audience with someone of high standing
requesting anonymity「ぼーでもーと?たら言うほのバチ当たりなアホボンがえろう人殺しよるで助けてほしいてそういう話でおうてるか?」
広い部屋の正面、御簾の向こうから老婆の声だけが聞こえてくる。マホウトコロを訪れている青年は、校長でもないらしい謎の「ここで1番偉い人」だというその老婆に謁見していた。
しかし、日本語が解ると自負していた青年にも、その老婆の言葉は解らなかった。すかさず案内役だった職員が通訳する。
「ヴォルデモート」という単語は死喰い人によって「禁句」にされており、言うと保護呪文が破れた上で死喰い人に知られる筈なのだが、ここではそうはならなかった。
「そうです。僕はアルバス・ダンブルドアと約束したのです。『ホグワーツの子どもたちを守る』と。そのためならなんだってする」
青年の上奏を、案内役だった職員が御簾の向こうの老婆に通訳する。
「ほぐわーつの子ら守るんにうっとこの子ら命賭けさせえて、そうゆう事かいな」
青年と並んで畳に正座している助手の若い魔女に緊張が走る。しかし、続く老婆の言葉は予想していたものとは違っていた。
「ええよ。やろか」
御簾の向こうの老婆の雰囲気が変わる。
「こういうもんは、海の向こうで起きとるからいうてほったらかしにしよると、自分らの番になった時にぁ手遅れでどないもこないもならんようになっとるからな。皆で早めに叩くんがええ。そいでな。―あんたは判っとるな?小川のぼうず」
「しかと心得ております。物部大連」
御簾が上げられ、屋敷しもべ妖精とそう変わらない大きさの老婆が姿を現す。その老婆は青年が知っている「日本のキモノ」とも少し違う服を身に着けていたし、老婆の傍らの留まり木の上のカラスに足が3本有ることを青年は見て取ったが、まあそういうのもあるのだろうと深く気にしない。
「顔を上げられ。南蛮のお人」
1998年の今を生きているとは思えない語彙と出で立ちの老婆は青年の目を見て言う。
「安永6年やったか。ペルリの国とあんたんとこの国で言い合いになったやろ。魔法族いう括りと国いう括りのどっちを優先するんか言うて。ほいでうちらは『国』寄りなんやわ。天皇誕生日は祝日やし神棚に手ぇ合わせるし、初詣行くし。だいたいわしかて『大連』はもうとうに形骸化してて、やっとる事は『権禰宜』やし。そやから、あんたんとこの国とは日英同盟の縁があるでな。……南蛮、やのうてエゲレスのお人。わしのヒコがの。ダンブルドアに世話んなっての。ダンブルドアがあん時ここにたまたま来とらんかったらあの子ぉは死んどった。他にもうっとこのもんが大勢世話んなった。そやからな」
アメリカを「ペリーの国」と認識しているらしい老婆がそう言った時、畳張りの大広間の左右の戸が開かれ、何人ものマホウトコロの教職員と最上級生らしき若者達が静かに速やかに入室してきて、老婆の前にひれ伏した。
「その『棒でもっと』たら言うバチ当たりが死によるまでわし死なれへんでな。ええか。大将首ようけとって持って来ぃや」
その剣幕から何を言ったのか察していた青年ではあったが、行き違いがあってはいけないので一応確認する。
「御方様はなんて?」
「『棒でもっと』は曾孫が世話になったダンブルドアの仇だから、敵の首をたくさんとって持って帰ってこいと。つまり、助太刀いたします。……ところで、その敵の大将の名前を我ら間違えてるように思うのですが、正確にはなんと発音するんです?」
それに青年は感謝を示してから、笑って言う。
「いやー、たぶん発音修正しないほうがいいと思うな」
老婆の雰囲気がまた変わり、スタスタと青年に近寄ってくる。
「直ぐもうエゲレス帰りよるんか?色々見てかんでええか?」
「是非拝見させていただきたく存じます」
青年の返答を傍らの職員に翻訳してもらった老婆はニッコリと笑う。
「ほならわしが案内するでな。まずはそうやな………着物着てみるか?」
青年もその隣の若い魔女も、一気に「観光客」の顔になった。
「ねえおばあちゃん。せんぱいが『キモノ着る時は下着つけないんだよ』って言ってたんだけど本当なの?」
若い魔女が幕の向こうに居る青年の方を見てモジモジしながら小声で訊くと、老婆は傍に控える女性に通訳してもらってから、豪快に笑った。
「ここ来た南蛮の人ら、みぃ~んな嬢ちゃんとおんなじ事訊きよるで。それはホンマの話やけど『そういうもんをつける文化が無かった』いうだけで『つけたらあかん』いう事やないで安心しい。……勿論別に下着つけんでもええけど、どっちする?」
あろうことかちょっと悩んだ若い魔女は「つ、つけて!つけて着ます!」と返す。
「ここを訪れた外国のお人で、袴を自分で正しく着られたのはアナタが初めてです」
幕で女性陣と隔てられた反対側で、案内役の職員が感心した様子で青年に言う。
「コガワ先生に教えてもらった事があるんだよ」
「大叔母はどんな先生でしたか?」
「とーっても声が大きかった。だよね、アルバス?」
青年に声をかけられた、壁の「段振戸阿製薬之図」と題された浮世絵の中で薬研を使っているダンブルドアはその声に答えて微笑む。
「そうでしたな。先輩。箒飛行の訓練でどこまで高く上がっても、地上に居る先生のお声はいつもハッキリと聞こえました」
ホグワーツでも自分が知っている通りの大叔母だったと知った案内役のコガワ氏は、大叔母を思い出してクスクスと笑った。
「親戚の集まりでもそうでした。いつもいつでもクィディッチ場に居る時の音量で話すんですよね、あの人」
壁の浮世絵の中のダンブルドアも、袴を履いた青年も声を揃えて笑った。