To the next“New Genesis”
Name?「“ゴムゴムの──JETピストル”!!!」
ドゴン!! という派手な音を立てて、世界政府の兵器“平和主義者《パシフィスタ》”PX-5が、たった一撃で原型を留めない程の損壊を受ける。
場所は四六番グローブ。
騒動の渦中にいるのは、“麦わら”を騙った偽物、デマロ・ブラックという男とその仲間。彼らに騙された海賊たち。さらに、海軍とそれが率いる兵器群。
それらを全く相手にしない男が、この騒動の中心人物だった。
男の名は、モンキー・D・ルフィ。
“麦わらの一味”の船長であった。
「ししし! ほんじゃな!!」
二年前に敗北を喫した相手の一人である戦桃丸に笑顔を向けて、ルフィは船のある方向へと走り出す。
すると、
「おーい、ルフィー!!」
「なんでてめェはいつもトラブルの渦中にいるんだよ!!」
ルフィの目に映る、緑の髪をした剣士と、金色の髪をした男。
「ゾロー! サンジー! ひっさしぶりだなー!!」
笑顔で二人の方向へと手を振るルフィと、その二人の間に、ずいと巨体が割り込んできた。
“パシフィスタ”。
二体目だ。
並みの海賊であれば歯牙にもかけないその兵器は、しかし──
「どけェ!!」
「邪魔だ!!」
“麦わらの一味”の前では脅威にすらならない。
三刀流の一撃と、黒服の男の蹴りで、二体目の“パシフィスタ”はその活動を停止する。
どころか、二人ともまだまだ余裕しゃくしゃくなようで、何故か言い争いを始めている。
「おれが斬った!」
「おれの蹴りで倒したんだよクソマリモォ!」
この二人が喧嘩をするのはいつものことだ。ルフィはその様子を見て、二年経っても変わらない関係性に満面の笑顔を浮かべる。
「そもそもルフィ! てめェがあの兵器を二体も潰すからいけねェんだ!」
ゾロがルフィを指差して言う。
一人一体であれば、どれだけ倒すのに時間がかかったかで勝負できたのに、と。
しかし、ルフィはゾロの言葉に首を傾げる。
「おれが倒したのは、さっきの一体だけだぞ?」
「?」
つられて、ゾロもサンジも首をひねった。
「おれはクソデカい拳の痕が付いてたから、てっきりルフィの仕業かと……」
サンジはそう呟いてから、気を取り直したように言う。
「まあいい、急ぐぞルフィ! もうみんな集まってるし、お前にお客さんが来てる」
「客ゥ?」
心辺りのないルフィは首を傾げた。
「まァ会えばわかるんじゃねェのか? とりあえず行くぞ、九番船長」
「おい、いつまで到着した順番を引きずってやがるクソマリモ」
そんなやり取りをして、“麦わら”はじめ“海賊狩り”と“黒足”が船へ向かって走り出す。
海兵からの攻撃をひょいひょいと躱しながら、ルフィは首を傾げる。
「なあ、なんでこんな眠った海軍がいるんだ? 宴でもあったのか?」
「ブルックとお前の客がやったんだとよ」
「ああ! ブルックかァ! さっきまでライブやってたのに、やっぱ足が速ェなあいつ!」
しししとルフィが笑う。
“パシフィスタ”を三体破壊され、そして多くの兵が眠ってしまった海軍は、さらに“麦わらの一味”に関係すると思しき、無秩序な集団あるいは個人によって追跡を妨害されていた。
そして、ついに──。
「サニー!!」
ルフィがそのゴムの腕を伸ばして、自らの船に掴まり勢いよく飛び移る。
「うおー!! みんな~!!!」
会いたかったぞ! と甲板にいる船員たちに向かって、ルフィは声を張り上げる。
甲板にいた船員たちも、思い思いに船長の名前を呼び、その帰還を心から祝福する。
「しししし!!」
甲板へ着地して、ルフィは満面の笑顔を浮かべる。
二年も自分のわがままで待たせてしまった彼らが、こうして再び集ったことにへの喜びが溢れていた。
「ルフィ、そういえばあんたに客って……」
航海士のナミがルフィに声をかけると同時に、バタン! と船のドアが勢いよく開く音がした。
ルフィが振り返った時には、既に目の前に覆いかぶさるように腕を広げた人間が宙を舞っていた。
