The Accomplice④
きりきりきり、とん。
「…ここに、いらっしゃったのですね」
きりきりきり、とん。
「……………妹様」
きりきりきり、とん。きりきりきり、とん。
「…失礼致します」
こちらの声を意にも介さない様子で弓を引き続ける彼女の、その手首を握る。
見かけ通りに細く白いそれは最初に見た時よりも随分と頼りなく、弓を引く膂力があるということすら疑わしく思えた。
「何。離せよ。私が何してようが関係ないでしょ」
「お言葉ですが、私は陛下直々に有事の差配を全て任されておりますので、全てに関係があります」
「……言うようになりましたね」
「お陰様で」
普段であればもう一二回はやり返してくるところだというのに、それきり黙ってしまう。
無礼にならないよう注意を払いつつ顔を見てみれば、伏せた目の下部に薄らと青く影がかかっているように見てとれた。
「……どうか、お休みください。心中はお察しいたしますが–––––」
「はァ?別にあんな奴らいなくなったところでどうって事ないけど?所詮根性ねじくれた大量虐殺者の集団じゃない。バズビーなんかはむしろザマを見ろと快哉を叫ぶところでしょう」
「…貴女の嘆きようを知っていて、そのような事を言う奴ではありません」
最近のことはあまりわからないけど、たぶん。
「だから嘆いてないっって言ってんだろ。
命令されれば女子供も容赦無く皆殺しにしてきたような奴らなんだから、自分たちが弱い側になった時にそうされるのもまた当然のことです」
「………………。」
「大体私どうせ皆に嫌われてたんだし。覚えてられたところで向こうからしたらなんだって話でしょ。
だからなんとも思ってないし、今はただみんな忙しそうだから一人でこうやって暇潰ししてるだけ。
……一人にして」
何かを言うべきなのは理解している。
あるいは、ここにいるのが自分でさえなければ、今も伝わってくるこの震えを止めることができるのではないか、とも。
それでも、出てこない。言葉が喉まで登ってくるまでの中に、どこかへ溶けていっているような感覚だった。
手首を掴む手が一向に離されないことに痺れを切らしたのか、彼女がほんの少し唇を開いた。
「…お前も、あの流れの一部になるんでしょう?」
「––––––––––」
瞼に半分隠れた銀灰色が、首筋に突きつけられた刃のように思えた。
違う。––––––何が違う?
そんなつもりじゃなくて。––––––なら、どんなつもりで?
この場を任されている身としても(そして自分の望みのためにも)、気の利いたことを言わなければいけないはずだ。その気の利いた正解というものが、全くもって浮かんでくれない。
「…………ご自分のお部屋が嫌であれば、私の所に来ていただけませんか」
ようやく喉を転がり出てくれた言葉は、お互いにとって全く予想外のようだった。
「……やる事が溜まっていて。手伝っていただけると、とても、助かります」
「でも私、何もするなと、言われているのよ」
「軍事侵攻に関する作戦に関わらせることは禁じられていますが––––––ええと––––––食べ物とか––––その辺りなら、大丈夫––––––だと、思うので」
「………………なら、いいのかしら」
どこか呆けたような様子で手を引かれるがままにしている彼女の手は、ひどく冷え切っていた。
* * *
殆どは未だ花火会場の周辺にいるからか、崖下沿いの道には人の姿はない。
ただ男が一人と抱えられた荷物が一人、それだけだった。
「……お目覚めですか」
「そうね」
「ご自身が荒事慣れしておられない故に突然の暴挙に驚き失神してしまったことは覚えておいでですか?」
「おかしいわね。私は猛スピードで飛んできた硬い何かに頭をぶつけて気絶したと記憶しているけど」
「貴女は突然の暴挙に驚き失神してしまったことは覚えておいでですね?」
「……わかりました。そういうことにしておきましょう。
…………脇腹、どうかしたの」
「……申し訳ありません。すれ違いざまに、少々。後ほど命が惜しくば今後は叔母をデコイに使うなと言い含めておきます」
