Youthful Phony Tale 1
平子真子が護廷高校を選んだ理由は家庭環境が余りよろしくないだとか不良相手に暴れ回るのが好きだとかではなく、『家から一番近く、且つ奨学金が出る高校』以上の理由はない。
入学前、高校説明会にて配布された教科書や補助教材をボストンバックに詰め込みながら平子は、これから三年間を過ごすことになる校舎を見渡した。
流石名門校。今の時点で髪を染めている者や、眉を全剃りしている気合いの入った者もいる。しかしそんなヤンキー共も親と一緒だからか、大人しく採寸されたり教科書を購入したり。
俺もコイツらも1人でデカくなったよォな面しとるとけど、今風邪引ィたら小児科に罹るデカいガキやねんよな。なんて思いつつ、一通り見渡し終えたところで荷物を持ち上げる。母親が急な仕事の為、1人で荷物を持って帰るのは仕方ないが、いかんせん重い。家が近くて助かった。
「帰るか」
正門へと足を進めようとした時だった。ふと視界の端に映った人物を見て足を止めた。
身長の高い、黒縁眼鏡の男。
(なんか見たことあるな、あの眼鏡)
その顔に見覚えがあるようなないような。首を傾げた瞬間、気が付いた。
エレベーターで偶に遭遇する同じマンションの住人だ。
平子に必ず「何階ですか」と聞いてくるやたらと声の良い男である。
名前は知らないし興味もないのだが、何故か印象に残っている。いつもチェーン店の弁当袋を手に提げていたからだろうか。
まあ良い。さっさと帰ろう。そう思って再び歩き出したのだが、目が合った男が近寄ってくる。
「平子君だね?教師の藍染です。入学説明会に君1人で参加するとご家族から連絡を貰っていてね。この資料を先に渡しておこうと思って探していたんだ」
差し出されたのは茶封筒に入ったパンフレットと補助教材。
ああどうも。なんて言いながら受け取ると、男は苦笑しながら口を開いた。
その口調には渡すのが遅れてしまい、なんて申し訳なさそうな様子が伺える。
しかしそれはこちらも同じだ。
「気にせんといて下さいセンセー。この学校ならよくある話やろ」
「いや、でも……今日中に一度目を通しておくよう伝えてください。わからないところがあったら遠慮なく連絡してくれて構わないですと」
「はい。センセーさようならー皆さんさよーならー」
ひらりと手を振り踵を返した直後、背後から呼び止められた。
振り返ると藍染と名乗った男がこちらを見下ろしていて、「何ですゥ?」と聞き返すと、彼は少し迷う素振りを見せた後、静かに口を開く。
「その荷物一式、君だけで持って帰れるかい?女の子には重たいのでは?」
「大丈夫です。この学校に入学すんのにそんなヤワなこと言う奴おらんでしょ」
「車で送るよ」
「あぁん?」
「家まで送らせてくれないかな」
正直ありがたい申し出だ。だが、この男と2人になる時間はなるべく避けたい。
何故かは分からないが恐怖を煽られるのだ。自意識過剰と言われればそれまでなのだけれど。
とは言え断っても引き下がらないだろう。そういう顔をしている。
面倒くさいオッサンだ。
「すんませんけどォ……」
「頼むよ。僕に君を送る理由を作らせてほしいんだ」
断ろうとした言葉を遮って告げられた言葉に目を見張る。
どういう意味やと問い返そうとしたとき、男の視線が自分の手元にあることに気が付く。茶封筒を持っている平子の手に、藍染の手が重ねられていた。
ドッ、と
まさか。いや、それはまさか
「お巡りさんこいつです」
「え?…違うよ?!スマホの緊急通報を辞めて欲しいかな!?」
「ちゃうんかー!びっくりしたァ!」
勘違いでよかった。もし本当に警察沙汰になって冤罪だとしたら流石に申し訳ない気持ちになる。
安心したところで改めて断りを入れようとすると、今度はその手を掴まれた。
