友人(後編)
弟がいた現パロシリーズ※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「兄ちゃん、警察行こう」
「……いい。あいつらとは、もう関わりたくもないし」
ルイから手渡された氷嚢を頬に当てる。体のあちこちを殴られているので身体中湿布だらけだ。
今の時刻は午前一時。夜遅くなってもなんの連絡もないことを心配して探しにきてくれたらしい。お父さんは夜遅くまで仕事があるのでルイだけが電車とタクシーを駆使して来たのだと言う。ちなみに父も仕事を切り上げて着いて行くつもりだったらしいが、明日は大学の講義もサークルもないからとうまく説き伏せたのだそうだ。俺はそれを聞いて、ルイに迷惑をかけてしまった申し訳なく思うと同時に、父が来なかったことにホッとしてしまった。
警察に行こうと言うルイを止め、半ば強引にホテルに入った。ルイは溜め息をつきながらも近くのコンビニで湿布やらなんやらを買ってきてくれたので、そして今はベッドに腰掛けながらこれからどうするかを話している。
警察には、行きたくない。どうしても。
「じゃあせめて病院行こうよ」
「腫れてるだけだ、冷やせば治るよ」
「でも治らないうちは帰れないじゃん。そろそろ帰らないとお父さん来るよ」
「……それは、困るな」
でも、病院に行けば暴力を受けたことを父に知られてしまうかもしれない。それは避けたい。
「なんで。父さんは隠す方が後々面倒臭いって事ぐらい知ってるでしょ?」
「……まあ、十分過ぎるほどには。でも行ったところで処置が変わるわけじゃないし…」
「いやいや、最近は電気治療とかしてくれるところもあるし、腫れがひどいと数ヶ月治らないこともあるから早めに行った方がいいよ!」
「数ヶ月…!?三日とかで治らないのか?」
「普通の打撲でも二週間ぐらいはかかるよ…」
……困った。何かうまく理由をつけて腫れが引くまで帰らないつもりだったのに。何週間も家に帰らないなんてできない。やはり、父に隠すのは無理があるみたいだ。
「いいから、行こうよ。それともやっぱり警察に行く?」
「……分かった、病院に行くよ…」
治療を受けて、病院から出た。包帯なんて大袈裟だと思ったのだが、患部を固定した方が治りが早いのだそうだ。…本当に困った。まるで怪我人じゃないか。
「怪我人でしょ、普通に。内出血か外出血かの違いでしかないし、それに結構重症だったし」
「それじゃ帰ろうぜ、兄貴」
「うん…」
帰りの電車に乗るために駅へと向かう道すがら、俺は声をかけられた。
「——あれ、もしかして〇〇?」
「——えっ?」
振り返った先には、俺より年下の女の子。濃いピンク色のスカートに、ヒールのある靴を履いたオシャレな姿。こんな子会ったことあったっけと首を捻ろうとして、その声と姿に該当する人物を一人思い出した。
「ああ、久しぶり!こんなところでどうしたの?」
「それはこっちのセリフ。まだこんな町にいたんだ。こんな道の整っていない寂れた町、さっさと出て行った方がいいと思うけど?」
「そう言う君はどうしてここに?確か、東京に行ったんじゃなかったか?」
「……忘れ物を取りに来ただけ。そういうお前は何しに来たの?」
「……まあ、色々あって」
「それにしても、ヒデェ顔だな!そこの店で売ってるコケシの方がまだ見るに耐えるぜ。なに?遂に訴えられた?」
「俺は…取り返しに来たんだ。それでまあ…返り討ち?」
「ダッセェな!それにまだ返して貰ってなかったんだ?なら奪い返しちゃえば?」
「いや、もう良いんだ。もうどうでも良くなってたのにさっき気づいた」
「何それ、負け犬の遠吠え?」
