雛鳥は巣立てなかった
外に出たい。王宮の外、見渡す限りみずみずしい緑で溢れた草原で息が切れるほど走り回り、風を感じたい。丘の上にある木に登って活気あふれる街を見下ろしたい。ぬかるんだ土の上を転げ回って泥だらけになり、精一杯笑いたい。
だが、外に出るわけにはいかない。
──"シャルロ!外で遊ぶのは良いが服は汚すな、洗濯する人が困るだろう!…ああレースがこんなにボロボロになって…いや、子供が汚れて帰ってくるのは元気な証拠だったか…。分かった、遊ぶための服を作らせよう。汚れても良いやつだな、任せてくれ"──
──"どうした?服が汚れているぞ。…怪我もしているのか!?転んだ?それはどこでだ?王宮の外だと?あそこはよく滑るから危険だと…すぐ傷の手当をしなければ…シャルロ、もうあの丘で遊んではいけない。お前は王子ななんだ、お前に何かあれば国中が大変なことになる…"──
──"また外に出ようとしたそうだな。いいか、シャルロ。外には危険で溢れているんだ。だから外には出てはいけない。…あの時は膝を擦りむいただけ?……一歩間違えればお前は死んでいた。…そうだ、坂を真っ逆さまに転げ頭を強く打って死んでいたかもしれないし、あの木も枝が折れて目に刺さる可能性も…やはりあそこは危険だ…どうにかしなければ…"──
──"あの服はどうしたのか、か?処分したがそれがどうかしたか?…元々かなり汚れていたし、成長したお前には窮屈だっただろう。新しい服ならいくらでも用意しよう、どんなものがいい?…簡素で動きやすくどんなに汚れてもいい服…?…それは、必要ないだろう。お前はもう外に出なくていい。そうすればお前はもう怪我をしないし、その方がいいだろう。…あの丘へ行きたい?……あの丘は平地にした。元々かなり急な坂があって通りにくい場所であったからな、今は誰でも安全に行き来できる道になっている。草原ならば中庭に作ろう。お前の望むものはなんでも取り寄せようとも。だから、目が届かない場所には、どうか行かないでくれ"──
──"柱に頭をぶつけた!?なんてことだ、王宮で危険に相まみえるとは…何?道の角で人にぶつかりそうになって避けようとしただけ?…倒れて今の今まで気を失っていたのだぞ!?その者には然るべき処罰をしなければ…走っていた自分が悪い?何を言う、お前が怪我をしなければ避けられない場所にいた其奴がいけないのだろう。…それはそれとして、なぜ走っていたのだ?何か不足があるのならば父が叶えよう"──
──丘の上、いくつかある木の中でひときわ大きな木の枝に見つけた小鳥の巣。すくすく育つかわいいひな鳥と、その彼らのためにただひたすらに餌を運ぶ親鳥。
彼らに気づいたのは、俺がちょっとした好奇心から木の上に登ろうとして、雛を守ろうとする親鳥に攻撃された時だった。怒った親鳥は自身よりも遥かに大きい俺を必死に追いかけ回し、俺はいきなり襲われてパニックになりながら逃げたせいで転んで足を怪我した。とても怖かったし、傷口からは血がたくさん流れてすごく痛かったけれど、その日からは彼らがギリギリ警戒しないぐらいの距離で、こっそり見守るのが密かな楽しみになっていた。
だが、父はあの丘を平らにしたと言った。丘の上の木々も残ってはいないだろう。……あの小鳥たちは、無事なのだろうか。
「………。」
やめよう。分かりきったことを考えるのは。俺はもうあそこには行けないし、行ってはいけない。彼らは俺のせいで生きる場所も、命も失われた。城の外だけじゃない。王宮で仕事をしていた人を俺の自分勝手な都合で邪魔をして、露頭に迷わせた。俺は存在するだけで誰かに迷惑をかけてしまう。だから、この部屋から出てはいけない。
いつだってそうだ。父のように強くなりたくて武器庫から勝手に持ち出した剣を振り回し周りの人間に青い顔で止められたこともあったし、賢くなりたくて書庫に忍び込み届かない本を背伸びをして取ろうとして本の下敷きになった。宝物庫を物色していたら命知らずな賊に出くわして口封じに殺されかけたこともある。その度に誰かが責任を取らされたり、巻き込まれた誰かがいる。
どうして、俺は誰かに迷惑をかけることしかできないのだろう。どうしていつも後先のことを考えられないのだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
俺だけいつも守ってもらってごめんなさい。みんなだけが責められてごめんなさい。みんなのために何もできなくて、余計なことばかりしてごめんなさい。
…なんの価値もないのに、俺だけ生きていてごめんなさい。