badend2

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逃ゲ制


汗と雨と泥、そしてむせ返るような血の匂い。


無法者を相手にしていれば、下品な口説き文句やキャットコールは聞き慣れる。でも私が彼らへ嫌な顔をしていると、ルフィは何度でも一緒に怒って海賊を捕まえた。それを見た周囲が何度囃し立てたことか。でも気にしてるこっちがバカらしくなるくらい、ルフィは何歳になっても情欲の気配がしなかった。美人の区別はつくけれど、だからといって好き嫌いや区別は存在しない。もっと女の子に目の色を変えてくれるタイプの男の子だったら分かりやすいのに。


血が乾いて貼り付き始めた服にそっと頬を近づけて寄り添う。すぅ、と深く吸い込む。ルフィの匂いだぁ……っていうと変態っぽいかな。

お肉、朝も食べてきたんだっけ?まだ服についてるよ。おかしくて吐息のような笑いが漏れた。


そういえば、最後にお風呂入ったのいつだろう。私臭くないかな。船の上で水は貴重だから、入りたくても強くは言えない。でもルフィは入らなさすぎ‼︎

入るように言わなきゃ、一週間も間が空くんだよ。


心臓の音がトクトクと。ねぇ、私も同じ音だよ。安らいでる。夢の世界の私はどんな音?ルフィにしか分かんないよ。

脈を打ち溢れる鮮やかな体温の赤は、並大抵の人間ならとっくに失血死しているはず。まぶたに隠れた精彩を欠く双眼。まるで穏やかな寝顔にみえて死期を感じさせる。


いつのまにか抜かれていた身長。いや、私が気づきたくなかっただけかも。

厚い鍛えられた肉体なのに、子供っぽい純粋な性格からか外見に威圧感はない。こうして見ていても、どこか幼く感じるような顔つきをしている。抱きついて初めて、力強い細胞の一つ一つから組み上げられる温かさを知った。初めて感じることばかり。でも、もっと。


触れれば、弾力のあるゴムの肌。眠る顔、喉仏を触りながら首の下へ、鎖骨の上を指先だけで歩かせる。さらに降り、柔らかなようでいて硬い胸板を指でそっとなぞった。


夢の中へ伝わるかな?伝わって欲しい。感覚も、感情も。


滑らかなのに無骨な指の間に指をするりと滑らせ、ぎゅっと手を繋ぐ。


知りたいの。だってこれが最期だから。眠れば、そこにもう物体はない。

だから寝癖の一本から小指の爪まで欲しいの。五感の全てで知りたいから。


そして分かって欲しい。

私の全てを。


分かり合うなんて言葉が幻想でも構わない。

溶け合うように共にあれば、それで満たされているから。ルフィさえ一緒ならそれでいい。


ルフィの肉体はどこを摘んでも面白い。びょーんって伸びるの。

耳をあむ、と唇で食んでみたり、頬をかじって伸ばしてみる。薄く歯型が残ったけど、すぐ消えるかな?


歯型を舌でれろりと舐めてみる。汗がしょっぱい。好奇心のまま、唇も。

でも、ワガママな私はそこで止まれなかった。内緒で悪いことしてる背徳感にゾクゾクする。


「ぁ……んっ、……ふ……ちゅっ……」


糸を引く唾液がみえて、羞恥で顔が赤くなる。


途切れ途切れの吐息が、ルフィの呼吸と混じり合う。唇に当たる呼吸に噛み付くような大口で、再び唇を合わせる。




突然、雷に打たれたみたいに動けなくなった。

え?なに?


ルフィと会ってる私がいるのはウタワールドじゃなくてただの夢だったりする?


それだけルフィが私に言った言葉に驚いた。


現実じゃなく夢の世界でルフィに私が言った言葉。……誰にも見せないし教えないけど。


「……ほんと?」


思わず現実の私で返事をしてしまう。私はルフィが海軍を目指すことになってから、海賊としての道を潰した負い目を抱え続けていた。


でも、ルフィも私がいなきゃダメなんだ。

長い間感じ続けた痛みや苦しみが氷解したような気がする。ぐでぐでに溶けたように頬が緩んだ。


私の特別がルフィで、ルフィの特別が私なんだ。


……嬉しい。


みんなルフィに助けられて、みんなルフィのことが好きだから。でも、特別なんだ。えへへへ。


顔が真っ赤になっちゃった。あつい。ルフィ、あついよ。もっともっと近くにいて。離れないで。離さないで。


ルフィだけでいい。ルフィの全部、これだけでいいから、ね?……欲しがりかな?そうかも……?

でもルフィは許してくれたし、いいよね?



ルフィが眠っている世界はより肌寒く感じる。シャンクスの帽子を胸に乗せた。ナイフを手に持つ。


走馬灯が巡る。変なの。死ぬわけじゃないのに。


初めて出会ったとき、船の上から見たルフィの不機嫌そうな顔。海賊なんて嫌いだって書いてあった。それからどうやって仲良くなったっけ?後ろにくっついてくるルフィだけしか思い出せない。風車と夕日。海の上とは違う私のステージ。


海軍になっても問題ばっかり。でも、辛い訓練だって笑って過ごせた。ガープさんのきっつーい訓練は……まあ、強くなるためだし。


ああ、そうだ。書きかけの楽譜を海軍の自室に置いたままだった。歌は好き。みんなに響く歌はもっと作れるはずなんだ。まだ悩んでフレーズすら決まらない。いつか、音楽の国エレジアで学んでみたかった、かもね。


多くの苦しむ人に歌を届けた喜び。

――果たされぬ新時代。


「ルフィ、ありがとう。ずっと一緒だよ」


目を閉じて、夢へ。

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