「そうかも。でもガラクタだったのは本当だから、精々ゴミ処理してくれた程度にしか思ってないよ」
「へえ、言うようになったじゃん。ていうか、後ろの奴睨んでてウザいんだけど。なに?新しいトモダチ?」
「弟だよ。家族になったのは数年前だけどね」
「お前みたいな奴でも面倒見てくれる奴いるんだ?まあお母様には遠く及ばないけど」
「うん、毎日凄く楽しいよ。そう言う君は言うまでもなさそう。お母さん、凄く良い人なんだね」
「あったり前だろ!?教えてやるよ、お母様は——…」
彼女は誇らしい顔で母親のことを自慢げに話している。彼女と同じ屋根で過ごしたのは数年程度だが、それでも毎日顔を合わせない日はなかったし、同じ部屋で食事を食べていたし、話したことだって数えきれないほどある。それでも、まるで別人かと思ってしまうほどに、彼女の顔は輝いて見えた。いや、彼女はきっと生まれ変わったのだろう。彼女が語るその人に出会えた、その瞬間に。
「——なんだよ、気持ち悪い。ニヤニヤすんな」
「ごめん。楽しくて、つい」
「ふーん。ならもっと話してやっても良いけど。でもこんな道端じゃ味気ない。もっと私に相応しい場所じゃなきゃ、ね?」
「なら俺の奢りで良いよ。俺も今は東京住みだから、そっちで会おう」
「その時にはその顔どうにかしておいてよね。ああでも、前よりは良くなったかもね。アレ、見苦しくて見てられなかったんだよな」
「……そう、かな」
「今は今で気が緩みすぎててムカつくけど… まあ、悪くはないんじゃね?」
「そっか、ありがとう」
「ああもうこんな時間!早く帰らないと、お店が閉まっちゃう!」
すぐに電車に乗らなければお母様へのプレゼントが買えないと彼女は急いで駅へと向かっていく。こんなへんぴな場所ではお母様に相応しいものは買えないのだと言う。そういうところは相変わらずだと思ったが、今の俺にとっては胸がすくようだった。
電車の中で、俺はスマホを見ていた。正確には、表示されている連絡先の一覧を。同窓会にいた彼らの連絡先はまだ残っている。俺はそれを一つ一つ消した。グループのトーク画面も、今回は会っていない他のクラスメイトの分も全て。それから、お世話になった施設の連絡先も。
たちまち画面がスカスカになる。俺は息を吐いて、アプリを閉じる。これでもう、ここへ戻ってくることはない。施設があると地価が下がると言って嫌厭していた周囲の地域住民も、必要最低限の設備さえ整えず劣悪な環境を見て見ぬふりばかりしていた職員も、親なしだと馬鹿にしていたクラスメイトも、全部全部もう俺とは関わりがない。
俺は、今までの自分から脱却しなければならない。もう愛を得るために自分を削るのはやめよう。俺を愛してくれる人達は、歪な俺そのものを、丸ごと愛してくれている。見てくれを良くする必要も、相手の望む枠に形を合わせる必要もない。だから、俺にとっては無相応が過ぎるその愛から、もう逃げない。疲れたのだろう、隣に座っているルイが船を漕いでいる。その頭をそっと肩に乗せてやると、寝息が聞こえてきた。俺はその時ようやく、愛されていいんだと思った。
「ただいま、お父さん」
「ああ、やっと帰ってきた…!シャルロ、心配したんだ!怪我をしていると聞いてお父さんはいても経っても——」
お父さんは俺の姿を見て、絶句しているようだった。俺は少しでも安心させたくてにこりと笑った。包帯が邪魔で、引き攣った笑みになってしまった。
「その、怪我は……」
「ちょっと、喧嘩しちゃって…病院にはもう行ったよ」
「な、な……!ルイ、怪我してるとは言ってたが、ここまでとは聞いてないぞ!?警察は!?警察には行ったのか!?」
