The tales of our youth and our school days!

The tales of our youth and our school days!


 砂丘の上。アビドス高校のトップ3浦和ハナコが立っていた。武器となるホースを身体に巻き付け、色気と……揮発した砂糖水を纏う。周囲には補習授業室の側近達。

 砂丘の下。クルセイダーちゃんに立つは補習授業部の三人。数の有利不利など知らぬとばかりに、浦和ハナコだけをじっと見据える。


 阿慈谷ヒフミ。

 白洲アズサ。

 下江コハル。


「お久しぶりです。みなさん」

「久しぶりですね、ハナコちゃん」

「ええ……本当に」

 今か今かと逸る配下を視線で制しつつ、会話を続ける。

「今、この場所は戦場です……悪いようにはしませんから、アビドス高校で匿いますし、回れ右したとしても何もしませんよ」

「戦場でそれを信じられると思うか……と言いたいが、きっと本心なんだろうな」

 アズサが少しばかり声音を落とす。

「失望しましたか?」

 ハナコの表情が砂塵であまり見えなくなる。まるで壊れたテレビのようなノイズ。

「失望……? 何言ってんのよ」

 今度はコハルが反応する。

「ハナコならわかってるでしょ! 私達はハナコの目を覚まさせるために来たのよ!!」

「ああ、そうだ。そのために私達は立ち上がってここまできた」

 コハルの言葉に、アズサが呼応する。

 ハナコの表情はまだ見えない。

「私の目……ええ、ばっちり醒めてますよ。甘い砂糖のおかげで、すっきりと」

 ハナコ……! と憤るコハル。当然だろう。彼女は信頼できる先輩達のほとんどを砂糖に奪われた。

 一時は彼女の中の正義さえも揺らいだ。それでも乗り越えてここに来た彼女に、その言葉は受け入れがたい。

 だから『私』が前に出る。


「あはは……楽しかったですか? 私達とのお友達ごっこ」


 その言葉に、砂嵐のノイズが歪んだ気がした。

「ええ、もちろん」/「そんなわけない」

 空を仰ぎ、言葉を紡ぐ。違う。

「この砂糖の海に負けないほど、あの日々は輝いていました」/「私にそんな言葉、資格がない」

 手を広げ、万感の思いを込める。違う違う違う。

「はい、楽しかったですよ! ヒフミさん達とのお友達ごっこ!」/「やめてやめてやめて『私』が私じゃなくなる」

 過ぎ去りし日々を思い起こし、眼下へと視線を送る。違う違う違う違うの!!!!!!!

「ハナコ……!!」

 コハルちゃんが涙交じりに怒りの双眸を私に向けた。

 これでいい/受け入れたくない、という気持ちが溢れる。

「ハナコ……」

 アズサちゃんが虚しい表情を私に向けた。

 これでいい/そんな顔をしないで、という気持ちが溢れる。

「ハナコちゃん……」

 ヒフミちゃんはまだ俯いている。

 これでいい/ごめんなさい、という気持ちが溢れる。


「私も楽しかったですよ」


顔を上げたヒフミちゃんがそう言った瞬間、私の中で何かが零れる音がした。


「ヒフミ……?」

 アズサちゃんとコハルちゃんの怪訝な表情も意識の外に飛んでいた。

「どうしたんですか? ハナコちゃん」

「違う……」

 思わず声が零れる。ダメ、止められない。

「違う、違う! 違う違う違う!!!!!」

 これは砂糖による豹変? そうかもしれない、普段の私とはかけ離れているから。

 ヒフミちゃんはもう一歩前に出る。

「ハナコちゃん、何が違うんですか」

 その声音は冷静で、それでいて甘い誘惑のような優しい声。

 ずるい。私の心が求めていたのは……『それ』だというのに! なんで、今更! 私なんかにそれを、貴方達は向けられるんですか!!


