Under The Sea(魚人島4)
Name?戦闘自体は、ずっと“麦わらの一味”優勢で進んでいた。
しかし、話はそう簡単には終息しなかった。
海賊バンダー・デッケンによる“ノア”という巨大船の投擲。
それにより、魚人島は崩壊の一途をたどる。
人魚姫の奮闘も空しく、“ノア”は、再び魚人島への落下を始めた。
そのことに真っ先に気が付いたのは、戦闘の全体を俯瞰していたウタだった。
(ルフィ……!)
いや、おそらくルフィは無事だろう。
場所の有利不利で変わる程度の実力差ではなかったはずだ。
だが、問題は、あれをどう止めるか。
ルフィがホーディを倒そうとも、一味が“新魚人海賊団”を無力化しようとも、“ノア”が降ってきてしまえばそれも水泡に帰してしまう。
魚人島のシャボンが割れれば、水中で息のできない人間は皆死んでしまう。
いや、息の問題ではなく、水圧の問題もある。この海底にある魚人島には、本来はとてつもない水圧がかかっているのだ。シャボンがなくなれば、その水圧が居住区を圧し潰すことは想像に難くない。
ルフィなら何とかしてくれる。
そう信じるだけなら簡単だ。
だが、本当にそれだけでいいのか?
ウタは自分に問いかける。
わたしにできることは、何だ?
「ブルック!!」
オオセの魚人との戦闘中のブルックに、ウタが声をかける。
「どうしました、ウタさん? ────っと!」
ブルックが振り返った時には、目の前にギターが迫っていた。
ウタが投げて寄越したらしい。
「おれから目を離すとはいい度きょウッ──!」
オオセの魚人がブルックを襲おうとしたところを、ウタのマイクスタンドが一閃する。
鈍い音を立てて、側頭部にクリーンヒットした一撃に、オオセの魚人は意識を失った。
「わたしたちも上に行こう! ルフィにも助けが必要かもしれない!」
ウタはその魚人には目もくれず、ブルックに詰め寄った。
ブルックは剣を鞘に仕舞いながら、落ち着いて言う。
「あちらはルフィさんに任せたのです。私たちの役割は──」
「任せたのはホーディを倒すところまででしょ!」
ウタの言葉に、ブルックは「そうでしたね」と言う。
ブルックは少し思案気に口元に手を当てる。
「あの船は、確かに厄介です」
「でしょ? わたしたちだけの問題じゃないから、ルフィに頼るだけじゃなくって、できることはやっておかないと!」
「どうするおつもりですか?」
ブルックの問いに、ウタはその白面を真っ直ぐ見て答える。
「戦況を見ると、正直こっちは人手が足りていると思う。ルフィもあのホーディとかいう男に負けるとは思えない。だけど、時間が足りなくなる可能性があるでしょ。あんな大きいもの、もう止める手立ては一つしかないだろうから」
「壊すつもりですか?」
ブルックの言葉に、ウタは「当たり」と応えた。
「できる限り壊しておけば、ホーディを倒した後のルフィの負担も減るでしょ」
「……その様子だと歌うつもりみたいですね、『Re:Tot Musica』を」
「うん。今のわたしには、それしか手段はないし、そのための編曲と修行でしょ?」
この一年で行ったのは、『Tot Musica』の編曲と、それによって変質した“魔王”の力の制御。
変質した“魔王”の力は、原譜により呼び出された“Tot Musica”には遠く及ばない。
それはそうだ。
あの荒れ狂う暴虐の力を御するために編曲したのだから、それで元の力も持っているなんて都合のいいことは起こるはずもない。
(…………本当に最悪の場合は──)
原譜を歌う。
原譜『Tot Musica』の制御は、試したことすらない。だから暴走してもおかしくはないし、もしかしたら“Tot Musica”による被害もでるかもしれない。
それでも。
「……何もしないで最悪を待つなんて、嫌だ」
ウタは自分に言い聞かせるように呟く。
ブルックは小さく溜め息を吐く。
この二年で、ブルックはこうなったウタの頑固さをよくわかっていた。
「……ちなみに、私が行く必要は?」
「ブルックの演奏があった方が歌いやすいし、たぶん制御もしやすいから」
ブルックとゴードンと一緒に編曲したもので、修行もブルックと一緒に行ったのだ。
初めての実戦投入をするなら、彼がいた方が心強いとウタが思うのは、自然のことだった。
同時に、もしウタ自身の体力が尽きた場合のことも考えなければならない。
あの曲は、一曲をフルで歌えば、それだけで起きてられない程の体力の消耗があるのだから。
「……ではまず、ルフィさんの使った、シャボンの出るサンゴと同じものを探しましょう。あれがなければ、私たちは海へと出られない」
「話は聞いた! これを!」
そう言って、ジンベエがサンゴを二つ、ウタに向かって放り投げる。
それをキャッチして、ウタは「ありがとう」と言うや否や駆けだした。
目指すのは──。
「メガロ!!」
しらほしと一緒にいたサメを見つけると、ウタは彼に駆け寄った。
「しらほし姫を手伝いに行こう!」
────
ウタとブルックが、竜宮城への連絡路から海へ出る。
