《これ以上は唯一無二の楽器が壊れる。それは許さん…せいぜい指を咥えて見てろ》

「♫…♩?」

「ありがと、休めば平気」


小声で、ウタは自身の協力者に答える。周りにバレたくないのもだが…声がこれ以上出なそうと言うのも含めて。

【ウタ】を確保してなんとか退避出来つつあるが、ウタはもうこれ以上は無理だ。自分のものではないウタワールドでの能力行使に、無理矢理彼方の世界への干渉、魔王の力を完全出なくとも解放し…あらゆる負の感情をぶつけられる空間にいた。

体力もだが…神経が焼き切れる。

多分現実の方の身体は今頃鼻血が出てる違いなかった。

だから、自分のステージは今日ここまで。

また、暴れるときに暴れればいい。

生きてればまた、必ず出来るのだから。


「ルフィ〜〜!!皆ァ!!!あとは、よろしく!!私休む!!!」


そう最後に大声を出し、無理矢理【ウタ】をゴードンに、現実世界の方はムジカから【ホンゴウ】辺りに任せてウタはぶっ倒れた。意識だけは保つがもう指一本動かないし、周りの声も微妙…グワングワンする。だが目だけは、一味の方に負け続けた。


「…お前がそんな頑張ったんだ。当たり前だろ、おい【俺】」

『おう…あとでそっちのウタに礼を言わなきゃな。シシッ…そん為にも』


見据えるのは、自身を呼び出した歌姫を取り戻そうと凶暴化する魔王。既にその身にウタの付けた傷は消えている。

だが、【ルフィ達】が何より守りたかったものが今背中にある。こういう時程、自分達は強い。


「『野郎ども!!気合い入れろォッ!!!』」

「「『『おうッ!!!』』」」


救世主とは程遠い海賊達の、世界の命運をかけた決戦の雄叫びがあがった。

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