Top of the World(ドレスローザ24)
Name?「さあ、見てけろ~っ!!」
“人喰い”バルトロメオが、自慢をするように声を張り上げて言う。
場所はドレスローザ近海。即席の桟橋の上。
いまだに、“海軍大将”藤虎の武器である瓦礫が、青い空を覆い尽くしている。そんな切迫した状況。
しかし、それすらも眼中にないほどに、ルフィたちは驚いていた。
「でっけェー!!?」
そこに鎮座していた船は、巨大な帆船。
金色に輝く戦乙女を模した像を船首に据えるその船は、小さな村ならすっぽりと入ってしまいそうなほど。
「はー、すっごい……」
その船を見上げるウタも、思わずそんな声を漏らしてしまう。
サニー号やレッドフォース号の何倍の大きさがあるのだろうか?
四倍? 十六倍? もっと?
目測ではそこまではわからないが、ただその大きさに圧倒される。
見上げる首が、少し痛い。
「どうだべ~!? 立派だべ~!?」
「キミの船じゃないだろ……」
嬉しそうに船を見せびらかすバルトロメオに、“海賊貴公子”キャベンディッシュが呆れ顔で言う。
「あら、違うのね」
そんなロビンの声に、バルトロメオは鼻の下を擦って言う。
「おれの船は後で見せます、きっと驚くべーっ! いや、今は一時を争う時です、急いで乗ってけれ!!」
気を取り直したように、バルトロメオが皆をタラップへと案内する。
歩いているウタの肩を、ロビンが叩く。
「それでウタ、どうだったの? 兵隊さんは説得できた?」
「わたしの分はね。あとはレベッカが自分で」
「そう。良かったわね」
「うん」
晴れやかな表情で頷いたウタに、ロビンがハナハナの能力を使う。
「わっ、ちょっと!」
いきなり生えてきた手に頭をわしわしと撫でられて、ウタは驚いたように首を竦めた。
「なんで撫でるのー!?」
ふふ、とロビンが笑う。
「頑張った妹分にご褒美」
「ロビン、お前ェ本当にウタのこと気に入ってんな……」
「なに、フランキー? あげないわよ?」
ぎゅ、とロビンに抱き寄せられながら、ウタは不満顔だ。
フランキーもロビンも、と口をへの字に曲げて言う。
「人を物みたいに言うなあっ!」
「アウ、おれもか!?」
「ふふ、ごめんなさいね」
ロビンはそう言ってウタを解放する。
そんな一味を見て、キャベンディッシュが呆れたように言った。
「キミたち、この状況でよくそんなに呑気でいられるな……」
この状況、と言いながら、空の瓦礫を指差す。
ウタは小さく肩を竦める。
「大丈夫でしょ」
「……根拠は?」
「だって落とすなら、わたしたちがここに着く前に落としてるだろうし。今さら落とす旨味がないよね? ドレスローザ国民もちらほらこっちに向かって来てるし」
一理ある、とキャベンディッシュは頷くが、しかしと続けた。
「そうやって油断したところを叩くつもりだという可能性は?」
その穿った見方に、ウタはあはは、と笑い声をあげた。
いや、海賊なのだから、彼の考え方の方が正しいのだろうけれど。
「ないない。だってあの人、そんなに性格曲がってないから」
「性格って……」
呆れたように言うキャベンディッシュに、フランキーが愉快そうに笑う。
「うはは! まあ今更慌てたところでどうしようもねェだろうよ!」
「そうね。もし落とされても、みんな仲良く海の藻屑になるだけ」
「アウ、ロビン! 相変わらず物騒なこと言うなァ!」
そんな会話をしているうちに、“一味”やその協力者たちは皆船の上に到着している。
