churros
支店限定商品シナモンキャラメル“カバジェロ”ホビニキ国外脱出ルートギャグ
部屋の外から微かに騒がしい声が聞こえてきた私は反射的にベッドから跳ね起きようとして⋯⋯あれ? と固まってしまった。いつの間にかけられたのか視界をふさいでいた弟の真っ黒なコートがずるりと落ちて周囲が明るくなる。
ベッド小さくなった? いや元々は大きいベッドだ。なにせクロが七武海入りした時祝いの品に贈ったもので当時
「船にこんな無駄にでかい物乗せられるか少しは考えろ」
とのコメントと共に何処かへ消えた代物であり縫いぐるみにされてからクロの隠れ家で見つけて大喜びでゴロゴロした代物なのだ弟に合わせたらそれはそれは大きくなったしこんな状態になったら更に大きくなった。
だが今はそのベッドが少し狭くなっている。おかしい私は今ピンクのフワフワでモコモコで最強に可愛いボタン目がチャームポイントのショコラの次に素晴らしい駱駝ぬいぐるみのはず⋯⋯と視線をやると懐かしい自分の腕と気に入りの革手袋が目に飛び込んできた。あとついでに身体の下に縫いぐるみの時懐に隠していたお菓子がバラバラと広がっていた。
これは⋯⋯これは⋯⋯もしかしなくてもこれって⋯⋯
「元に⋯⋯!」
叫ぼうとした言葉は乱暴な扉の開け放たれた音とクロの
「アニキ!!」
という声に遮られてしまった。
「クロ」
「どういう事だ」
「クロ私ね元に」
「どういう事だ」
あれ怒ってるなんで私なにかしたかな? と考えを巡らせながらとりあえずバレないようにお菓子をクッションの下に後ろ手で押し込むあっ待って包み紙君がっさがっさ音立てないでお願い。
「今、元に戻ったと言ったな? ⋯⋯あのふざけた縫いぐるみだったという事だな?」
「えっうん」
そうだけど。と続けようとしたが漏れでるどころか垂れ流しな怒りの感情に口をつぐんだ。
クロの背後、部屋に入ろうとするMr.1君の存在に
(あっこれ状況説明してくれないかな!)
と声をかけようとしたが私を見た途端何故か目を丸くした後全てに納得したような顔をして出ていこうとするではないか! ちょっ待ってMr.1君! ワン君!! ワンワン君!!!!! なんで扉きっちり閉めて出ていくの礼儀正しい!
「まずそのベッドから降りろ」
「えっ昨日まで同じ」
「降りろ」
「はい」
「ピアス外せ」
「えっでも折角クロに」
「外せ」
「はい」
これは逆らうと拗ねてしまうだろうという兄による長年の直感を信じて従うことにする。ピアスをデスクに置いてクロが座っている気に入りのアンティークソファに腰かけ⋯⋯あれ何でクロの太ももに座って⋯⋯しまった縫いぐるみの時の癖が待って睨まないでふざけてないから違うんだよクロお兄ちゃんは何時だって真剣だよ! 見てこの真面目な顔を! 伝わって!
「二年前なにがあった」
伝わった──!!
「えっと二年前依頼があって仕立てた服をドレスローザ」
「あ゙?」
えっそこから?