ウタたちはメガロにまいた命綱を握り、決して落ちないように気を付ける。海底に着きたてのルフィたちの二の舞はごめんだ。
「メガロ、待って!」
ウタは命綱を引き、メガロに声をかける。
「あっち!」
ウタの指さす方向を見ると、真っ逆さまに海底へと沈んでいく人影が見えた。
「あれは……王子様、でしたか?」
ブルックの呟きに、メガロが驚いたようにそちらの方へと泳いでいく。
果たしてそれは、ブルックの見た通り、大怪我を追ったフカボシ王子だった。
「ハァ、ハァ……、君たち、何故ここへ……?」
「ルフィさんの手伝いに」
「止まらないなら、あの船を壊さなくっちゃ」
息を荒げながら訊くフカボシに、ブルックとウタが応える。
驚いたように目を見開いて、フカボシが言う。
「ゼェ、しかし、あの船は、壊してはならないと父上が……」
そのフカボシの台詞に、ウタは眉根に皺を寄せて怒鳴った。
「人の命に代えられるなら、あんな船安いものでしょう!!?」
「ヨホホ、ウタさん落ち着いて」
ブルックがウタを嗜めるが、その言葉には、どこか嬉しそうな響きが乗っている。
フカボシは自嘲気味に笑うと、「いや」と首を振った。
「そこの人間の言う通りだ。人命に勝るものはない」
まったく、とフカボシは体を起こすと頭を抱えてから、深いため息を吐いて、取り出した電伝虫に向かって語り出す。
「おい、“麦わら”、聞こえているか?」
ホーディと未だ戦っているルフィに向けて、声をかける。
「ホーディ・ジョーンズの……正体が、わかった」
苦悩したような声色のまま、フカボシは語る。
曰く、ホーディは環境が生んだバケモノとのこと。
先ほどの戦闘にて、ホーディと交錯したときにフカボシの放った『人間は一体お前に何をした』という問いへの返答は、
『何も』
だった。
虐げられてきた歴史による恨み。それを忘れまいと脈々と語り継がれた怨嗟の結晶。
先人たちの怨みの風化を恐れ、人間たちへの怒りが冷めることを恐れた者たちにより生み出された怪物。
彼らの恨みには、“体験”と“意志が”欠如している。
実体のない、がらんどうの敵。
その空虚こそが彼らの正体だと、フカボシは言う。
それを聞き、ウタの瞳が揺れた。
それは、身に覚えのある感覚だった。
伝聞の恨みに義憤し、全てを悪だと断じて、最愛の人たちをも恨もうとしていた自分。
“海賊嫌い”。
(わたしも、ブルックと逢わなければ、ああなっていたのだろうか)
つまりは、恨みと憎しみを募らせた、ウタのIFの姿。
なるほど、とウタはジンベエの思慮が正しかったことを実感する。
このような怨嗟の淀んだ島で、魚人を止めるために人間が暴れてしまえば、それは次の怨嗟を生むだけに過ぎない。
そんなウタを気に留めずに、フカボシは続けた。
「我々は、表面ばかり取り繕って、前進したつもりになっていた! だが、本当に向き合わなければならない敵は、内側にいた! 我々は、まず内側と戦うべきだったんだ!!」
いつしか、涙を流しながら、フカボシが叫ぶ。
このままでは、その内側から出た闇によって、魚人島は滅んでしまうと。
「頼む、“麦わら”! お前の手で、この魚人島を、ゼロにしてくれ!!!」
その悲痛な叫びに、電伝虫からルフィの声が聞こえた。
『全部任せろ、兄ほし。友達じゃねェか!』
当たり前のようなルフィの言葉に、フカボシは口元を抑えて泣き崩れる。
ウタは、そのルフィの言葉に自然と口角が上がった。
いかにもルフィらしいその物言いは、かつてウタの乗っていた船の船長を思い出す。
“赤髪海賊団”の大頭、シャンクスのことを。
だが、微笑ましい気持ちでばかりではいられない。
「ルフィ、聞こえる?」
『ウタか!?』
うん、とウタがフカボシの持つ電伝虫に語り掛ける。
「ホーディを倒した後は?」
『もうこれをブッ壊すしかねェだろ! 任せとけ!』
勇ましく言うルフィに、言うと思った、と返してウタは続ける。
「わたしもそっちに行って、先に壊し始めてるよ。とっておきがあるんだ」
『ししし、それはできねェよ!』
ルフィの返答に、ウタは顔を顰める。
「なんで?」
『もう、次でホーディと決着つけるからな! 先に始めてるから、後から手伝ってくれ!』
「! うん、頼んだぞ、船長」
『おう!!』
島一つの命運をかけた戦い。
ウタはルフィが気負ってやしないかと心配していたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
いつも通りのルフィだ。
なら、あとはやるべきことをやるだけだ。
ホーディを倒したルフィと合流し、この船を壊してでも止める。
「メガロさん、私たちも行きましょう!」
ブルックが、メガロに巻き付いた命綱を引いて声をかける。
メガロが旋回して、“ノア”に向かって泳いでいく。
ウタたちが、船を見上げる。
途方もなく大きな船だ。
島一つ程はあるのではないかと見紛うほどの。
ウタは“ノア”を睨みつける。
せっかく時代を変える冒険に出て、すぐに夢潰えるのは堪らない。
(さあ、正念場だ!)