「おい、“麦わら”!」
不意に、ルフィに話しかける男がいた。
巨人族──、“巨人傭兵”ハイルディンだ。
「おれには巨人傭兵の仲間が四人いる! そいつらと、いずれ全巨人族を束ねて“巨兵海賊団”を復活させてみせる!」
ルフィたちを見下ろしながら、笑顔でハイルディンが言う。
すげー、とウソップが顔を輝かせる横で、ルフィが「戦ったら強敵だなァ!」と笑顔で応えている。
すると我も我もと言うように、ドレスローザで共闘した各海賊たちの頭が、次々にルフィのもとへと集まってくる。
「我ら“ヨンタマリア大船団”は全五十六隻の──」
「海賊どもを差し置いてチャンピオンは語れねェ──」
「おれはイデオと組んで海に乗り出すことに──」
「おれはコイツの船に──」
「ちゃんと船長と呼べ! それに“麦わら”! 同調すると言っても──」
いきなり自分たちの団のことを語り出す彼らの真意がわからず、“麦わらの一味”はこぞって首を傾げる。
「ルフィランドー! トンタ長の許可が下りたので、ぼくらも仲間に入れてほしいのれす!」
何故かついて来ていたトンタッタ族のレオが、ピョンピョン飛び跳ねながら言う。
「入れるって?」
ウタがしゃがんで、レオに訊く。
レオが答えるより早く、腕を組んだルフィが首を傾げながら言った。
「お前らみんな、何言ってんだ? 好きにやりゃいいだろ?」
その問いに、「我が説明しよう」と“ヨンタマリア大船団”の提督、オオロンブスが名乗りを上げる。
「この二日間、王宮で寝泊まりしているうちに、我々は意気投合したのだ」
彼が再び、“麦わらの一味”を除いた海賊たちの内訳と代表を言う。
“美しき海賊団”七十五名。船長、キャベンディッシュ。
“バルトクラブ”五十名。船長、バルトロメオ。
“八宝水軍”約一千名。十三代目棟梁、サイ。
“XXX《トリプルエックス》ジム格闘連合”四名。代表、イデオ。
“トンタッタ族トンタ兵団”二百名。兵長、レオ。
未来の“巨兵海賊団”五名。船長、ハイルディン。
“ヨンタマリア大船団”四千三百名。提督、オオロンブス。
以上、と言ったオオロンブスに続いて、バルトロメオが前に出た。
そして彼は、甲板に手を突いて首を垂れる。
「しめて五千六百人──。……ルフィ先輩!! その代表者、おれたち七人と、“親子の盃”を交わしてけろ!!」
「親子ォ?」
ルフィが顔を顰めて言う。
そんなルフィに、バルトロメオが「んだべ!」と頷いた。
「あんたが親分!! おれたちァ子分!! どうかおれたちを、“麦わらの一味”の“傘下”に加えてけろ!!」
「“傘下”ァ?」
再びルフィが、眉を八の字にして言う。
──そっか。
ウタは思う。
(──まったく、偉くなっちゃって)
これだけの一癖も二癖もある海賊たちから、傘下に入りたいと言われるとは。しかも、直接ルフィが何かしたわけではないのに、だ。
それと同時に、ウタは首を傾げた。
されるがままに大きな盃を持たされ、そこに酒を注がれるルフィを見ながら、ウタは思う。
──ただ、ルフィがそんな器に納まる男だろうか?
“麦わらの一味”の船長は、ルフィが自分からやり始めたことだ。だから、ルフィもその立場に誇りと責任を持っているし、不満なんて微塵も感じていないだろう。
だが今回のこれは、周囲から『おれたちの頭になってくれ』という、いわば人から立場を与えられる状況だ。
(……ルフィが受け入れるものかなァ?)