「行ってない」
「行くぞ!今すぐにでも——」
「だ、大丈夫!」
「シャルロ、その怪我は尋常じゃない。大丈夫とか言ってる場合じゃないんだ」
「ただの喧嘩だから…俺もやり返したし」
「なら尚更行かないとまずい。向こうがもし訴えてきたら——」
「やっ、いやだ…!警察には行きたくない」
俺は…俺は、頭を抱えて、蹲った。
——"こっちも暇じゃないんだ、なんでもいいから早く言ってくれないか?"——
あの日の記憶がリフレインする。教師たちからあの日何があったのか尋ねられた時の記憶が。
「囲まれるの嫌だ、怖いから」
シン、と静まり返る。冷や汗が出てきた。違うんだ。別に大したことない。もう過ぎたことだから、ちょっと嫌いなだけで、全然大丈夫なのに、俺の口は震えて、言いたい事とは別の言葉ばかり出てくる。
「何をされたんだって四方から訊かれるんだ。早く言えって、思い出せないのに。お前が何か言ったからこうなったんだろう、お前が悪いんだろうって、みんなの目がそう言ってた。なあ、俺が悪かったのかな?違うよな、俺、何も悪いことしてないよな?なら——」
違う、こんな事が言いたかったわけじゃない。あの尋問じみた問い詰めで教師たちは俺がなにか唆したのだと結論づけた。記憶もなく、心身ともに疲れ果てていた俺には反論する勇気もなくて。今でも思い出すと凄く嫌な記憶だけれど、でももうそんなことはどうだっていいのに、俺は縋るように二人に問いかけている。
「なら、もういいだろ?もう何も話したくないんだ」
沈黙が流れる。しばらくしてルイが、溜め息をついた後やれやれと仕草をする。
「……本ッ当にしょうがないな…兄貴は…。ね、父さん?」
「分かった、警察に行くのはやめにしよう。シャルロ、怪我を診せてくれ。ああこんなにも酷い…。…まさかこんなにも暴力を振るわれていたなんて…」
「やはりお前が会いに行くと言った時点で奴らのことを洗い出しておくべきだった。今からでも、お前に関わりがある人間を全て徹底的に調べ上げておくべきか…」
「…その、お父さん。俺は大丈夫だよ。もう会ったりしないし、お金だってもうあげたりしてないから。あの人達も殴って清々してるだろうからもう関わってこないだろうし…」
「それでももし、また関わってきたら?何かあったらどうするつもりなんだ」
「その時は…」
俺はポケットからスマホを出し、あるアプリを起動した。
"——サザッ—お前の分—頼んどいてやったから——"
"え——えっと——ザッ——"
ほら——飲んで飲んで!"
"——サザ——おい、何だよダンマリ決めやがって"本当に覚えてねぇのか——"
"———ダンッ‼︎"
"—痛——ッ—!"
ノイズ混じりの音声が、スマホから流れる。俺はあの時…席に座る直前に、こっそり録音のアプリを起動していたのだ。隙を見計らってアプリを起動させ、録音開始の音声は座る時の騒音でうまく誤魔化してずっとポケットの中で録音し続けていた。だから、ポケットの中に入れっぱなしにしていたスマホは、あの時起こったことを全て記録してくれた。
彼らに録音を勘付かれないかどうかや、保存する前に充電が切れたり肝心なところでデータ容量が足りなくなったりしないかどうかは賭けだったけれど、奇跡的にうまく撮れたようだった。
「これ…」
「念のため、録音しておいたんだ。だからまた危険な目に遭いそうな時はこれを使って脅せばいい。バックアップも取ってあるから、スマホ壊されても大丈夫だし…」
「証拠が揃ってるのに訴えないのかよ!」
「もう関わり合いたくないんだ。あいつらがもう何もしないなら俺ももうあいつらのことは忘れて生きていくことにする。…ただし、向こうがまだやる気なら、こっちにも考えはあるってだけで」
