Under The Sea(魚人島3)
Name?魚人島、ギョンコルド広場──。
そこは今、まさに混迷の真っただ中にあった。
柱に縛り付けられた王と王子。
拘束されて地面に転がる人魚姫とジンベエ。
魚人の無法者と元海賊の奴隷、合わせて十万に上る反乱の兵士たち。
魚人島随一の占い師が、反乱を起こした“新魚人海賊団”の船長に言う。
この魚人島を滅ぼすのは、お前ではなく“麦わらのルフィ”である、と。
それに激高したように、占い師に攻撃を加え、“新魚人海賊団”の船長、ホーディが言う。
彼の計画は十年前から始まっていたこと。そして、
「王妃オトヒメを殺したのは、おれだ!!!」
人間との共存の道を説いた心優しき王妃を、自らの手で殺したことを暴露する。
青筋を立てながら、邪魔だった、目障りだったとのたまいながら、雑言を叫ぶホーディに、人魚姫が言う。
「知っていました」
と。
恨みを残さないために、人魚姫しらほしは、彼の罪を知ってなお、それを誰にも告げなかったのだと。それが母との約束だから、と。
それを「間抜け」と罵って、高笑いをしながらホーディは、縛られた王と王子に攻撃を加える。弾かれた水滴が、弾丸のような鋭さを以て、王たちに血を流させる。
ギョンコルド広場にいる民たちは、悲鳴を上げる。
そして──。
「“麦わら”はいつ来るの?」
「おれ、国を滅ぼされるなら、今がいいな!!」
占い師にかけられた、そんな子供たちの言葉から、祈りの声は伝播する。
「おい海賊“麦わらのルフィ”ー!! いつかこの島を滅ぼすなら!! 今来い!!」
「今すぐここで暴れろォー!!」
「今すぐ来ォーい!!」
「“麦わら”!!」
「“麦わら”ー!!」
島民が、口々に宿敵に成り得る男の名を叫ぶ。
ホーディはそれに苛立ったように、縛り付けた柱が折れたせいで地面に倒れ伏した王の下へ歩み寄ると、民衆に向かって怒鳴る。
「血迷ったバカ共を現実に戻してやろう!! よく見ておけ!! 先代国王ネプチューンの頭が飛び散る様を!!!」
悲鳴が上がる。
悲鳴が上がる。
悲鳴が、上がる。
「ルフィ様あ! お父様をお守りください──!!」
大粒の涙を流して、“麦わら”に助けを求めるしらほし。
助けはこないと確信するホーディの口が、歪む。
「恥知らずのリュウグウ王国は終わりだァーっ!!」
ホーディが勝利の宣言をして、王の首に手を掛けようとする。
しかし。
人魚姫と一緒に拘束されていたサメが、何かをコロリと吐き出した。
それは目にもとまらぬ速さで広場を駆け抜けると、今にも国王を殺そうとしていたホーディの腹に、重い蹴りを食らわせた。
「グオォ……!!!」
口から血を吐いたホーディが、吹き飛ぶ。
ドゴン! とけたたましい音を立てて、ホーディのぶつかった建物がガラガラと崩れ落ちた。
そこからは、電光石火だった。
鍵を奪った“麦わらの一味”がしらほしやジンベエの拘束を解き、そしてコーティングの修理を終えたサウンドサニー号の“ガオン砲”が火を噴いた隙に、ネプチューンはじめ拘束されていた王族を奪還する。
魚人島の地に降り立ったサニー号から、一味の船員が現れる。
城で捕まっていた三人も、来る途中で合流していたようだ。
勢ぞろいした一味に向かって、島民が声を投げかける。
「“麦わら”が来た!」
「姫様の声に応えたんだ!」
歓声と。
「お前らは、味方か!? 敵か!?」
そして、疑問。
それに対し、船長“麦わらのルフィ”は腕を組んで応えた。
「敵か、味方か……そんなの、勝手に決めろォ!!!」
────
ドクン──
広場を、形のない衝撃が駆け回り、多くの人が泡を吹いて倒れ伏す。
「!!!?」
ホーディの顔が、驚愕に歪んだ。
ルフィが放った、“覇王色の覇気”。
それだけで、“新魚人海賊団”の兵力十万が、一気に半数ほどまで削られる。
ホーディが起き上がって言った「おれこそが“海賊王”にふさわしい」という宣言。
それが、ルフィの癇に障ったようだ。
シャンクスも、昔こうやって敵を威圧していたっけ。
昔を思い出して、少し口角が上がってしまった。ルフィ、本当に成長したんだな。
ルフィがホーディを指差して言う。
「お前はおれがブッ飛ばさなきゃなァ。お前がどこでどんな王になろうとしても勝手だけどな」
睨みつけて、宣言する。
「“海賊の王者”は、一人で十分だ!!」
ルフィのその宣言が、戦いの火蓋を切って落とした。
腕を巨大化させて、ルフィが敵陣へと突っ込む。
ゴムゴムの実を食べたとは言っていたが、あんなこともできるんだ。
と、感心している場合じゃない。
わたしにとって、初めての“麦わらの一味”としての戦闘だ。
さて、わたしの役割は……。
ドォン!!