「……だなんて、友達、友達ごっこだなんて!!! 片時も思った事なんてない!! 思ってるわけがない!!! そんなわけが、ないんです!!!!!!!」


 わけがわからないほどの感情の濁流は、今までの堰を全て壊して流れ出す。

 側近の子達も困惑している。でも、砂漠の魔女は狂ってしまった。仮面で覆い隠した全てが壊れだす。

「みんなみんな大切で!! あの日々が大事で!」

「だったら私達は!!」

 ヒフミちゃんも声を上げる。真っ向から感情がぶつかり合う。

「ダメなんです! 私は元々堕ちていた! そんな私に、みんなの手を取るなんて! できない、許せない!!!」

「なら、なんでハナコちゃんは今『補習授業室』なんて名乗ってるんですか!!」

 突かれる。そうだ、私は未練がある。でも、許されないと思って、せめてと女々しく付けた名前だ。

「ぁ……ぁぁぁぁああああああ!!!!」

 恥も外聞もなく、ただ絶叫する。

「でも、私はこの道を選んでしまった! 自らの意思で進んできてしまった!!! だから……だから……!!!」


──もう、終わりにしましょう。私達の日々を。


「いいえ! いいえ!! 終わりになんてさせません!! 行きましょう、アズサちゃん!! コハルちゃん!!」


 ヒフミは叫ぶ。浦和ハナコは彼女を理解しても、推測しきれないことがあった。

「作戦通りに行きます! アズサちゃん……お願いします!」

「任された。行こう、私達の為に」

 氷の魔女はクルセイダーを降り、砂丘に降り立つ。

「私は操縦に専念します! コハルちゃんは指示通りのフォローを!」

「任せて! 行きましょう、あのバカを取り戻しに!」

 ヒフミが操縦席に滑り込み、コハルはハッチを開けて臨戦態勢となる。


「……補習授業室ッ! 戦闘準備!! 彼女達を『捕らえなさい』!!!」

 砂漠の魔女が叫ぶ。それは狂乱の姿。けれど……魔女は泣いていた。それで十分だった。それは、きっとどちらにとっても。


「行くぞ、酩酊した脚で私に当ててみせろ!」

 アズサが駆ける。

「一斉掃射だ! 壁のように弾幕を張れ!」

 指揮官役の生徒が号令をかける。

「足元が甘い!」

「なっ、なんだ!! 前が!」

 彼女らの目の前には爆弾が仕掛けられていた。火力は控えめ。用途は砂を巻き上げる事。砂糖と化さないように爆風が強力なタイプだ。

「コハルちゃん! そこです!」

「えいっ!!」

 突如あがった砂の柱にアーチを掛けるように手榴弾が投げ込まれる。

「うわっ!」

「焦るな、大した威力じゃない!」

「まて、相手には戦車の砲弾があるぞ!」

「散らばれ!」

 初手で弄ばれ、混乱する補習授業室。本来はハナコが冷静に采配を下すが、今彼女は冷静な状況にない。

 それを側近達は察しているからこそ自分達が……! と奮起するが

「まずはお前だ。少しの間眠っていてくれ」

「ぐあっ!」

「そこか!! 総員撃てっ!」

「させませんよ!!」

 指揮役の1人を気絶させたアズサがヒットアンドアウェイで離れるところに、クルセイダーちゃんが割って入る。コハルは中に退避済みだ。

「くそっ、この装甲をぶち抜けるのは誰かいないのか!」

「コハルちゃん、こっそり投げて離脱します!」

「了解! ていっ!」

 砂場程度に足を取られるような戦車では無いが、ヒフミの躊躇いの無いドライビングテクニックに載せられ戦場をかき回す。

「ぐぉっ!?」

 彼女達の目的は補習授業室の制圧ではなく一時的な無力化。

 それに特化した戦法で戦う彼女達の作戦は綺麗にハマった。


「…………それでも、まだ貴方達は私を。私に、そんな、価値なんて……ないのに!!」

「!! アズサちゃん! 隠れて!」

 ハナコが砂糖水を大量に放つ。

 生身で喰らえば理性がひとたまりも無いが、クルセイダーちゃんの背後ならノーダメージだ。

「どうするの!? なんかすっごい乱射してるわよ!?」

「……二人とも。私の作戦に賭けてくれますか」

「乗った」

「アズサちゃん早すぎますよ!?」

 神妙な表情のヒフミは、されど即答したアズサに驚いてしまう。

「私はヒフミを信頼している。それはコハルもハナコも同じだ。だから言って欲しい。私は、何をすればいい?」

「……私もよ。私が考えるよりも、ヒフミが考えた作戦のほうがいいだろうし!」

 改めて。良い友達に出会えた事に感謝しつつ、本来ここにいるべきもう一人を連れ戻すため。ヒフミは作戦を話した。

「アズサちゃん、これを渡しておきます」

「分かった」

「コハルちゃん、例のアレをください」

「うん……任せる」

「じゃあ、行きましょう!」


 ああ、ああ。ああああああ!