ウタは再び、ちらりとルフィの顔を見た。
ルフィは少しだけ難しい顔をして、手に持った盃に揺蕩う自分の顔をじっと見ている。
さあ、とバルトロメオが言い──。
「──この酒、おれ飲まねェ!」
顔を上げたルフィが、ニカッと笑顔を見せて言った。
え、と小盃を持った七人の男たちが呆然とした声を上げる。
あんま酒好きじゃねェし、と言いながら、ルフィは目の前にあった酒樽に、その親分盃を置いた。
あまりに予想通りの行動に、ウタは小さく吹き出すと、腹を抱えて甲板にひっくり返った。
「あははははっ!!」
目に涙が浮かぶ程大笑いするウタに、ルフィが顔を顰める。
「おいウタ、おれなんか変なこと言ったかよ?」
「ううん、ルフィらしくていいんじゃない? あはは! 予想通りすぎて、つい!」
笑い転げるウタに、誰かが「何を笑ってやがる恩人共ォ!」と声を上げる。
だども、とバルトロメオが食い下がった。
「──あんたたづは、この事件をきっかけに世界の“大物たち”から命を狙われる! けんども、その事件で救われたのはおれたづで──っ!!」
「だってよ、これ飲んだら、おれは大船団の“大船長”になっちまうんだろ?」
なら飲まねェ、とルフィが言うが、なおもバルトロメオたちは引き下がらない。
「ルフィ先輩は“海賊王”になるお方! これでも戦力は足りないくらいだべ!?」
「無理ムリ! だってルフィ、こういうの嫌いだもん」
瞼に溜まった涙を拭いながら、ウタが体を起こして言った。
だな、とゾロがくつくつと笑う。
「コイツにゃそういうのはムリだ」
ゾロはそう言うと、盃をのぞき込んで言う。
「そういうわけだから、この酒、おれが貰うぞ。ジョッキはねェか?」
「いや、だから酒を楽しむ会ではねぐて……」
なんとかこの場を取りまとめようとするバルトロメオだが、しかし各々が勝手に動き始めた“麦わらの一味”を止められるものがいるはずもない。
「ふーん、なかなかの酒だな」
「バカ、手で行くなよ! せめてコップ探してこい!」
「お、美味ェのか? どれどれ……」
酒の周りで好き勝手に行動する彼らに、オオロンブスがしびれを切らしたように大声を上げた。
「これだけの兵力、何が不満だ“麦わら”!! どんな強者も、“数”には勝てん!! いずれお前にも必要な時が来るはずだ!!」
その問いに、ルフィは心底嫌そうな顔をして応えた。
「窮屈」
その一言と表情に、一味以外の者たちは呆然と顎を落とした。
あはは、ともう一度笑ってから、ウタは立ち上がって服の埃を払ってからルフィに声をかける。
これ以上ここで話をしていても、結果は変わらないだろうから。
「ねえルフィ、せっかく大きな船に乗せてもらったんだから、ちょっと探検しない?」
「おっ、そうだな! もしかして奥で宴の準備とかしてるかもしれねェし!!」
「あら、私もご一緒しようかしら」
「あ、ロビンも行く?」
ガキか己らは! と誰かが叫ぶ。
歩き出そうとしたウタたちの前に、キャベンディッシュが回り込んだ。
「フザけるなよ、“麦わら”に“歌姫”!! 先輩でスターのぼくが!! 傘下に入ってやると言ってるんだ!!」
その言葉に、そうだそうだと賛同の声が上がる。
「テメェ、子分の力舐めてんな!? 恩人のクセに!!」
「シメ上げて飲ませよう」
武器まで取り出して、物騒なことまで言い始める始末。
さすがにここまで押し付けられて我慢ならなかったのだろう。
ルフィが大声で叫んだ。
「だからよ!! おれは“海賊王”になるんだよ!!! 偉くなりてェわけじゃねェ!!」
首を傾げる面々に対して、ルフィが腕を広げて言う。
「親分とか大海賊じゃなくていいだろ!? おれたちが困ったら大声で助けを呼ぶから、そしたら助けてくれよ!! もしお前たちが困ったら、おれたちを呼べ!! 必ず助けに行くから!! 一緒にミンゴと戦ったことは忘れねェよ!!」
しばらくの沈黙の後、もしかして、とバルトロメオが口を開く。
「ルフィ先輩の言う“海賊王”は、偉いんでねくて……“自由”……!?」
彼がそれを言った瞬間だった。
ドォン!!