「それより!お土産買ってきたから3人で食べよう!それに、良いこともあったんだ、久しぶりに知り合いに会えたし!子供の頃、孤児院にいたことがあるって話はしたっけ?その時に少し話したことがある子に出会えてさ」
「…どんな子なんだ?」
「ええと…口は悪いけど根は真面目で、あとおしゃれとかが好きで、特に靴とかこだわりがある子だよ。今はお母さんと楽しくやってるみたい」
「あの子悪戯というか、結構他の子にちょっかいかけ過ぎるところがあってみんなからは少し怖がられていたんだけど…でも、それとは逆に献身が過ぎる所があるというか、ちょっと騙されていいようにこき使われてたりもしててさ。そういう所が身を滅ぼしてしまいそうで、心配してたんだけど」
「再会したときはなんか前よりも素直になってたし、芯が通って不安定さがなくなった感じだったんだ」
「そうか、良かったなぁその子!」
「大きな会社の社長さんに引き取られて行ったんだけどさ、その人の事が大好きみたいで、たくさん話を聞いたんだ。親子仲良しでさ、毎日楽しそうだったよ」
「…ちなみに、会社の名前って知ってたりするか?」
「えーと…ブリテン…いや、ブリスティンだったかな…」
「その子ってトリスタンとか、もしくはバーヴァン・シーとか呼ばれてたりするか?」
「トリスタンってよく名乗ってたけど…どうして知ってるんだ?」
「まあその…ちょっとした縁でな。そうか、あの二人はここでも親子になれたんだな」
「……?」
「よぅし!お土産は…クッキーか!リビングで食べようぜ、二人とも!」
「うん、手を洗いに行ってくるね」
「……なあルイ。後で診断書貰ってもいいか?」
「うん。あと怪我の写真とかも撮ってある」
「ありがとな、ルイ!じゃああとはシャルロが録ってくれた音声データだけだな!」
クッキーをみんなで食べた後、俺は自分の部屋へ戻った。今は一人きりだ。そっと息を吐く。
「——良かった、警察…どうにか行かずに済んだ」
警察に行きたくない理由は、実はもう一つある。それは、録音した音声に、二人には知られたくない会話があったから。
…………
それは、俺が睡眠薬入りの酒を飲まされて倉庫へ連れ込まれた後、彼らの要求通りカードの暗証番号を伝え、尚も金を要求された後のことだ。
『…これで、家族には手を出さないんだよな?』
『さて、どうかな〜?俺たち別にお前が全財産渡せば見逃すとか言ってねえしな?』
『そうそう。社長のお父さんからさ、オネダリすりゃいくらでも貰えるんだろ?』
俺はそこで、頭の奥の何かがブツリと何かが切れた音がした。
『……あの人は確かに俺に甘いけれど、現金を理由なく渡すような人じゃない。どう説明しろと?』
『知るか、テメエで考えろよ。テメエ立場分かってんの?』
『立場、ね。……もう、どうでも良いや』
『は?お前家族がどうなっても——』
『——できるとでも?アンタら如きが?』
俺は、苛々していた。何も知らないくせに、好き勝手言って馬鹿にする彼らに腹が立っていた。
『俺の金なら好きに使えばいいさ、全部くれてやる。でも、二人のものに手なんて付けさせてたまるか。どうせ何もできないくせに』
『…んだと?テメエもう一度言ってみろ』
『アンタらみたいな小心者に俺の家族を襲える訳がないって言ってるんだ』
『たった一人をこんな人数で、しかもわざわざこんなところに縛りつけてまでやることが脅迫なんてとんだご苦労様だな。大体噂が嫌ならさっさとこんな田舎から出ていけば良いだろ。故郷から出る勇気も、転職する勇気もなくて、いつまでも逆恨みしているような奴に、一体誰が怯えるとでも?