彼女の羽織るパーカーが風にはためき、脱げたフードの中から、紅白の髪の毛があふれ出す。
「ルフィー!!!!」
ぎょっとしたように、ルフィの目が見開かれる。
勢いよく抱き着かれて、ルフィはそのまま尻餅をついてしまった。
事前に彼女に会っており、ある程度の事情を聞いていた船員たちも、まさかこんな再会になるとは思っていなかったようで、目を丸くして言葉を失っていた。
「…………お、まえ──」
ルフィが抱き着いて来た彼女を優しく引き離して、その顔と髪を見る。
「──ウタ、お前ウタか!?」
「そうだよルフィ! 本当に久しぶり!!」
「おー久しぶりだなー! ウター!!」
今度はルフィがウタに抱き着いた。
硬く抱擁を交わしてから、ぱっと離れて、「あはは!」「ししし!」と笑いあう。
「本当に幼馴染なんだなァー……」
呆然としたように呟くのは、長鼻の狙撃手ウソップ。
ルフィがウソップの方を振り返って言う。
「ああ、昔フーシャ村にシャンクスたちと一緒に来ていてよ! よく勝負とかして遊んだよな!」
「そうだね! あんたずっとわたしに勝てなかったけどさ!」
「ばか言え! おれの百八十三連勝だろ!?」
「出た負け惜しみィ! わたしの百八十三連勝でしょ!」
そのやり取りを見て、ロビンとナミが呟く。
「見解の相違が激しいわね……」
「これは幼馴染だわ……」
ルフィに対して挑発的な表情を取っていたウタは、その表情を崩してあははと笑うと目尻を指で拭った。
「こうやってケンカしてたのも懐かしいや。……本当に逢えてよかった」
「おれもだ! まさかこんな所で会えるなんてなー!」
そんな二人を見て、言葉を漏らす男衆。
「おい、その怒ってんだか泣いてるんだか、祝ってんだかわからねェ顔をやめろグルグルマーク」
「うるせェクソマリモ! おれは、おれの二年間の癒しだった“歌姫”が目の前にいて、それが、それが……ぬがぁ!!」
「サンジが血を吐いたぞ! 医者ァ!!」
「おめェだろうがよチョッパー! いくらスーパーなおれでも人は治せねェ!」
「私の血を使いますか!? あ、私血が流れてないんでした!!」
やいのやいのと盛り上がるサウザンドサニー号。
「ルフィは凄いね」
この明るく愉快で、頼り甲斐のありそうな人たちの船長になるだなんて。
ぽつりと呟いたウタの言葉に、ルフィは「そうか?」と歯を見せて笑った。
「こいつら、おれが“海賊王”になるために必要な、大切な仲間だ!」
仲間を自慢するように言って、ルフィは笑う。
「あ、今のルフィの夢は“海賊王”になる事なんだ?」
ウタの質問に、ルフィはいいや、と笑って答える。
「それは一つの目標だ。おれの夢の果ては────。」
それぞれが騒いでいるせいで、ルフィの夢の果ては、ウタにしか聞こえていないようだった。
そしてウタは、それを聞いて思わず噴き出してしまう。
やっぱり、凄い。
そこまで口に出して褒めることはしないけど、とウタは思う。
ウタがそれに気が付くまで、本当に二十年の歳月を要したことを、ルフィはきっと、ずっと前から知っていたのだろう。
それでいて、昔のままから、ちっとも変っていないんだから。
「そんなにおかしいか?」
ルフィが首を傾げるが、ウタは首を左右に振った。
「ううん、ルフィらしいや」
ルフィの心づもりも分かった。
ルフィの心根が昔から変わっていないことも分かった。
この一味と、このルフィを見れば、わかる。今までルフィが行ってきた悪行が、ただの私利私欲にまみれたものではないことも。
そんなことを考えていると、ルフィが口を開いた。
「それにしてもひっさしぶりだなー。お前が急にいなくなって、シャンクスたちの様子もおかしかったから、おれはてっきり、ウタが死んじまったもんだと……」
「勝手に殺さないでよね」
苦笑しながら撃たれたウタの肘鉄砲に、ルフィのゴムの体が伸びる。
「ああ、生きててよかった! だけどよ、なんで急にいなくなったんだよ? シャンクスたちと何かあったのか?」
