Youthful Phony Tale 2

Youthful Phony Tale 2

すぐ手を出さない藍染篇

 平子真子は高校生になった。

 入学当初はオンナなので舐めた態度を取られたが、平子は人より少し暴力に長けていたので地面に転がしてやれば、彼らを御するのはさほど難しくなかった。

「キミ強すぎひん?」

 地面に伏した物言わぬ不良共をクッション代わりした細目のチビッコが、傷つけられた口元を摩りながら平子に話し掛ける。

「お前はこれから強なるで」

 こうしてそうして不良グループと友好的な関係を構築し、陰湿な標的にされることはなくなった。

 平子もそうだが同級生の夜一、砕蜂も暴力慣れしており、一回り大きい男達を殴り飛ばし、這いつくばらせる事に躊躇がない。女だからと言って手加減されないのは護廷高校の方針である…護廷高校が平子の家から遠く奨学金が出ない高校だった場合、平子は護廷高校を選ばず、藍染と教師と生徒として出会う事もなかっただろう。

***

 平子は藍染との遭遇を避け続けた。

 授業以外ではなるべく教室を離れるようにし、下校時は早めに帰宅しバイトに行く。エレベーターでの接触を避ける為、帰りも極力遅くならないようにしている。

「僕は何かしてしまったかな」

「ソンナコトナイデスヨぉ」

「嘘をつくのがまだ下手だね平子君」

 用があって職員室に居座っている間、時折藍染に話しかけられることがあった。だが平子は目を合わせず、藍染の言葉にも耳を傾けようとしなかった。そんなことを続けていれば疑問に持つ者は出てくる。