——顔洗って出直せ腰抜け共が。』
激しく、視界がぶれた。気づけば俺は椅子ごと地面に転がっていた。勢いよく頭が地面にぶつかったようで、視界が青と白の二色にスパークした。そんな見えない視界の中彼らを睨みつけようとしたが、その前に頭がもう一度地面に叩きつけられる。踏まれたのだろう。突然胸ぐらを掴まれ、体を無理やり持ち上げられる。
『…テメエ、ぶっ殺されてぇのか』
『もう洗って来たのか?早いな』
ガン、と鈍い音が鳴る。再び地面に叩きつけられた痛みが遅れてやってくる。どうやら四方から蹴られているらしく、体のあちこちが痛む。地面にポタポタと垂れる赤い液体が目に入り、鼻から血が出ていることにようやく気づいた。蹴られすぎて頭がうまく働かない。キンキンと雑音ばかり拾い上げる耳でどうにか聞き取った罵詈雑言を、俺は鼻で笑った。
『やれる、もんなら…やってみろよ……』
『はは、ははははは!やってみろ!できるものならな!』
今にして思う。その時の俺は、なんというか、正気ではなかった。凄まじい高揚感に支配され堰が外れたかのように嗤い続けた。殴られた衝撃でおかしくなったのか、これが俺の本性だったのかは分からない。
少なくとも、その時の俺には周りにいる全ての人間が小さく弱く、けれど精一杯強がって威嚇している小さな動物のように見えたのだ。その気になれば簡単に踏み潰されるというのに、自分たちは弱くないと粋がっているような、そんな哀れで滑稽な小動物たちに俺は嗤い続けた。
——実際には、連れ去られ縛られ囲まれている俺の方が食われる側であり、にもかかわらず彼らを見下している俺こそが真に滑稽な奴だったのだけれど。
事実彼らはついに狂ったのだと言って俺を馬鹿にしていた。そしてこんな状態のやつを痛めつけても面白くないと去っていった。
『……さて、』
随分前から解いていた縄を外し、手首を軽く回す。彼らは縛り慣れていなかったようで、緩めるのにそう時間は掛からなかった。今の日本でそんな経験がある奴の方が問題あるか。
前世でも今世でも俺は何度か拘束されていたから、自力で抜け出す方法を調べていたのが初めて役に立った気がする。さっさとここから逃げ出そう。荷物は…探していたら彼らが戻ってきてしまうから、諦める。せめてスマホくらいは持っていきたかったのだけれど…。
『……あった。嘘だろ』
探すまでもなかった。部屋の中に、荷物と共に置かれている。いくら縛り付けているとはいえこういう物は普通隠すべきだと思うのだが、まあ助かった。
スマホを起動させ、画面を確認して荷物の中も調べる。特に問題はなさそうだ。
それにしても、縛って動けなくしているとはいえ見張りの一人もいないなんて。まあ、自分ではやりたくないから誰も言い出せなかったのだろうな。こんなところに長時間いたらおかしくなりそうだし。
『——出口は、あっちか』
足を引き摺りながら、俺は倉庫の外へ歩いた。
………………
そして俺は、どうにか倉庫から脱出することができて、そこでルイに助けてもらったのだ。
「録音、後ろの部分消せないかな…?」
しばらくスマホと睨めっこする。編集ぐらいはできそうなんだけど…。
「ダメだ、操作方法わからない…まずはネットで検索しないと…」
「おーい、兄ちゃん!ちょっと手伝ってー!」
「待って、今行く!」
スマホを置いて呼ばれた方向へ向かう。編集の方法を調べるのは後で良いか。
「バックアップがあると言っても…もしもの事があるしな。早めに確保しておくに限るか」
「パスワードは◯◯◯◯だったよな…よし、開いた。それでアプリは…これか」
「かなり長いな…分割した方が良いか。じゃあ大体この辺で——」
「——え?」
「ねえ父さん、あれからしばらく経つけど…結局どうなったんだ?」
「ああ、示談するってさ」
あれだけの証拠が残っている以上裁判をした所で勝ち目は無いし、仮に勝てたとしても裁判沙汰になったことはマイナスイメージに繋がりかねない。だからあっさりと応じたのだろう。それにしても…。
「まだまだ甘過ぎるところはあるが…シャルロは強くなったな」
「前なら録音なんてしなかったと思うし、そもそも相手の要求を断るなんてしなかったもんなぁ…それに、兄ちゃんも、怒る時はちゃんと怒れるんだね」
「そうだなぁ…」
「あれ…連絡先こんなに消したっけ?」
学生時代の連絡先はほぼ全て消した。仕事先だった連絡先は前に消えていた。後は散歩中に話しかけてきて仲良くなった人達の連絡先とか、こっそり始めた単発バイトの連絡先が残っていたはずなのになくなっている。一斉に消した時にうっかり消しちゃったかな?
