The Old Hunters
「銃を上手く使え。狩人ならば、隙は己の手で作り出せ」
攻撃に合わせて撃ち込んだ水銀弾が、まだらに白いゴム質の皮膚に弾かれる。
ガスコイン、こいつちょっと特殊パターンだわ。
そのまま肉塊を振り下ろされて、生臭い腐臭と共に目が覚めた。
「銃の効かない相手ですか。それなら、背後から思い切り衝撃を加えてはいかがでしょう?」
こいつは効いた。
アルフレート、お前が謁見の間でおれ相手に実演してくれたアレは、冗談抜きで死ぬほどとんでもない威力だった。あれからというもの、背後を取った時のお手本はいつだってお前だ。
少し、老いた赤子に血を流させた。
「足運びを工夫すればいい。折角のリーチだ。無駄にするんじゃないよ」
おもむろに投げつけられた白い血の玉をステップで躱す。
アイリーン、あんたにはいろんなことを教わった。
高速にのった攻撃で真価を発揮するあの隕鉄の二枚刃を、あんたの業は十全に活かしていた。
肉の紐に繋がれ振り回される塊を、無駄を削って避けられるようになった。
「脳裏に刻むカレルも、血晶石も、慎重に選びたまえ。きっと君の力になる」
ゲールマン、夢の中でも悪夢にうなされるあんたには今、おれの姿が見えているか。
カレルを組み直し地下遺跡を走り直して装備を整え、一手ずつ戦いを進める。
暗い浜辺に、白がたなびいた。
「お前、政府の人間だな?海兵かCPか…どちらにせよ、ここにはうんざりだろう?…希少な後輩だ。一つ協力をしてやろう」
ヴァルトール、六式を狩りに組み込めたのはあんたの協力あってこそだ。
おかげで、オドン教会で朝を待つあの子に加速の業を渡しても、機動力で負けるってことがなくなった。
遠い記憶に、ゼファー先生の激励が飛ぶ。
大振りの連撃の隙間に距離を詰め、鬼哭の一撃を叩き込む。
雷撃が、空気を焼いた。
「貴公、あの黒獣を狩ったのだろう。神秘の雷に見え、なお魅了されぬはその意志の故か、それとも…」
デュラ、あんたは夜明けを迎えてくれ。
兄上はきっと、オペオペの実を手に入れる。その力を宿した誰かは、旧市街の患者を救うだろうから。
黒獣と同じ青白い雷光を避ける術は、既におれの手にあった。
「…お願いだ、悪夢を、終わらせてくれ…」
シモン、このおぞましい悪夢の底で、お前が居てくれることがどれだけおれを救ってくれたか。
秘匿の最奥を、罪と呪いの果てを目指した男は、かつて英雄の栄光の影でただ瞳の蕩けた"人間"を狩った、予防の狩人だった。
鬼哭の納刀から間髪入れずに弓剣を変形させる。
獣に弓で挑むなどと嗤われてきた狩り道具は、悪夢の果てで赤子を射抜いた。
「ロシー、ロシナンテ、私たちの愛しい子」
父上、母上。刃の先で、血が燃える。
欠けて歪んだ記憶の中でずっと、おれはずっと、赦しを求めていた。
積み上げに積み上げた嘘の上で正義の影に隠れ、血を疎んで生きてきた。
マリア、刃を棄てたあんたは夢に生まれもう一度狩人の業を手に取って、そしてその血を炎に変えた。血に継がれる熱の正体は、獣なんかじゃないと知ったから。
そうだ、そうしてやっと、血に流れる命の欠片たちの声が聞こえたんだ。
天上でいつしか腐れた竜の血が、炎の中で目を覚ます。
託され継がれた想いの総てが、果てに向かっておれの手を引く。
「似合ってる似合ってる!あんたその方がずっと"らしい"わよ」
ベルメールさん、口調も立ち振る舞いも煙草も、教わったのはあんたにだった。
今もノジコちゃんとナミちゃんと、あの平和な村でみかんを育ててるんだろうな。
「覇気とは意志の力!しかし、お前さんはちと変わったやり方が合いそうじゃな」
ガープさん、覇気を使えるようになるよりクスリをブッ込んでも動けるようになる方が早かったって言ったら、いつもみたいに豪快に笑ってくれたかな。
「あんたは良い子だよ、ロシナンテ」
おつるさん、あなたはどこまで知ってたんだろう。
母上とは何から何まで全然違うのに、穏やかな眼差しが母親みたいだって思ってたと話したら、呆れられてしまうだろうか。
「もーちょい肩の力抜いていこうじゃないの」
「わしが認めた"正しい"海兵に、ほいでも文句のある者は今ここで申し出い!!」
クザンさん、サカズキさん、二人とも、実はこれ以上昇進しない方がいいんじゃないかって考えてたこと、どうせなら言ってしまえばよかったかな。
二人の正義は、腐り落ちてしまった支配の理とは相容れないから。
「あんたの"事情"に首突っ込む気はねえ」
スモーカー、お前みたいなやつが、海兵になってくれてよかった。
賭けてもいい。お前の守る人たちも、いつかお前の部下になるやつらも、おれとおんなじことを言うよ。
「コラさん」
ロー、お前は本当にすごいやつだから、どうか嘘を嫌えるような人間になってくれ。
お前を呪うようなものは、閉じ込めるようなものは全部ここで狩っていくから、おれのことはいつか、一夜の悪夢のようなものだと思えたらいい。
海岸を埋め尽くす砂粒に、赤と白の血が混じる。
あと、少し。
「ドフィのあれは、元々およそ人に振るうものではないのだろう」
おれに獣狩りの短銃を託した男が、ヴェルゴがいつか告げた言葉だ。
啓蒙と神秘の世界に生きた兄の求めた力は、練り上げた業は、人間を殺すためのものなんかじゃなかった。
今なら分かる。限られた戦場で動線を紡ぎ、断ち切り、操るそれは、人ならぬ者たちを見ることもできない誰かを守るためのものだ。
はじまりは、自分の身ひとつ守れない弟の手を引くための、ただそれだけの。
行動を誘発させ、適切な距離を保ち、幾重にも展開を予測する。
膂力で到底及ばない相手にも、必ず勝機はあるのだから。
「この残酷な時代に正義を掲げるために、お前もおれも、人の命を選び取るだろう。だが決して、一握の慈悲だけは手放さんようにな」
たとえそれがどれほど、弔いと共に歩むことがどれほど苦しくとも。
ありがとう、センゴクさん。
二度とあなたの背を追う日々が戻らなくても、あなたの傍におれの居場所がなくてもおれは、その誇り高い優しさと厳しさと、正しさとを父と仰ぐから。
炎を纏う血が、ほの白く輝く視界を焼き切る。
廃城の雪を融かすほどに熱い遺志をはらむ切っ先が、蕩けた頭蓋をついに捉えた。
おれたち狩人を、ローとその故郷を呪う悪夢が終わる。
遺志を継ぐ狩人の業と、安らかな弔いの祈りと共に。
どうかどうか、死者に感謝と敬意と、そして慈悲のあらんことを。
煌めく炎を透かす瞼の奥で、凪の悪魔が瞳を開いた。