「いろいろとね」
そう言って、ウタは片目を閉じた。
首を傾げるルフィに、ウタが言葉を続ける。
「わたしも、ルフィがどんな冒険をしたのかとか、なんでルフィがシャンクスの帽子を持ってるのかとか、いろいろ聞きたいし、話したいこともたくさんあるんだけどね。その前に、言っておきたいことと聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
ルフィの言葉に、ウタが小さく頷いた。
「わたし、もう一度、みんなが笑顔で音楽を楽しめるような“新時代”を目指してるんだけどね」
「ししし! ウタは変わんねェな!」
ルフィが笑う。
ずっと心の支えにしてきた幼馴染の笑顔に、つられてウタの頬も緩む。
「それを作るためにさ、世界を見て回りたいし、今の時代を終わらせたい。だけど、わたし一人じゃあ、力不足だからさ」
だから。
ウタは息を吸って、大きな声で言う。
「ルフィ! みんな!」
それぞれにワイワイ騒いでいた一味が、ぴたりと動きを止めてウタの方を見る。
「わたしも、冒険に連れてってよ!!」
ウタの言葉に、“麦わらの一味”は船長ともう一人を除いて、あんぐりと口を開けてウタの方を見た。
「いいぞ」
あっさりと答えるルフィ。
彼女がこう言えばそうなるだろうと確信していたブルックが、ヨホホと笑う。
「待て待て待て待て!!」
若干顔色の悪くなっているサンジが、ルフィに食って掛かった。
「この子が誰だか分かってんのか!? 世界の“歌姫”をこの危険な航海に連れ出すだって!? おれは反対だ! おい、ブルックあんたこの子の相方として活動してたんだろ!? 何か言ってやれよ!」
「いえ、これはウタさんと船長であるルフィさんの決めることです。私からは何も……」
「あああ! ブルックお前はいいよな! この二年間、“歌姫”の|護衛《ナイト》みたいなこともやってたんだろ! だからそんなに余裕綽々でいられるんだ!」
「なあサンジ、“歌姫”ウタが一味に入れば、サンジもウタを守ることができるんじゃないのか?」
頭に血が上って論調がおかしくなったサンジに、チョッパーがとどめの一撃を喰らわせた。
「おれの中で、“麦わらの一味”としてのおれと、“歌姫のファン”としてのおれがせめぎ合ってるんだ……!」
つまり、女好きであり、女性船員が増えることを喜ばしく思うサンジと、“歌姫”には危険な目に遭ってほしくないサンジが彼の中で争っているらしい。
サンジがつい先日までいた過酷な環境も相まって、彼はどうにも情緒が不安定に見える。
「とりあえず、これ以上興奮するとまた鼻血が出そうだから、あっちで注射《鎮静剤》打とうな」
膝から崩れ落ちたサンジをずるずると引きずって、チョッパーが船室へと向かう。
残された船員の中から、ゾロが頭を掻きながら声を上げた。
「あのグル眉に賛同するのも癪だが、ルフィ、一つだけ言わせてくれ」
「なんだ?」
「おれたちがこれから向かう先は“新世界”。生半可な覚悟と実力だと、命を落とすのが関の山だ」
コンコン、とゾロが刀の鞘の石突で甲板を叩く。
「大事な幼馴染なんだろ? そんなに軽く決めてもいいのか?」
下手をすれば、せっかく再会した幼馴染を殺す選択をしてしまうんだぞ、とゾロは言外に言う。
それを聞いたルフィが、ウタの方を向いて言う。
「ウタ、お前死ぬのか?」
「少なくとも“新時代”を見るまで死ぬつもりはないけど」
ウタの返答を聞いたルフィが、ゾロの方へ向き直る。
「死なねェってよ! 大丈夫だ!」
「言葉だけで死なねェなら苦労しねェだろ!!」
唾を飛ばしながら、呆れたようにゾロが叫ぶ。
ゾロは肩を落として、心を落ち着けるように深呼吸して改めて言う。
「問題なのは、“実力”だ。いつでもおれたちが護れるとも限らねェ。最低限、自分の身は自分で護れるくらいにはなってもらわないと──」
「ああ、ゾロさん、それなら大丈夫ですよ」
