朱城ルミの場合

朱城ルミの場合



「……ふーっ、ふーっ……先生、無事……?」

「……何ともない? ……それは、よかった……っ」


崩れ落ちるあたしの体を、咄嗟に先生が支えてくれた。

……はは、今しがたとは逆だね。これで、貸し借りナシってやつかな。


「あー……うん、平気……じゃ、ないかな。ははは……っつつ」


商会長として培った笑顔を必死に作って見せるけれど、やっぱり先生にはお見通し。


「……っぐ……はぁ。ごめんね、先生……あたし、は……ここまで、みたい」

「そんな顔、しないでよ、先生……先生のせいじゃ、ないんだからさ……」


あたしの言葉を聞いた先生の顔が強張るのが見える。

……全く。お客にこんな顔をさせるなんて、あたしもまだまだかな。


「……先生を、庇って……倒れる、かあ……けほ、けほっゲホっ……ちょっと、特別な感じがするね……?」

「玄武商会の、長、じゃなくて……一人の、あたしとして……先生の、役に……立てたってこと、でしょ?」


傷口を押さえるあたしの右手に重ねられた先生の左手に、雫がポタポタと落ちてくる。

あたしの左手を痛いくらいに握る先生の右手からは、色んな感情がぐちゃぐちゃになって伝わってくる。


「レイジョと、カンフーで鍛えてたら……大丈夫だったかも……なん、て……冗談、だよ」

「……だから、ね? ……そんな顔、しないでよ……っ」


……死にかけのあたしより、先生の方が、よっぽど辛そうな顔をしてる。


……こんな時にまで、料理のことを考えちゃうのは、料理人のサガかな。

この人は、どんな状態で。だから、どんな料理を作ってあげようか……なんて。

……あ、そういえば。幾つか作った試作品の中に、とびきり甘いやつがあったっけ。

あれを食べさせてあげれば、先生の表情も……


「ぁ……」


そんなことを考えてたら、先生と目が合ってしまった。

……ああ、ダメだ。そんな顔で、そんな目で、見つめられたら。


「……先生。先生……先生、せん、せい……ッ」


あたし、強くてカッコいいあたしじゃ、なくなっちゃう。


「あたし……あたし、さ……先生に、食べてほしい、料理……いっぱい、あるんだ……」

「……先生と、一緒に……食べたい、料理も……したい、ことも……して、ほしい……ことだって……!」


「…………やっぱり、さ……」

「……せんせい……あたし……ホントは、さ…………」


「……まだ……ま、だ…………しにたく、ない……よ……」



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