火薬の音とともに、船体が傾ぐ。
「うわわ」
思わずウタはたたらを踏んだ。
「なんだ!?」
「砲撃です提督!!」
船内の雰囲気が一変し、怒号が飛び交う。
砲撃の方角に見えるのは、髑髏のマーク。
海賊だ。
しかも、その印は一種類ではない。様々な海賊たちが集結しているようだ。
「“麦わら”の首を差し出せェ!! “ジョーカー”とのでけェ取引を邪魔した小僧に落とし前をつけさせろォ!!」
そんな叫びが、向こうの船から聞こえてくる。
つまりこれは、先ほどバルトロメオの言っていた、ドフラミンゴを倒したことによる弊害というやつだろう。
果たして“大物”がいるかはわからないが、しかしこれほど早く来るとは──。
「……気分悪いなァ」
ウタが眉を顰めてぼそりと呟く。
いまだドレスローザは、その“取引”の弊害による爪痕が深く残っているというのに。
すると──。
ぎしり。
空が、傾いだ。
天に浮かんだ戦いの残滓が、音を立てて落下を始める。
その落下先にあるのは──
「……“賭博のおじさん”、気が利くじゃん」
ぽつりと呟いたウタの口角が上がる。
敵船は瓦礫に穴を開けられ、あるいはそれによってできた波にさらわれて沈没の一途をたどる。
「おいコロンブス!! 船を出せ!!」
オオロンブスが、指示を飛ばした。
錨が上げられ、帆が張られる。
そんな船の上で、再びあの七人は、盃を持ってルフィの前に座した。
「ルフィ先輩!! 誠に勝手ながら口上を述べさせていただくべ!!」
背後で落ちる瓦礫の音に負けないよう、バルトロメオが声を張り上げる。
「ここに我ら子分となり、いついかなるとぎも、親分“麦わらのルフィ”先輩の盾となり!! また矛となる!!」
盃が、掲げられる。
「この度のご恩に報い!! 我ら七人!! 命全霊をかけて、この“子分盃”!! 勝手に頂戴いたしますだべ!!!」
ぐい、と七名の男が、その盃に口を付ける。
「あ」
ルフィがその行動の意味に気が付いた時にはもう遅い。
「あーっ!!!」
何やってるんだお前ら、とルフィが止めに掛かるが、既に飲まれてしまったものは元に戻らないだろう。
「勝手な人たち」
ロビンが笑う。
「“子分盃”ィ? なんだそりゃ!!」
フランキーが笑う。
「まあルフィの子分になりたいなら、それくらいしないとね」
発想の突飛さに、ウタもくつくつと笑った。
ルフィが怒り顔で言う。
「おい、おれは飲まねェからな!! なんかもう酒なくなってっけど!!」
ニヤリ、と笑ったのは“八宝水軍”のサイだ。
「ああ、お前は今まで通りだ! 勝手に忠誠を誓って、そして──、何かありゃ勝手に命を懸けて参上する! そんな奴らがいても損はねェだろ?」
これがおれたちの“自由”だ、と言われてしまっては、ルフィももう何も言えない。
「さァ、ルフィ先輩の子分になったところでェ!!!」
バルトロメオが音頭を取ると、ヨンタマリア号の奥の部屋から様々な料理が運ばれてくる。
ルフィの予想通りに、どうやら宴の仕度をしていたらしい。
「おいルフィ、闘魚のステーキだ!!」
「うわー!! うまそう!!」
過ぎてしまったことは仕方がない。
ルフィは宴へと意識を向ける。
「んだ!! ではルフィ先輩、勝鬨を上げてくれろ!!」
バルトロメオが、ジュースの入ったジョッキをルフィに渡す。
各々が運ばれて来たジョッキを手に取り、ルフィの言葉を待つ。
「よォーし、野郎どもォ!!!」
ルフィが、ジョッキを手に声を張り上げる。
「ミンゴファミリーとの戦いは、おれたちのォー!!!」
瓦礫のなくなった、青い空に向かって、ルフィがジョッキを掲げる。
その姿に、ウタは口元をほころばせる。
やっぱり、ルフィには盃なんかよりもこっちの方が似合う。
「勝利だァー!!!」
ルフィの声に続いて、歓声が上がる。
そして宴が始まった。
飲みかけのジュースをルフィに預けて、ウタは楽しそうな笑みを浮かべる。
──今日は気分が良い。
さて、じゃあどんな音楽を歌おうか?