「藍染と何かあんのか?」

「あ〜?眼鏡って嫌いやねん男はコンタクトやろって思うから」

 日直当番が被った日番谷に訊かれ、適当に返してしまったのがいけなかったらしい。日番谷は眉間のシワを深めた。事実何もない。本当に何もないのだ。気持ち悪いだけで。

 少年名探偵日番谷に入学説明会の話をすると「暴力沙汰以外で捕まりそうだなアイツ…」と呟き、平子に同情したが、それ以上追求はしなかった。

 校内でたまたま気が合った拳西やラブ、ローズには藍染について何も話していない。わざわざ話すこともないだろう。

 その夜久しぶりに藍染と平子はエレベーターに乗り合わせそうになった。

 藍染は平子に気づいているはずだが、気づかぬふりをして扉の前に立ち止まり、ボタンを押す姿を見た平子は踵を返した。

 数日後の黄金週間、古着屋でバイトをしていた時の事。

「いらっしゃいま……うっっっっわ」

「…平子君?」

 バイト先に藍染が訪れた。

 髪型はセットされておらずアロハシャツ、ダメージジーンズ、サングラスにサンダルという出たちである。

「お客さん何やソレ」

「私服だよ」

「私服ゥ??」

「似合わないかな?」

「どちらかというとイメージとちゃうな」

 藍染は肩をすくめながらも満足げに微笑んだ。そして店内を見渡す。

「困ったな。コーディネートして貰えるサービスはあるかい?店員さん」

「…この借りは高くつくでセンセイ」

 店員と客の会話ではない。生徒と教師の会話だ。それからもちょくちょく平子は藍染の服選びに店員として付き合う事になった。

 最初は乗り気ではなかったが、藍染はスタイルが良く服選びに困らないし、平子をバイト先以外の買い物に付き合わせることも、自分の家へ連れ込む事も無い。

 平子に対し、距離を詰める事をせず、適度な距離を保ち続けていた。その距離は心地よいもので、そうなると最初の印象は薄れ、自然打ち解け楽しめるようになった。

「いらっしゃいませ。今日のコンセプトはなんや、アプリでマッチした女と会う時様の服でエエか?」

「随分と意地悪な店員だね」

「ええやん、たまにはそっちが遊ばれても」

「君に?」

「キッショ。めちゃくちゃな服選んだるわ、それ着て女と会え」

 藍染はくすりと笑いながら、平子のバイト終わりを待っていた。

 いつの間にか話す事、同じエレベーターに乗り合うのも嫌ではなくなり、日を追うごとに藍染に対する気持ちは変化していった。

「藍染は前世を信じるタイプなんか?」

「……どうしたんだい急に」

 母親は夜勤、藍染の仕事を遅くまで手伝った礼として奢って貰う事になり、平子は某ラーメンチェーン店でメニューを選びながら藍染に問いかける。

「高校の下見に来た冬獅郎の妹に私を覚えていないんですか、桃ですって言われてん。いつ会うたんか妹ちゃんは教えてくれんから、すいません言うといた」

「……産まれる前の記憶を辿り前世やデジャヴを起こすというのは、ロマンを感じるね」

「呼び覚まされる郷愁なんて荒唐無稽過ぎてついていかれへんわ。脳の誤作動としか思えん。お前もロマンチストやな」

「なるほど、平子君はリアリストだ」

「俺は何でも科学的に解明したァ方やねん。夢がない奴やって思われるかもしれんけど、この世に存在するらしい幽霊も脳の錯覚やろって思っとる」

「科学だけで説明できない事象があるから面白いんじゃないか」

「それはそうや」

 平子はメニューを置き藍染に向き直った。

「これは非科学的な話やねんけど」

「うん」

「お前のこと好きや」

「……」

「恋愛感情かどうかわからんかった。お前キショかったし」

「それで?」

「この間、スーツや古着と違う格好を見た時、ああ、叶わんなって。そんで、あかんなあって思った」

「あかんかったら、どうするんだい」

「今、この瞬間の気持ちを大切にしようかなァと……」

「もうちょっと具体的に言ってくれた方が嬉しいな」

「言わんでもわかるやろが」

 藍染は平子に顔を近づけた。

 平子は心底嫌そうな顔をしているが耳は赤く、俯きがちになる。

「じゃあ、18歳になったら僕と付き合ってくれますか?平子真子さん」

「…18?何でやねん」

「条例がね、僕達の邪魔をしているんだよ」

「……アァ?」

「僕は短絡的な欲望で未成年に手を出すような、半端な覚悟で君に告白したくないんだ」

「…さっき言ったこと撤回したいわァ。ゴッツムカつく、その言い方」

 平子は藍染にデコピンをして、痛いよと言う藍染を無視し、メニュー選びを再開した。

「チャーシュー大盛り以外に煮卵もトッピングせぇや、好き嫌いはよくないで眼鏡センセイ」

「ゆで卵はどうも好きになれないから、嫌がらせは辞めて欲しいな」

それから1年弱。

 校内、近隣高校との抗争は黒崎一護が勝者となり束の間の平和が訪れる。

 平子は高校を卒業し、ようやく二人は恋人同士になった。


***

「奥さん、誕生日に僕に何かしてほしいことはありますか?」

 藍染はベッドの中で平子の腰に腕を回して問いかける。

 平子は、ふと思い出したように口を開いた。

「そういやアレ、俺の誕生日やったな」

「…駄目な記憶を思い出させてしまったね」

「今思い出しても腹立つわァ」

「心外だな、あんなに優しくしたのに」

「めっちゃ手慣れてると思った」

「それは……経験豊富なので」

「はっ倒すぞこの色ボケメガネ」

 平子の唇を指で押さえつけ黙らせた藍染は、平子の目を覗き込んだ。

 そして、静かに尋ねる。

 その瞳の奥に灯っているのは、紛れもない情欲の色だった。

 藍染は平子を抱き寄せ、首筋に顔を埋め、ゆっくりと息を吸った。平子は藍染の首に腕を巻き付け、くすぐったさに身じろぐ。藍染は平子の首元を甘く噛み、舐めたり、吸い付いたりする。次第に熱を帯びていく身体を持て余し、藍染にしがみつく。

「子どもに会いたい?」

 不意に問いかけられ、平子は思わず吹き出してしまった。

「会いたいってなんやねん」

 ムードもへったくれもあったものではない。

 藍染は不服そうな表情を浮かべるが、照れ隠しに気づいており、すぐに笑みをこぼす。

 平子の長い髪を撫でながら、藍染はもう一度、今度は優しい声で尋ねた。

平子は藍染の胸に頬を寄せ、呟く。

小さな声で、だがはっきりと。

藍染はその言葉を聞き逃さなかった。

 平子の耳に何度もキスを落としながら、愛おしくて堪らないといった様子で微笑む。やがて二人の夜は更けていった。


 藍染はベビーベッドの中の長女に視線を落とす。

「もうすぐお姉さんだよひぃさん」

 親バカというのは恐ろしいものだ。娘が世界一可愛く見える。

 人間、特に赤ん坊という生き物は計算通りにはいかない。未だ言葉を知らない長女、向日葵は夜もマトモに眠らず、感情が表情に出ずなぜ泣くのか、という判別が難しい。しかし、そんなことを言い訳には出来ない。