「フラミンゴ野郎の国に行く必要がどこにある」
「服の修繕を頼まれたんだけどちょうど近かったし道具も持ってたから本人に直接会ってパパッと直して帰ろうと思って」
「すぐ帰ったんだな?」
「ドゥルセ・デ・レチェって知ってる?」
「菓子食ってんじゃねえよ」
知ってるじゃないかと返す前に片手で頬を引っ張られる。痛くないけど痛い。フックが出る前に終わらせたい。
「食って帰れ」
「帰る前にちょっとドフラミンゴの首を狩ってみたら本体じゃなくてガッカリしちゃった。それで」
「帰れって言ったろ」
「今言っても仕方ないでしょう止めてクロとりあえず話終わるまでフックぐりぐり止めて」
「話さなくても分かるんだよ菓子食って首狩ったら報復食らってオモチャにされたんだな? アニキがドジ踏んだだけじゃねえか」
ギリギリとフックが頬に押しつけられ曖昧に同意する。首狩った後
「お菓子店全制覇が!! まだなんですけど!!!」(集中線)
よって滞在続行⋯⋯となった事実は話すとお菓子レポになってしまうだろうから省いてしまって大丈夫だろう。
「元に戻ったって事は⋯⋯能力者が死んじゃったのかな? 何かが起こってるのは確かだけど」
「だろうな。今頃国中記憶も身体も元に戻って泡食ってるだろうよ」
「記憶って?」
「知るかよ」
質問すると浮かべていた笑みを引っ込めて顔を背ける。隠し事をしているようだけどまあ言わないなら大したことじゃないのだろう。
とにかく。良く分からないが楽しい事になっているなら行かなくては損なのでは? 特にあのピンク毛玉にはお礼参りにキチンと首を落としたいしギリギリ食べに行けなかった洋菓子店もまだ一軒残っている。うんうんこっちが一番重要な用事だろう。
「よしじゃあ行ってくるよ!」
立ち上がって荷物をまとめようとしてそもそも荷物がカロリナしかない事に気づく。
全て任せていたショコラは途中ではぐれてしまったがビブルカードを持たせているのでそこは安心している。待てど暮らせどこの拠点に来なかったのは謎だが彼女にも用事があるのだろうプライベートは尊重しなければならない少し寂しいけれど、大事な時には必ず駆けつけてくれるのでショコラは世界一素晴らしい相棒なのだ。
とにかくカロリナを一振で糸ごと首を裁ちきれるくらい綺麗にしてあげよう。久しぶりに手応えのある闘いができそうでワクワクしてきた。
「どこへ行くって?」
そこまで考えていたのに突然背後からフックが襟を引っかけてきたかと思ったらそのままクロの元へ引っ張られてしまった。縫いぐるみ時はやたらとこの状態で移動させられていたのであまりにいい気分ではない酷い時には上下に振られてお菓子を強制的に出されていたのだとても弟がしていい所業ではないだろう私に食べられる筈だったのに可哀想なマカロンッ⋯⋯! 縫いぐるみの状態では食べられなかったから取り上げられて当然だったけども。
「ドレスローザに」
「行ってどうするそんな事より店を」
「そんな事よりじゃないよ! 今すぐにでも行かなきゃ!」
ドレスローザでピンクオーナメントとリエノ・デ・エストレージャ(ドレスローザ支店)(限定販売チュロス有)が私を待っているんだ!
「⋯⋯」
クロはどういう訳か疑い深そうに私の顔をじっと観察していたかと思うと不意に反対の手を砂にして全身を探りだしてきた。
「なっ! なにクロ?! 待ってクロ!」
「テメエ⋯⋯あの野郎に何かされたか。わざわざ不快の塊に会いに戻るだと?」
「わー! ちょっとこの砂感触が凄い変!」
「背中に穴が空いてたな」
「えっ? ⋯⋯は! 違う違う! あれはカロリナ用に自分で空けたやつでっ⋯ギャワー!!」
平常なら覇気でどうにでもできるがこんなに気が散っていてはとてもじゃないが無理だ。なにがなんだか分からず
『私ってくすぐったいの苦手なんだ』
という自分自身の弱点を新発見したのみでショコラが窓から突撃して来るまでこの意味不明の諍いは続いたし、そこからのショコラの突然の謝罪しながら泣く展開で私は人生で一番困惑し彼女を慰める事に献身する事になったので結局ドレスローザには行けずに今回の縫いぐるみ事件は終わりを迎え溜まっていたオーダーに繁忙を極める事態になり、後日クロが仕事場を覗いて一言
「自業自得だ」
という言葉と箱を残し去っていき私は中身のチュロスを一人食べるという実に理不尽な思い出が残る事になったのだった。
──あっシナモンキャラメル。