ブルックが口をはさむ。
あん? とゾロが首を巡らせてブルックを見た。
ブルックはヨホホと笑いながら答える。
「二年前、ここで私たちを苦しめた兵器があるでしょう?」
「“パシフィスタ”か?」
そうです、とブルックが頷いた。
「あの程度であれば、彼女一人で倒せます。実際に先ほど倒してましたので、実力の証明には十分かと」
「────」
ゾロの脳裏に浮かぶのは、上半身がぺしゃんこに潰れた、人型兵器の残骸の姿。
「決まりね」
そう口を開いたのは、ナミだった。
「だから大丈夫だって言ってるじゃねェか」
笑いながらルフィが言う。
よし、とウタは頷いて、甲板の高い所へと駆けのぼり、一味の方を向いて宣言する。
「“歌姫”改め、“麦わらの一味”二人目の音楽家、ウタ! みんな、今日からよろしくね!!」
その宣言に、甲板にいる一味は思い思いの言葉を漏らす。
「うちの船長は本当に不思議な縁の持ち主ね」
「船の事ならなんでも聞けよォ! 増築希望も受け付けるぜ!」
「またにぎやかになりそうだ……」
「そこはもっと祝福してやれよゾロ! ウタ、もしこの船で困ったことがあったらおれ様を頼ってもいいんだぜ!」
「あんたはあることないこと吹き込むからダメ。それにしてもルフィの知り合いってなんでこんなにスケールがデカいのかしら……」
ヨホホ、とブルックが笑う。
「では正式に一味の仲間になったと言うことで改めまして」
ブルックが礼をしながら言う。
「ウタさん、今後ともよろしくお願いします」
そんな仲間の様子を見てから、ルフィは再び笑ってから、船員へ向かって声を上げる。
「よし、じゃあ新たな音楽家も迎えたところで! まずはお前ら、二年間、おれのわがままに付き合ってくれてありがとう! いろいろと話したいことはあるけれど、まずは船出だ!!」
海兵を蹴散らしてここに集合したルフィだったが、つまりは“麦わらの一味”が集結し、出航を目論んでいることは、既に海軍にばれてしまったとみていいだろう。
つまり、長居は無用。
握った両拳を空に向かって突き上げて、ルフィが号令をかける。
「野郎ども!! 出航だァ!!!」
よしきた、と言わんばかりに、船上で船員が慌ただしく動く。
これから向かうは、海底深くに存在する魚人島。
そこへたどり着くための準備を、ナミを中心にテキパキと進めていく。
「え、何これ!?」
「おォ!!」
ウタとルフィが声を上げる。
次の瞬間には、船をコーティングしていた樹脂がシャボンのように膨らんで、船をすっぽりと包み込んでいた。
「フランキー、浮袋を外して!」
「合点だ!」
フランキーが海に飛び込み、コーティングされた船が沈まないように装着された浮袋を外す。
海中から戻ったフランキーが、船に乗り込む。
ナミは頷いてから、さらに指示を飛ばす。
「帆を張って! 海中では海流を帆で受けて動かすのよ!」
「了解!」
ウタはぽかんとして、彼らの動きを見ることしかできない。
昔、彼女が“レッド・フォース号”に乗っていた時にも、ウタがそれらの雑用をすることはほとんどなかった。
だけど、今度はそうもいかないだろう。
(というより、いろいろと体験して、覚えないとね)
仲間である以上は、苦難も喜びも分かち合うものだろう、とウタは考えて、口元に笑みを浮かべる。
「あ!」
ふと何かに気が付いたように、ルフィが声を上げて船の縁に飛び乗った。
ルフィの視線の先には、巨木の枝に腰かける、白髪の老爺だった。
「レイリー!!」
ルフィが彼──、かつての海賊王の右腕であり、この二年間でルフィを鍛え上げた男、“冥王”シルバーズ・レイリーに向かって声を張り上げる。
「フフ、心配で様子を見に来たが、必要なかったかな?」
レイリーの言葉に、「うん!」と勢いよく頷いてから、ルフィは続ける。
「二年間ありがとう! レイリー! おれは……やるぞ!!」
拳を再び突き上げて、この世界に向かって、二年ぶりにその宣言をする。
「“海賊王”に!!! おれはなる!!!!」