 藍染の中に前世、娘の成長を見守れなかった心残りが僅かながらあるからこそ、今世では自分の持てる全てを与えて育てようと密かに誓ったのだ。

「面倒みてくれて悪いな惣右介」

「駄目だよ2人目がお腹にいるんだから、休める時に休んでおかないと…向日葵と目線が合わないのはどうしてなんだろうね?」

「まだ産まれたばかりやから、これからやろ」

「こんなに可愛い娘を産んでくれてありがとう奥さん」

 平子は耳にタコ、なんて顔をしているが実際向日葵が可愛いのだから仕方がない。

「惣右介お前、また変なこと考えてるやろ」

「何も考えていないよ。ただ幸せだなと」

「アホか」

平子は呆れたように溜息をつく。

 藍染は向日葵の頬をつつき、笑いかける。向日葵の目が2人をじっと見つめてきた。

「あーあー、五月蝿いからお昼寝出来ひんて。悪いパパやんねーひぃちゃん」

「ママには敵わないな」


***

 違和感に気づいた時には藍染惣右介は見知らぬ場所で死んでおり、平子には幼い娘達とマンション、車だけが残った。

 藍染は秘密結社を作り護廷高校関係者を洗脳と催眠で支配し、ゆくゆくは優れた人間による社会の支配を目論んでいたらしい。

 日番谷やその妹、護廷高校の伝説黒崎一護を含める卒業生達はその野望を打ち砕くため、別の強大な組織に属し、実際に藍染が作り上げた秘密結社は瓦解したそうだ。

 前世の記憶が無い平子だけが蚊帳の外だった。

 藍染が死んだ後に平子は前世の記憶を取り戻した。取り戻したというよりは、突然思い出したと言った方が正しいかもしれない。再生速度を変更出来ない動画が、過去の記憶が流れ込んできた。それは途轍もなく長く苦しい旅路だった。

平子は藍染が死んだことに関して、悲しみだとか、寂しさといったものを感じてはいない。

平子が口にしたのは、

「…なんで今回は刑に服さんねん。待っといたるのに」

 藍染に施された洗脳調教が解けていないのだろうか。考えるが、どうでもよかった。藍染を赦すことは無いし、どうあれ守るべき愛する家族がいる。

それさえわかれば十分だと思えた。


***

「お前は何処まで行っても自分勝手な奴やなァ」

 平子は窓の外に広がる青空を見て、独り言ちた。本当は藍染に話しかけたつもりだが死人に口無しだ。

 もしかすると藍染は平子の側に留まり、前世のようにぺらぺら饒舌に話しているのかも知れないが、生憎この世界の平子と娘達には幽霊を見る力が無いし、霊と話す機械も発売は未定だ。

 年子で同学年、今年8歳になる向日葵と撫子は、何故藍染が帰ってこないのか、何となくわかっているようだ。

 この家にテレビは無いがタブレットはある。真実も不確かな情報も閲覧することは可能だ。

 娘達に父親の真実について尋ねられたらどう答えるか、ずっと考えている。

 籍を入れ損ねていた為藍染の骨が平子の元に届くかもわからないが、最期まで付けていたらしい、娘達が選んだ眼鏡くらいは帰って来ないだろうか。無理なら自分達だけで藍染に別れを告げてやろう。

「さっさと成仏せぇよ眼鏡センセイ」

 俺も多分あの子らも、今世でお前と会う気ないからな。平子の呟きは、誰の耳に入ることもなく空気に溶けていった。



・藍染なので妻子抱えても世界手に入れようとする(失敗1)

・平子は職についてるし過去に囚われず前を向いて生きる

・ひまわりは「ひ」よ里、「ま」しろ、「リ」サとおねえちゃん一人称「わ」たしの姉ネーム

・チャイシ付けられなかったので倫欠藍染篇に続く

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