W妄想SS

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「……福井小春です」


 親父が連れ帰ってきた小学生の女の子は、今日から俺の妹らしい。漫画みたいな展開に言葉が出なかった。


「同僚夫婦が事故で死んじまってな。他に身寄りもないから引き取った。小春、こいつ俺の息子の紡な」

「そういうのって顔合わせとかしてから決めんじゃねーの……?」

「いろいろ訳ありなんだよ。ほら、飯食いに行くぞ。小春ちゃんの歓迎会だ、寿司にするか? 焼肉にするか?」

「金欠のくせに何言ってんだクソ親父」


 急に新聞記者を辞職して探偵になり、浮気調査だペット探しだでギリギリ生計を立てている親父が、俺は嫌いだった──いや、嫌いになった。悪を許さずペンで戦う、俺のヒーローだった親父はもういないんだと思い込んで、ガキみたいな意地を張っていた。


「……紡、さん、よろしくお願いします」

「…………おう」

「何だお前ら、今日から家族なんだぞ。もっと笑顔で話せよ」

「うるせえ。喋ってる暇があるなら依頼取りに行けよ」


 今思えば本当にバカだった。親父が小春を引き取った理由も、思いも、何一つ知ろうとしなかったのだから。

 ──親父が交通事故で死んだのは三年後。

 小春が四年生になってすぐだった。


♢♢♢


 紡くん起きて、と小さな手に揺さぶられる。


「おはよう、紡くん。朝ご飯できてるよ」

「あー……と、五分……」

「ダメだよ。健康な一日は朝ご飯から始まるの。もうお昼だけど」


 夜シフトでくたびれた体に小春の声が沁み入る。少ない遺産とバイトで何とか食いつなぐ日々もそろそろ限界かもしれない。だが、親父も死んじまった以上、小春を育てられるのは俺しかいないのだ。

 テレビか何かで覚えたのだろう、小春は最近『お嫁さん』を自称し始めた。フリフリのエプロンを着けてキッチンに立つ。悪いと思いつつ、バイト漬けの日々で疲れた俺は頼りきりで、ますますお嫁さんブームを加速させている。


「今日は目玉焼きだよっ、早く起きて」

「いつもそれじゃねえか」

「いつもと違う焼き方にしたの!」


 ちょっと焦げた目玉焼きに蜂蜜をかける。正気の沙汰じゃない食べ方だが、親父はこれが好きだった。甘ったるくてベタベタでクソまずい。コーヒーで流し込んでどうにか飲み込める代物だが、俺は毎日これを選んでいる。

 

「ごちそうさま。俺、用事あるから」

「どこ行くの?」

「求人誌貰いに行くんだよ」


 適当な言い訳で家を出た。

 小春はいってらっしゃいとも言わなかった。


♢♢♢


 道端でメガホンを持って演説している男は、どこか虚ろな目で「あなたもレアリテの恩寵を、醒めない幸福を」と繰り返していた。

 十数年前に突然現れ、今じゃどこでも演説している奴がいる新興宗教団体レアリテ。通行人が怪訝そうに睨むのもかまわず話し続ける信者はもはや名物だ。

 俺はフードを目深にかぶって通り過ぎる。

 知っているんだ。親父はあいつらに殺されたって。パソコンの隠しフォルダ(パスワードは聞いていたが、エロ画像だと思って無視してた)に入ってたメッセージには、自分がレアリテを探るため探偵になったこと、小春の両親も多分レアリテに殺されたということが書かれていた。

 そして、絶対にレアリテには関わるな、と。

 俺はそのフォルダをパソコン本体ごと破壊して、バイト漬けの日々に戻った。

 朝から晩まで働いて、ヒーローで居続けた親父を忘れないためクソまずい目玉焼きを食べ続けて、べたつく甘みも悪くないのかと思える程度には時間が流れて……何も変わらなかった。レアリテは規模を増し、小春は五年生になり、俺が勤めてるコンビニの店長が変わって、それくらいだ。


「私たちは幸福です! 私たちは楽園に向かいます! さああなたもレアリテの扉を叩きましょう! 私たちはあらゆる心を歓迎いたします!」


 ヒートアップする演説から逃げ続けるうち、気づけば薄暗い路地裏にいた。どこをどう歩いたか覚えていない。戻ろうと振り向いた視界に、わかりやすいチンピラ数名が映る。タバコの吸い殻を散らかし、次は誰をカツアゲしようかとくだらない相談中だ。


「つまんねーことしてんじゃねえよ」


 俺は気づけばそいつらに絡んでいた。こんなところでトラブルに首突っ込むくらいなら、落ちてる小銭でも探したほうがよっぽど有意義なのに、口は勝手に動く。


「なんだよてめー」

「うーわ、やば、葉っぱ見られたくね?」

「は? めんどくせ。……あれやっとくか」


 あれ、とはなんだろう。

 考える一瞬のうちに蹴りが突き刺さる。食ったばかりの昼飯が胃の中で暴れた。そういや俺、喧嘩なんてできねえんだっけ。

 次に感じたのは熱。何かがドロドロ滴り落ちる感触。見下ろせば腹にナイフが刺さっていた。

 ああ、バカみてえ。

 親父みたいなヒーローにもなれないまま、小春を置き去りにして死んじまうのか。


「──たち! 何をしているんだ! 待っていろ、すぐに救急車を……」


 薄れる意識で、駆け寄る男の気配を感じた。

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