film BLUE(ゾロ)
初めてあの女と深い話をしたのは、珍しくも二人で飲んだ時だった。
狙っている賞金首が重なったときくらいしか会わない相手をどちらが誘ったのか、それとも偶然同じ店で鉢合わせたのか、それはもう覚えていないけれど、そこで交した会話は覚えている。あいつは陰気な顔でグラスを傾け、こう尋ねたのだ。
「ねえ。きみは夢を見る?」
少しばかり考え、首を振る。自分が寝るとき、それはいつも深い眠りであって、夢を見る余地もなかった。実は見ているのかもしれないが、覚えていないのだから意味が無い。
「私はね、毎晩夢を見るよ」
グラスに入ったワインを飲み干す。次の一杯を注ぐ。
「夢を見る人、見ない人。私は夢なんて見たくない」
目を逸らす女に躙り寄った。彼女の言葉の端々から感じる底知れない異物に眉を顰める。それはゾロにとって、とてつもなく醜く弱いものを隠れ潜ませているように感じられた。
「きみは後悔したこととか、あるかな。自分が選んだ道を悔いたことは?選びようも無い道を選んだ、自分の人生を憎んだことは?」
「お前はなにを恐れてんだ」
「生きてること」
絶句する。
ゾロくんには分からないよね、と、彼女は拗ねたように呟いた。きみには分からない、分かるはずがない。分かられたって嫌だ。酒で赤らんだ頬顔を歪める。
「たとえばさ。今ここで、私がきみに『殺して』って頼んだら、きみは従う?」
す、とナイフを取り出した白い手を、ゾロは掴んだ。なにやってんだ、と怒鳴る。煌々と怒りを燃やす視線を、海色の瞳は流す。
やがて細い手が、そっとゾロの手に重なる。小さく、「冗談だよ」と呟いた。
「別に死にたいわけじゃない」
「なら」
「ただ、羨ましいなぁって思うだけ。夢を見る度、選ばなかった道、選べなかった道のことを思い出す。夢を見る度に、自分がまだ生きてること、まだ終わらないことを」
以前、こいつの寝顔を見たことがある。寝付くのは早いくせ、啜り泣くように眠るのだ。それは冷酷な賞金稼ぎの姿とあまりに違った。
「もう会えない人の夢を見る。───これが私の弱さ」
ゾロの手を握り返す。
「お姉ちゃんに会いたい……」
女は静かに言った。迷子の子どものような、不安そうな、小さな声だった。
ゾロは女の事情を知らない。このご時世、ワケありなんて珍しくもないし、ゾロは他人のパーソナルスペースに踏み込まないタイプだ。興味が無いから。
ただ、この女がふとしたときに見せる孤独は空恐ろしいものだと思う。
「お姉ちゃんに会いたい!」
「うるせえ」
飲みすぎだ、とグラスを奪って代わりに飲み干す。あーっ、と女が声を上げたが聞かぬ振りをした。一杯と少ししか飲んでいないくせ、もう出来上がったらしい。
ゾロは溜息を吐いて、うとうとと船を漕ぐ女に水をやった。ほんの気まぐれだった。
あの日、姉に会いたいと泣いた女は、失ったものを想って嘆いている。嘆きは怒りに変わり、周囲を巻き込む。
船長に手を出したとはいえ、昔のよしみだ。放っておいても殺しても寝覚めが悪い。さっさと正気に戻してやろうと、ゾロは三振の刀を構えた。