Tot Musica

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「おっかしいねー…観客だけのライブなんてねえ…」

「はて…あっしらァ何に化かされたんでござんしょう。鬼か天狗か…それとも蝶か」

「ご報告します!!!」

頭のいたるところから目が飛び出した異様な電伝虫を抱えて、僕たちは"現実"の部隊が集まっている凪の壁の中へ駆け込みました。

「コビー大佐!ヘルメッポ少佐!無事だったか!!」

「無事っつーかなんつーか…」

「ご心配をおかけしました!」

僕の抱えた青白い光を放つ電伝虫にモモンガ中将は一瞬だけ驚いた顔をして、それからすぐに状況の確認に入られました。ライブの開始後にエレジアに到着した部隊は、やはりウタウタの能力の発信源を発見することができなかったようです。

「それで、その妙な電伝虫は一体…」

「これは夢の…ウタウタの能力の世界から連れ出してきた個体です。これがあれば歌ではなく、あちら側の世界の会話を聴くことができるんです!!多分そろそろ…」

”よお、外の連中に合流できたようだな"

「ゲッ…ドフラミンゴ……」

ヘルメッポさんは夢の中で折られた首を擦りながら、顔の変わらない電伝虫から距離を取って呟きました。

”もう時間がねえ。そっちの作戦行動に必要な情報だけ伝えておく"

「お願いします」

突如能力の世界から届いた七武海の声とのやり取りに、大将のお二人が大きく反応することはありませんでした。彼があちらに居ることも、上層部では織り込み済みなのでしょうか。

”主犯は現実にはいねえ。だが、これを止めるには外と中に同時に顕現する『魔王』を狩る必要がある"

「『魔王』ねえ…もしかして、12年前にエレジアを滅ぼしたのもそいつかい?」

”そうだ。そいつの本体はウタウタの実に宿る悪魔…能力者の精神に寄生し、滅びた国の人間や不審死した海兵連中を苗床にして夢の世界を保っている"

「昏睡状態の市民の皆さんも…ですかい?」

”ああ。お前らが悪魔と呼ぶ存在…『赤子』は呼ぶ者の声に応える。現実から逃げ出したがった連中なんぞは格好のエサだろうよ"

悪魔の実に、そんな性質があるなんて。夢の世界でのブルーノさんたちの反応を見るに、これはウタウタに限ったお話ではないのでしょう。

早く止めないと、取り込まれた人たちを取り戻せたとしても大変なことになってしまいそうです。

”そして…顕現したバケモノを倒しゃ能力の拡散は止まるが、取り込まれた人間が外に戻ることはない"

「ええっ!?」

「なんだそりゃ!?」

”『赤子』とは感応する精神…現実世界に顕現することはねえ。夢の世界を壊してェなら、お守りの『魔王』を早えとこ片付けて夢に居る本体を狩る必要がある"

「なるほど。それならそちらは…」

「待て!!現場には今多くの観客が居る!!その『魔王』とやらはいつ顕現するのだ!?」

”15分後ってとこだな"

「総員に告ぐ!!即時市民の避難を開始しろ!!!!"花"を持っている者から決して離れすぎるなよ!!!」

モモンガ中将の号令に思わず立ち上がりかけた所をヘルメッポさんに引き戻されて、僕は落ち着かないままで座り直しました。

体を失えば、夢から覚めても現実に戻ってくることはできない。それ以前に、僕たちで"魔王"を倒せたとしても、その本体の討伐はあちらの皆さんに任せるしかない。

出来ることをやるしかないと分かってはいても、気持ちばかり焦ってしまいます。

”あぁそれと…そっちにCPとビッグ・マムの所の幹部を送り返しておいた。うち二人の能力はドアドアとミラミラ。海兵の数が足りてんなら上手く避難に使え"

「おお~…準備が良すぎるねえ……"ジョーカー"」

「しかし手前としては願ってもねえ話で…此度は助力を御頼申しやしょう」

"この状況で肉体側に干渉されると厄介なんでな。赤髪が来る前に終わらせておけよ"

「赤髪ィ!!?」

「赤髪海賊団もエレジアに!?」

「成程、それじゃあビッグ・マムの幹部連中の捕縛も見送りかねえ。にしても…一時とはいえ四皇と共闘することになるなんて、何があるか分からんもんだねえ~」

ビッグ・マム海賊団の幹部たちが観客の避難にも協力的だった理由がようやく分かりましたが、赤髪までやって来るなんて。一体どこからどこまでが、"ジョーカー"の計画に含まれているのでしょう。