弾丸のように水を弾く“撃水”が二発、しらほし姫の目の前でぶつかり爆ぜた。
片や、しらほし姫の命を狙った凶刃。ホーディの放った“撃水”。
片や、それを迎撃するために放たれた、ジンベエさんの“撃水”。
ルフィやゾロ、サンジさんたちが向かう方にいるのは、幹部だろうか、結構強そうな人たちがいる。
だけど、たぶんそっちは任せて大丈夫だろう。さっきのルフィの様子からしても、負ける気配はない。それに、一味の全員が自信満々だし。
ならば──。
「ブルック!」
わたしは戦場へ駈け込もうとしたブルックに声をかける。
「ヨホ?」
「ギター貸して!」
「! どうぞ!」
ブルックが担いでいたギターを外して、放って寄越す。
わたしはそれをキャッチして、ストラップを肩に通した。
腰に提げたTS工房製マイクスタンド“ブラノカーナ”をさっと伸ばして、歌唱の準備を追える。
わたしの役割は、これだ。
ギャーーーーーンン……
ギターをかき鳴らす。
深く息を吸い込み、ギターの音が消える直前で、歌い始める。
「さあ、怖くはない 不安はない
私の夢は みんなの願い
歌唄えば ココロ晴れる
大丈夫よ」
『私は最強』。
エレジアにいた日々の中、“救世主”とあがめられ始め、それを背負おうとあがいていた日々の中で作った曲。
わたしの、強がりソング。
最強なんだから、何でも背負える。どこまでも行ける。
そう自分を鼓舞しつつも、それでも心に引っかかる葛藤を零した曲だ。
圧し潰されそうな重圧と、ルフィと約束したかつての夢。それが混ざりに混ざって、自分を見失いそうになってしまった時に書いた詞《うた》。
だけど、今は違う気持ちで歌える。
“救世主”じゃない。
わたしは、ウタ。
仲間がいるから。
「私は最強──!!」
ブルックに教えてもらった、音楽は分かち合うものだということ。
そして今、わたしは独りじゃない。
だから、堂々と宣言してやる。
強がりでも、衒いでもなく、本心から。
今この瞬間、わたしは最強なのだと。
わたしのギター一本だけだと、さすがに音の厚みが物足りないけど、それは仕方ない。
今はライブのための歌唱じゃない。
戦闘のための歌唱。みんなと戦うための歌唱だ。
「おいブルック、ありゃなんだ?」
ゾロがブルックに声をかける。
「彼女はウタウタの実の能力者でして。彼女の歌は、ココロに響きます」
「あァ?」
「普段より、戦い易くなると思いますよ。二年の間に、ウタさんの身に着けた力です」
「……確かにいつもより体が軽い気はするが……」
「んウタちゅわ~ん!! ウタちゃんの応援でおれは今、天にも昇る心地! 何でもできる気分だ!!」
「そのまま昇天しちまえ、エロガッパ」
「んだと緑黄色!!」
余裕そうな一味の面々に、わたしの頬は自然と緩んでしまう。
この力は、ブルックとライブ遠征を続けるうちに気が付いたもの。
再確認した、音楽の持つ揺るがない力。
心を動かす力。
わたしのウタウタの能力が、それをどう解釈したのか、味方を鼓舞する力として発現させたのだ。
基本的に、ウタウタの実の能力は、夢の世界に通じるものが多く、現実への影響は限定的だった。そして、その分消耗が激しすぎて、全力で使えば十分と持たないだろう。
しかし、この力はわたしの音楽にウタウタの力を乗せたもの。ベースが音楽にあるから、消耗が少ないのだ。
時間がかかる防衛戦にはもってこいだろう。
「私の声が 小鳥を空へ運ぶ
靡いた服も 踊り子みたいでさ
アナタの声が わたしを奮い立たせる
とげが刺さってしまったなら
ほら ほらおいで」
「ウタさん!!」
ブルックの声に、ウタが視線をそちらに向ける。
(オーケー!)
心の中で返事をして、ウタはもう一段階、能力を解放する。
ドンドン! と鈍い音を立てて発射される砲弾。
それは過たずしらほし姫目掛けて飛んできて。
「見たことない 新しい景色
絶対に見れるの何故ならば」
ピックを握った右手を、頭上に掲げる。
「生きてるんだ 今日も!」
伸ばされた人差し指がきらりと光ったかと思うと、頭上を通り過ぎようとした砲弾が弾き飛ばされ、空中で爆発した。
「なんじゃあ!?」
同じく迎撃の用意をしていたジンベエさんが、驚いたように声を上げる。
そんな彼にニッと歯を見せて笑いかけて、わたしは演奏を続ける。
「さあ、握る手と手 ヒカリの方へ
みんなの夢は 私の幸せ」
これは、ここ一年の間に、“Tot Musica”と向き合うことによって開花した能力だ。
“うたの広場《ミュージックステーション》”。
わたしを中心に半径三メートル程度の空間にて、わたしの夢の世界のモノを、一瞬だけ現実のモノとする能力。
一瞬に関して具体的な数字を言うと、歌っている音楽の拍子《テンポ》の六四分の一拍の間だけ。
万能の能力ではないし、絶対的な力でもない。
先ほどは、夢の世界で出した音符を、一瞬だけ実体化させて砲弾を弾いたのだ。
ウタウタの力に準拠しているせいで、鼓舞と比べれば消耗も激しい。
それでも、中期戦くらいならこなせるはずだ
「あぁ、きっとどこにもない
アナタしか持ってない
その温もりで
私は最強!」
高音を響かせてから、間奏に入る。
「ししし、ウタの奴やるなァ! あっちは大丈夫そうだ」
ルフィの言葉に、軽くウィンクを返す。
しらほし姫はわたしとジンベエさんで護るから、ルフィたちは敵をお願い。
もしもっと強い敵が出てきても、まだわたしには二段階、敵と戦う術を持っている。だからこっちは任せて。
笑顔を見せたルフィが、パシンと右拳を左手に当てて、仲間に声をかける。
「さあ、野郎ども! やるぞォ!!!」
戦闘は、“麦わらの一味”の有利で進んでいく──。