extinct volcano
それは紫苑にとって本当に久しぶりの休暇だった。藍染の裏切りから暫く、副隊長は療養中で臥せったまま、隊士達もほとんどが藍染を慕っていたから五番隊の空気はほぼ通夜に近い。上の命令で致し方なく、適度に肩の力を抜きつつ仕事をこなしていた自他ともに認める世渡り上手の紫苑にも当然限界というものはある訳で。
夕焼けが沈んで久しい時刻の現世・空座町。隊士にも上にもほぼ知らせないまま勝手に出てきた現世で、紫苑は大きく息を吐き出し伸びをする。もう夜だが空いている店など現世にはごまんとあるだろう。冷凍するのに良さそうな蜜柑でも探そうか、と少し気分が上向きになったのも束の間。
死神のそれとは明らかに違う、けれど虚というのも何か違う慣れない霊圧を感じて紫苑は顔を上げ――そして、先程のそれとは全く違う意味合いの息を、大きく吐き出した。
◇◇◇◇◇◇
「……!待てグリムジョー。何やら霊圧がひとつ、こちらに近付いてきて――」
「こんばんは。今夜はいい天気やね」
シャウロンの声にグリムジョーが何か言うよりも先に、そこに現れた影があった。誰一人として状況が飲み込めず、一拍奇妙な間が落ちる。そこにいたのは腰より更に長い青髪を無造作に揺らし、斬魄刀に手をかけた少女だった。
「……なんだ、てめぇは?」
「見たらわかるやろ、死神や。あんたらは……破面、ゆうやつやね?」
ちりっ、と空気が揺れる。グリムジョーの刺すような警戒と戦闘意思を真正面から浴びてなお、少女は悠然とした立ち姿を崩さない。
「あんまこういうのは好きやないんやけど、平穏に生きることの方が私には大事やからねえ。……堪忍な」
しゅら、と澄んだ音を立てて抜かれた斬魄刀。
「示せ――『蒼穹』」
ボウ、と青い光を纏った刀身が流星に似た軌跡を描いた、その瞬間。彼らの間を、風が抜けた。
音もなく、気配もせず。ただ辛うじてこちらに向けられた鋒だけが見えて、避けきれずに肩が裂けた。
「………ッ!」
少し遅れて感じる違和感。
(出血が止まらねえ――?いや、それよりこれは……)
ただ肩口を少し斬られただけ。だがその傷が少しずつ、少しずつその裂け目を拡げていく。グリムジョーの目に、明確な殺意が灯った。
「……すごいなあ、青髪の兄さん。あんたこの中で一番強いやろ?首狙ったんに避けられてもうたわぁ。速さ目で追われたこと、あんまりないんやけど」
「テメェ………ッ!」
こちらを見る細められた目に苛立ちが爆ぜる、その一瞬前。グリムジョーと少女の間に割って入ったのはエドラドだった。
「グリムジョー。お前の相手はこいつじゃねえだろう。まだ強ぇ奴はいる。それにこいつは、ウルキオラとヤミーとやり合ったガキじゃねえ」
「………」
「こいつは俺がやる。行け」
「……チッ」
グリムジョーの合図に全員が散開しても、少女は顔色一つ変えない。手持ち無沙汰とでも言いたげに斬魄刀を弄び、エドラドを見上げた。
「次はあんたが相手なん?……でもあんた、運が悪いなぁ」
「……あぁ?」
「……護廷十三隊五番隊第三席、白紫苑。うちはいま大変なんよ。隊長は消えるし、副隊長は臥せってしもうて、隊士も沈んでどうにもならん。……上手く誤魔化してようやっと少し休める思うた矢先にこれやもんなぁ」
――あんまりこういうこと言うんは好きやないんやけど。
ちりちりと空気が焦げるような感覚。青く光る鋒が、闇の中で線を描く。
「……生きて帰れると思わん方がええよ、破面」
「………!熾きろ、『火山獣』――――」
「遅いわぁ」
視界から掻き消えた青い光と姿。次の声が聞こえたのは真横から背後にかけて。
「そないに物騒なもん抜かんとって。振り回したらあかんやつやろ、それ」
気配も、音も、刃が肉を断った感触さえ感じられず。
エドラドは首を掻き切られる形で、息絶えた。