 見えない。目の前は砂ばかりだ。砂糖ばかりだ。

 何も見えなくなった。私の大切な人達はどこだろう。

 全て洗い流せば見えるのでしょうか。

 この罪は洗い流せるものでしょうか。

 罪の水で洗い流せるものでしょうか。


「行きます!!」

 ヒフミの声が号令となって、最終ミッションが開始された。

 クルセイダーちゃんが全速力で砂丘……正確にはハナコがいる場所目掛けて突撃する。

「……」

 ハナコは叫ぶ事すらせず、戦車のルートに砂糖水を適切にぶちまけた。

「!!(ここまでは予想通り!)」

「うわわっ!」

 それによって一旦ブレーキを掛ける。

「ここです! アズサちゃん!」

「……捕まえた!!」

 ブレーキで砂が舞い上がった一瞬のスキをついて、ハナコの後ろからアズサが羽交い絞めにする。

「なっ、やめてください!! 私の身体からは揮発した砂糖水が……!」

「大丈夫。ちょっとくらくらするだけだ」

 アズサはあのガスマスクを着けていた。ここは賭けだったが、効果はあったようだ。だがそう長くはなさそうなのは間違いない。

「コハルちゃん!!」

「この……エッチなおバカ!お仕置き!!!!」

 コハルが間髪入れずに手榴弾を投げ込む。

(!? 自爆戦法!)

 ハナコの動きが固まる。補習授業部であれば──それは私が思い描いてはいけないことだけど──こんな作戦は……! そんな考えがよぎり、一瞬判断力を失う。

(いえ、コハルちゃんの手榴弾なら……っ!)

 そう、彼女の手榴弾は味方を回復し、敵を倒す。

 結果。アズサと"ハナコ"は回復し、ハナコの周囲のホースは呻くようにだらんと頭を垂れた。

(私は、味方……?)

 再度、砂漠の魔女は硬直する。


「ありがとう、二人とも!」

 そして、阿慈谷ヒフミが戦車から飛び出す。


──ハナコちゃんが極悪人のままだなんて嫌です。


 一瞬ぐらつくけれど、砂の上にしっかりと脚を踏みしめる。


──そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。


 顔を上げて、ハナコの表情を見る。


──それが真実だって、この世界の本当だって言われても、私は好きじゃないんです!


 浦和ハナコは、阿慈谷ヒフミに関して推測しきれないことがひとつあった。


──どんな絶望も罪も、ちゃんと償って、後悔して、反省して!


 彼女は日常の象徴のような存在だ。


──どれほどの障害があっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!


 それは彼女の行動にも現れる。


──そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!


 大好きなものに溢れた『普通の日常』ために、彼女は突き進む。時には異常とも思える行動力で。そして、それは今なのだ。


──誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!


 ヒフミは、ポケットから何かを取り出した。これをハナコに──でも普通にやったら口の中に入れるなんて不可能。


──私たちの描くお話は、私達が決めるんです!


 だから、彼女はソレを口に咥えた。ソレを見たハナコは一瞬フリーズし、呆けてしまった。


──終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!


 走り出した勢いそのままに、ヒフミはハナコへ飴玉を口移しした。

「────ッ!?」

 それはミレニアム製の中毒対策の飴玉。コハルが勇者パーティに入っていた時にもらったものだ。


「…………あ、あああぁ……みんな」

 一時の効果だろう。でも、それだけでも十分だ。

 脱力し、その場にへたり込むハナコの元に三人とも駆け寄る。


「まだまだ、足りないんです」

「そうだな、足りない」

「そうね……だって、ハナコがいないんだもん」


「みんな……なんで、なんでここまでして私を!!!」

 これが、恐らく最後の慟哭。

「バカハナコ!!! そんなの決まってるでしょ!」

「そうですよ、私はとんでもない大馬鹿者なんです! 何をしてきた知ってるでしょう!」

 私は絶対に私を許せない。だというのに。

「そのうえで私達はハナコと一緒にいたいんだ!!」

「……! その意味を、本当に理解しているんですか!!!」

 言葉が枯れていく。ああ、本当に醜い。

「全部なんてわからない。けれどもここで終わりになんてさせません!! まだまだ続けていくんです!」

 『私』を見ても、なおも青い輝きを放つみんなを前に、私は。砂漠の魔女は。


「「「私たちの、青春の物語(Blue Archive)を!!」」」


 今まで食べたどんな砂漠の砂糖よりも、強い衝撃を受けてしまったのです。

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