W2号SS

W2号SS



 Bは特に目的もないまま街を歩いていた。せっかくの休日だというのにAのようなトレーニング三昧はつまらない。貯まるばかりの給料をパーっと使ってやろうと思ったのだ。

 だが繁華街に出たところで、きゃあっ、と悲鳴が聞こえた。歩道の端に女性が倒れている。やや離れたところに柄の悪そうな男が二人、ちらりと振り向いてから足早に歩き去った。ぶつかって転んだ女性をそのまま放置というところか。

「大丈夫ですか?」

 腐っても仮面ライダー、女性をそのままにはしておけない。Bはそんな使命感を言い訳に話しかけた。

「……ありがとうございます」

 女性はゆっくりと体を起こし、乱れた前髪を軽く払う。そして立ちあがろうとするも再びよろけ、今度はBに抱きつく形になった。

「おっと」

「す、すみません……ヒールが、折れたみたいで」

「良かったら、靴、買ってきましょうか。そこの雑貨屋にサンダル売ってたはずなんで」

「そんな……大丈夫です、自分で行けますから」

「いえ、不安定で危ないですよ。そこにベンチあるから座っててください」

 ヒーローたるもの困っている人は助ける。決して胸が当たった罪悪感を誤魔化す訳ではない。急いでピンクのサンダルを買い、女性へ渡す。幸いにも怪我はないようだった。

「何から何まですみません。……その、今日は急いでいて。改めてお礼をしたいのですが、連絡先を教えていただけませんか?」

 Bは大喜びで携帯を取り出した。喧嘩ばかりで女っ気のない日々を送り、挙げ句の果てに野郎同士で合体して仮面ライダー。ようやく訪れたモテのチャンス、しかも相手はなかなかの美人である。

 女性はBとメールアドレスを交換し、まだ履きなれないサンダルでぎこちなく歩いて行った。ヒールを脱いだにもかかわらず、真っ直ぐ立つとBと変わらない身長だった。

「──ってことがあってよ。俺もついに春が来たってことだ」

「良かったね。産業スパイかもしれないから連絡先見ていい?」

「いきなり嫌なこと言うなよ。ま、いいけど」

 Aはアドレス帳を開いた携帯に目をやり、何やら考え始めた。名前を読むのには数秒で事足りる。まさか本当に産業スパイ、とBが不安になり始める頃、ようやく顔を上げたかと思えば「いいんじゃない」の一言。

「……変な態度だな。マジでスパイか? まさかお前の元カノ?」

「そんなんじゃないよ。じゃあ僕、書類仕事あるから」

「ふん。あとでごちゃごちゃ言っても遅いからな」

 Bがむくれてベッドに転がる。Aはそっと部屋を出て、過去の報告書が集められた書庫へ歩いた。閲覧制限は無く、所属していれば誰でも入れる部屋だ。迷わず引き出したファイルには『訓練生襲撃事件について』とある。

 一年前、仮面ライダー候補生たちが野外訓練を行なっていたとき、たまたま居合わせた怪人が彼らを襲った。被害は大きく死者数名、重傷が数十名。訓練生たちの抵抗に耐えかねたか、あるいは格下をいたぶるのに飽きたのか、怪人は姿を消し未だに捕まっていない。

 死者のリストを見て、はあ、とため息ひとつ。

 そこにはBが連絡先を交換したという女性の名が印刷されていた。

***

 出動要請を受けたAが現場へ到着すると、先に着いていたらしいBが例の女性を守るように立っていた。「俺がなんとかするから逃げてくれ」などと格好いいセリフで決めている。Aはそっと背後に近づき、チョークスリーパーをかけた。締め落としたBを寝かせてから変身する。

「……厄介だな」

 独り言をかき消すような変身の音。

 Bに庇われていたはずの女性が変身したのだ。Aはちらりと横を見る。報告書や噂に聞いていたが、実際に会うのは初めてだ。

「お互い非番なのに大変ですね」

 明らかな男性の体型で佇むその仮面ライダーは、申しわけなさそうに頭を下げた。

 ──一年前の事件で亡くなった一人。有望株だったその女性には弟がいた。彼も訓練に参加しており、最初に攻撃を受け気絶。事件のことは何も覚えていないらしい。意識を取り戻した病院で彼が聞いたのは、最愛の姉の死。そして死に際の願いで、彼女の心臓やその他組織が自分に移植されたという事実。拒絶反応を抑えるためやむを得ず仮面ライダー適合手術も行われ──つまり彼は、望まずして力を手に入れた訳だが。

(心が耐えきれず、自分を姉だと思い込むようになった……書類上はもちろん弟として扱われてるけど、Bに教えたのは私用のアドレスだから姉の名前を使ってたのか)

 Bはもちろん事件のことも、彼女……もとい彼のことも知らない。ひとまず気絶で誤魔化したが、今後同じ手は使えないだろう。一年前の事件を知っておけとは思わないが、せめて運命のお相手が男なことくらい気づかないの? と呆れるAだった。

***

「……お前、殺したはずだぞ」

 怪人が首を傾げる。

「前に出会って、殺すぐらい傷付けた。なんで生きてるんだ?」

「それ、は」

「…………いや、違う。匂いが違う。似てるけど、殺したやつじゃない」

 W2号は震える手で変身を試みるが、ベルトの操作さえままならない。その間にも怪人は一歩ずつ近寄り、ついにW2号の顎を持ち上げた。

「思い出した! お前、最初に殴ったやつだ!」

 Bは状況が理解できず、Aと怪人を交互に見る。

「ち、違う。私は……私は……あの子じゃ……俺じゃない……」

「あいつ、言ってた。『弟を傷付けたお前を許さない』と。だが俺に負けた。なぜ自分以外のために戦うか、とても不思議だったのに、教えてくれなかったんだ」

 言葉は滑らかに続く。もはや誰も止められないまま、怪人はW2号をじっくりと眺め、醜悪な笑みをつくった。

「そうか。そうかぁ。お前、あの弟なのか!」

 怪人が心底嬉しそうに叫んだ瞬間。 Bはメモリを掴み、無理やり変身して二人の間に割り込んだ。主導権を握るはずのAは止めに入らない。

「おい。そろそろ相手してくれよ」

「……今日は、戦わない。面白いことが起きそうだからな。俺は、楽しいことを、大事にするんだ」

 Bの挑発など聞く価値もないというような態度で去っていく怪人。背中が完全に見えなくなった頃、Aが語りかける。

『W2号を連れて帰るよ』

「ああ」

『変身はそのままで頼むよ。彼、ちゃんと重いから』

「……帰ったら、事情全部話せ」

『言わせてもらうけど、報告書とか過去の記録を読んでれば普通に書いてあるからね』

 音のない言い争いをしながら基地へ帰る間、W2号は「ごめんなさい」「姉さん」をうわ言で繰り返していた。

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