”『魔王』には、夢の中と外で『同時に同じ位置に』攻撃しねえと何の効果もねえ。これに関しちゃ12年前に赤髪が実証済みだ"

「そうか…!奴らはエレジア滅亡の夜、同じ敵と戦っていたか…!!」

”顕現後は外にも妙なモンが湧くだろうが、対処は赤髪の連中に任せておけ。役者が揃ったら、あとは狙撃手あたりの見聞色で動きを合わせりゃいい"

「ここまで全部筋書き通りかい?本当に…気味が悪いねえ」

暗い海から近付いてくる一隻の海賊船を遠くに見据えた黄猿大将は、それだけ返して電伝虫から離れていきました。


”夢の中で幸せに生きればいい!!永遠に!!!!"

夢に取り込まれていたらしいルフィさんの呼びかけにも耳を貸さずに、とうとうウタさんが"魔王"を呼び出しました。

ああ、なんておぞましく、なんて寂しい。

人々に望まれた願いを叶えたはずなのに、それだけなのに、どうしてこれほどまでに呪われてしまったのだろう。

響く赤子の泣き声に感情が引きずられて、脳がくらりと揺れました。

どうして、彼ら彼女らは、"悪魔"なんて呼ばれるようになってしまったのだろう。

「何突っ立ってんだ馬鹿!!!」

「ヘルメッポさん…」

「大将やら四皇なんてのがやり合ってるバケモンを、おれたちがどうこうできるはずもねえ!!他の気色悪ィ奴らをなんとかするぞ!!」

「…はい!!!」

ルフィさんがウタさんと対話をしてくださった時間で観客の避難はぎりぎり完了したものの、軍艦からの砲撃にはまだ少しかかるでしょう。僕たちはモモンガ中将と一緒に、際限なく現れる"妙なモン"からなんとしても船を守らないと。艦隊には今、海兵だけでなく観客の皆さんの体も乗っているのですから。

赤髪海賊団から投げ渡された武器は使い慣れないものでしたが、たしかにこの武器以外では全く歯が立たなかったので戦いながら扱いに慣れていくしかありません。

「オイこれ使い方合ってんのか!?」

「どうしたんですかそれ!!?」

「赤いトゲトゲ頭に寄越されたんだよ!!」

丸い刃が回転する仕掛けらしい武器を振り回しているヘルメッポさんは、とても戦いにくそうに謎の生き物の間を駆けながら叫んでいました。

「僕のと交換しますか!?あっ!?」

「壊すなよ!!?」

「大丈夫です!!二枚に分かれる仕掛けだったみたいで…!」

「だったら一枚ずつ使うぞ!!」

「はい!!片方どうぞ!!!」

ライブ会場の中心部から溢れる覇気を信じて、僕たちはただただ防衛を続けました。

支給された凪の防壁のお陰で歌が聞こえてくることはありませんが、楽章はどんどんと進んでいるらしく、"魔王"の姿は大きな鴉羽を背負ったものに変貌しています。

こちらに押し寄せる生き物の数も数えきれない程になって、僕たちも劣勢になりつつあった、その時。

「あっ!あれ!!」

「やっとか!!」

夜明け前の真っ黒な空に、黄猿大将の光が打ち上がるのが見えました。

「目標、"魔王"トットムジカ上部左腕!!砲撃始め!!!!」

前線を維持していたモモンガ中将の号令が、電伝虫で各艦に伝達されていきます。

海軍本部の精鋭艦隊から一斉に撃ち出された砲弾は、吸い込まれるように巨大な腕の一本へと殺到し、見事その半ばあたりから先を撃ち落としました。

「よっしゃ!!!」

「やった!!!」

これで残るはピエロのような頭だけ。

”赤髪のシャンクス"が、柄頭の方にも刃を備えた特殊な刀を恐ろしく器用に扱い周囲の敵を一掃して、"魔王"へと距離を詰めていきます。

「お願いします、ルフィさん…!!」

赤子の泣き声を打ち消すように響いたドラムの音に、僕はもう武器を降ろして世界の行方を見守っていました。

覇王色の覇気が稲妻を纏って暗雲を掃い、そして。

朝焼けに照らされ崩れ行く黒い翼に僕が見たのは、真っ白な"自由"を纏った、ルフィさんの姿でした。





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