「……まあ、良いか」
最近はルイが買い物に一緒に行きたがったり、普段のルートから離れた場所へお使いを頼まれることが多くなったのでバイトをする時間がなくなった。それはそれで楽しいから別に良かったし、電話番号は覚えているからまたやりたくなったら掛ければいいだろう。
それから、散歩途中に会っていた彼らだが、最近は会うことがめっきりなくなってしまった。ある時を境に彼らはなぜか何やら不思議な力が籠っているらしい壺を買ってくれないかとか、極楽浄土がどうとか神様がどうとか言ってしきりに信じてみないかと誘うようになった。だから少しだけ話すのが億劫でもあったので、正直言ってホッとしてしまった自分がいる。
着信音が鳴る。友達からの誘いだろう。今度はどこへ行くのだろうか。期待を膨らませながら通話ボタンを押した。
「…もしもし?カフェ?いいよ、いつ会おうか」
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バーヴァン・シー:
シャルロの友達。本人曰く腐れ縁。お母様の話を楽しそうに聞いてくれるので定期的に(シャルロの奢りで)カフェに付き合わせてる。時々ショッピングに付き合わせて荷物持ちもさせるしプレゼントの相談もする。バーヴァン・シー側もシャルロに対して似合いそうな(かなり良い質の)服や小物を(勝手に)選んで買ってくれることもあるため、ギブアンドテイクは割とできてる。あとプレゼントの相談に乗ったりもしてくれる。
同じ施設育ち。母親も前世の関係者も周囲に居らず、妖精國やカルデアでの記憶もほとんどなかったために不安定だった。施設で数年を過ごし、その後若い女社長に引き取られて東京に移り住んだ。今は記憶も全て取り戻し、周囲に知り合いも多くいるため不安定さは消えた。凄く幸せそう(シャルロ談)
シャルロ:
厄介な奴ホイホイ。その手の人達からはチョロいと思われるらしい。実際のところ興味津々で話を聞くが、誘いをかけた瞬間に宗教関連は前世的にゴリゴリのキリスト教徒なのできっぱり断るし、投資とか隅々までしっかり資料読み込むし自己啓発系はエビデンス求めるしサインもしない。あと壺はいりませんと一蹴する。ただ知識欲から話を聞いているだけ。勧誘泣かせ。
しかし、生活に困っているから恵んで欲しいとか言われるとグラつく。最近は個人で助けようとするのではなく、ネット等でで行政の支援や支援団体を探す方が本人の為だと(ルイの入れ知恵で)教えてもらったのでそうするようになった。
ちなみにバイト先はかなり待遇が良い所だが、その実態は相場よりはるかに高い宝石をリボで買わせるカモ目当てだったり。でもシャルロは「宝石とか見慣れてるし2人は肩叩き券とかの方が喜ぶからなぁ…」と断っていた。
彼らのやってきた事は逆恨みではあるがなんでも言うこと聞いてた自分にも非はある、でも今回のことでチャラになったと思ってる。
高校時代の心残りが解消できたし、地元で無意識に抱いていたモヤモヤを晴らせて凄くスッキリした。
施設について:
シャルロ曰く「あんまり良いところじゃなかった」
育ててもらってきた恩はあるけれど、それを差し引いても「ちょっとどうなんだろうそれ」みたいなのが結構あったらしい。ちなみにバーヴァン・シーも一蹴しているので内情はお察し。近年改善の声が出ているらしい。
同窓会のクラスメイト:
示談に終わったものの自◯教唆した噂はより鮮明を帯びて広まってしまった。
ちなみに実際は突き飛ばして落としたんだとか。
絶対に許されないしもう逃げられない。