epilogue

epilogue


海軍本部から少しばかり離れた島、特殊な患者を治療する為の施設で、私は今日もアルコールの香りに包まれながら業務を果たす。

海軍の医療班に配属されてしばらく経つが、天竜人の治療に関わるのは初めてだった。

点滴を2度失敗した先輩が撃ち殺されただとか、蘇生に失敗すれば己の心臓も止められるだとか、そういった類の噂は何処かから染み出し、私たちを恐れさせている。

そして、それらの多くは噂ではなく事実なのだろうと、本能で理解していた。

天竜人とはそういうものだ。もっとも、私が担当する男は少し、いやかなり変わっているが。

私は緊張しながら病室のドアをノックした。

「失礼します。明日の着替えを用意致しました」

「ご苦労、その辺に転がしておいてくれだえ」

ベッドから上体を起こしたその天竜人は、机の方向に顎をしゃくった。

私は白い入院着をそこへ置き、何か不便はないかと尋ねる。問題ないと彼は答え、包帯が被さった頭部を撫でた。

彼は聖地で罪を犯し、訳あって軍の治療施設に護送されてきた。

付き添いの天竜人達は皆口を揃え、マリージョア屈指の変人だと評した。

その評判に違わず、本来結い上げられている筈の髪は短く切り揃えられている。マスクも被らず、天竜人には珍しい引き締まった体躯の男は、黙っているとただの青年にしか見えなかった。

「首の怪我もだいぶ治りましたね」

その首筋には僅かに内出血の痕が残っている。

天竜人は露骨に残念そうな顔をした。

その仕草に、思わずゾッとする。

あの天夜叉を愛玩用にと連れ去り、檻に閉じ込めたは良いものの逃して騒ぎを起こし、挙句自分も殺されかけた。それが彼の罪状だった。

殺されかけたにも関わらず、この天竜人は天夜叉を愛しているようだった。

薄くなった鬱血痕をなぞりながら、私にこう問いかける。

「お前、今まで生き物を飼ったことはあるかえ?」

「…幼い頃、犬を」

「そうかえ。あれは飼いやすくて良い生き物だえ。誰だって身の丈に合ったペットを飼うべきだえ。責任が取れなくなるからえ」

そうですねと曖昧に微笑み、私は花瓶の水を取り替えた。

「その犬、老衰で死ぬまで面倒を見たのかえ?」

「ええ、看取りましたよ」

海賊に他の家族諸共切り刻まれ、既に虫の息だったところをね。

言いかけて私は口をつぐんだ。天竜人相手に一人間の昔話など馬鹿げている。

「…鳥を飼っていたんだえ。硝子の美しい檻に入れて一生を共にするのが子どもの頃からの夢でね、それだけの覚悟をもったつもりだったえ」

一生。

さらりと放たれた言葉には、確かな重みが含まれていた。

この男は天夜叉を飼い殺すつもりだったのだ。今更ながら背筋が凍る。

「手元に…その鳥を手元に置いてはじめて気がついたんだえ。サングラスの下、とても悲しい目をしていたんだえ。寂しそうな、迷子の子どものような。救ってやりたかったえ、どうしたら瞳からその悲しい色が消えるのか、いつも考えていたえ」

「あの男が悲しい目を…ですか。にわかには信じられませんね」

そう口走ってしまい、私は思わず口を覆った。殺されるかもしれない、そんな恐怖が脳裏をよぎる。しかし、男は私の失言を然程気にかけていないようだった。

「強がりなところがまたいじらしくて、愛らしかったえ。きっと寂しがり屋だったんだえ。わちしでは、その胸の穴は埋めてやれなかったがえ」

強がり、寂しがり。私達では到底想像できないワードが飛び交う。

嗚呼、この男は本当に天夜叉を愛していたのだろう。その事実がまたおぞましくもあった。

それ程までに愛した人間の自由をいとも簡単に奪ってしまえるのだから、やはり天竜人は傲慢だ。

「わちしの身体をよく見てくれだえ。D.Dに与えられたあざも、傷も、いずれは塞がる。こうして日に日にD.Dとの繋がりが消えて、最後にはただの天竜人としてそのまま死んでしまうんだえ。…堕ちた神を手に入れようとした、罪の証ごと」

そう言って、男は寂しげに微笑んだ。

私は最後にどうしても聞いておきたい事があった。

「天夜叉…ドンキホーテ・ドフラミンゴの何処が、貴方をそれ程までに惹きつけたのですか」

天竜人は静かに目を伏せた。

「……分からない。でも、愛していたえ」

厳重に閉ざされた窓の僅かな隙間から光が差し込む。

天夜叉の行方は分かっていない。何処かで死んでしまったのか、はたまた生きて身を潜めているのか。どちらにせよ、『自由』を手に入れた事には変わりない。


天竜人は何かを思い出すように目を閉じた。

彼が思い起こしているものが空を自由に舞う鳥なのか、自ら檻に閉じ込めた鳥なのか、それは誰にも分からない。

四角い檻のような病室で、男は今日も鳥の夢を見る。

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