なんやこいつ。
「平子君はこの後予定あるの?」
「はあ?ないデスけど……」
「じゃあ決まりだ。車を取ってくるから正門前で待っていてくれるかい?」
そう言って背を向けた男に呆然としつつ、頭の中で警鐘が鳴る。
これはまずいと本能的に察知するも時既に遅し。
駐車場に向かって歩いていくその後ろ姿が見えなくなった頃、ようやく我に返る。
「アカン。怖いわアイツ」
こうして平子は、謎の恐怖心を抱く藍染という男と共に帰宅することになったのであった。
「何で家知っとんねんホンマキショ」
「僕は君と同じマンションだし。それに僕は教師だよ。生徒に何かあったら責任問題に発展するじゃないか」
「そないな問題が起きた時点で俺の高校生活終わるわ」
「大丈夫、心配はいらないさ。何も起きないように最善の努力をするから」
「それ最悪の努力やんけ!!!!」
(最悪な気分だ)
平子を隣に乗せた藍染は、その横顔を見て思わず息を吐いた。
その顔も、艶のある癖のない金髪も、細い身体つきも。全てに覚えがある。
「着いたね」
「お願いやから駐車場に車入れようとすんな?もうここ、マンション前で降ろしてくれ。まだ仕事中やろ?はい、ありがとうございました藍染センセイサヨナラー」
「……部屋まで持っていくよ」
「勘弁してくれ。何されるかわからんのめっちゃキショいねん」
「何もしないさ。約束する」
「信じられるかボケ。オカーサンに言われとんねん。男は狼、自衛は大事ってな」
「殊勝な心がけだね」
「とにかく帰る。ほなな」
「あっ……」
後部座席から荷物を運び出しエントランスを抜け、そのまま走っていく平子の背中を見つめる。
その足取りは急ぎ気味だった。やはり警戒されてしまったようだ。
あの日、エレベーターで相乗りになった少女の姿を見て藍染は動きを止めた。止めざるを得なかった。
永遠に会う事が叶わなくなったかつての上司にそっくりで、思わず名前を呼びそうになり藍染は口元を抑える。こんなことはあってはならない筈だった。亡霊だってもう少しマシなタイミングで登場するだろう。
「何階ですか?」
「12階お願いします」
声を聞く。平子真子だ。あなたの名前は平子真子ですか。前世の記憶はありますか。
聞けなかった。
何故なら彼女は、こちらを一ミリたりとも見ていないからだ。
「……わかっていたさ」
平子真子に記憶がない事は。
藍染はぽつりと呟き、ハンドルを握った。
高校へ車を向かわせながら、これからどうしようかと考える。
正直、今世で平子と話す事など何もない。
もし平子との間に何かが芽生え、再び娘達に会えるのならばそれはそれで構わないと思う。
だが今の平子にとって、自分は同じマンションに住む怪しい教師に過ぎない。今更平子真子に干渉するのも面倒だ。どうでも良いと思ってしまう。
「……どうしようかな……」
藍染の悩みなど露知らず、平子は自宅へと飛び込んだ。鍵を掛け、電気をつけ、教科書類を自室に入れるなりベッドに倒れ込む。
今日はいつも以上に疲れた。
「なんやったんアイツ……」
あの藍染とかいう男と、今日初めて話したとは思えない。
何故か昔から知っているような妙な感覚がしたのだ。
「……まさかストーカーちゃうやろな」
そうだとしたら警察に通報しなければならないのだが、何故か躊躇われた。
だってそんなはずがないのだ。
自分が藍染惣右介を知っているなんて、そんなことあるわけがなくて。
「……」
有り得ないと思いながらも、不安が胸に広がる。
まるで心臓に氷を当てられたかのような寒気が全身を襲い、平子はぶるりと肩を震わせた。
・話す事はないと言うが…な藍染
・何故か下の名前を覚えてる平子♀
・車の後部座席にチャイシ2台つけるまで続く