「そうかしら?敵の行動傾向を鑑みれば妥当な策の範疇じゃない。私だったら叱る前に一回褒めとくわよ」
「私は貴女ではないので評価は私の基準で決めます」
「そう」
「………………」
「………………」
「……普段であれば、ご自身で足場を作るなりなんなりしての対処が可能な事案に見えましたが」
「ど忘れぐらい誰でもするでしょう……て、ちょっと!」
急に下ろされるとともに顔面をぐいぐいと擦るように撫でられ、マグダレーナが抗議の声を上げる。
「血色が悪い、で済ませて良い域を超えています。
率直にお尋ねしますが、何割削ったのですか。身体の管理を怠っているのはカムフラージュのおつもりですか。最後に八時間程度の睡眠をとった時間と食事時間およびその内容も併せてご回答いただきたいのですが」
「……………………………………………………ろ…
6割ぐらい、普通に忙しくて忘れてただけ、5日前ぐらい、5時間前、ゼリーみっつ……?」
発言するにつれ一層目の前の顔の眉間にかかる影が深くなるのを見て、マグダレーナは「ひえ」と情けない声をあげた。
「だ、大体、大体だから––––––」
「……貴女の場合、私とは違い即座に命に関わる可能性もあるのだという自覚は持っていただけていると思っていたのですが」
「う゛ー……」
「うーではありません。
ひとまず何か腹に入れましょう。その状態ではまともに思考するのも難しいでしょう。……元からという可能性も否定しきれませんが」
「お前、時々だけど丁寧で尊敬と配慮のある態度さえとっていれば何言ってもいいと思ってない?」
「お陰様で」
* * *
「はあ、はあ––––––先輩!見つけました!マグダレーナさんです!」
ちゃんと五体満足!?
「おそらくは!
カワキさんは混乱に乗じてどこかに行ってしまいましたし一時はどうなるかと思いましたが、これで一件落着––––と––––言っていい、のでしょうか。
旦那さんは非常にお怒りの様子でしたし、場合によっては我々がフォローして差し上げた方が良いかもしれません。
それにしても、どちらに向かっておられるのでしょうか?」
この先は商店街だけど…
捕まったエイリアンみたいになってる…
しょぼくれた顔でとぼとぼと引きずられていくマグダレーナを物陰から観察しつつ、二人が顔を見合わせる。
「あ、クレープ屋の前で止まって……何か考えこんでいらっしゃるようですね」
メニュー看板の前で静止した様子––––正確には止まった男の方の顔を覗き込んでいる女という構図なのだが––––の二人は、そのままかれこれ十分ほどその状態を維持している様子だった。
「何か問題でもあったのでしょうか?店員さんも少々困っておられるように見えますが…」
どれも美味しそうだからね……
こっちまでお腹空いてきた
「先輩!?」
「あの、お客様、ご注文は……?」
「……すまない。ええと、小豆バターを一つと––––」
「いえ。ミックスベリーチーズケーキスペシャルとチーズチキンカレーをいただけるかしら」
「はあーい。少々お待ちくださーい」
驚いた様子で見下ろされたマグダレーナが、少し居心地悪げに「なに」とだけ返す。
「……いえ、なんでも」
「やはり気まずそうですね」
「あれらはあれが平常運転だが」
「それはそれで問題なのでは……?」
「お腹いっぱい。残り食べて」
「しかし、まだ半分も……」
「いいから。甘いのとしょっぱいのって、並んでると両方食べたくなるわよね」
「…………ありがとうございます」
「それにしても、あれが小豆を選ばぬとは珍しいな。何か悪いものでも食べたか」
「いや、あれは……
……まあいいか。そういう所あるよね、君」
うわ!なんか沸いた!
いたんですね!?
背後からの声に振り向けば、カメラを構えた不審者とその横でにこやかに手を振るエドガーが歩み寄ってくる所だった。
「何を言っている。先ほどから会話していただろう」
「花火も終わったし軽食でも摂ろうと思ってね。
それで?どういう経緯でデートの出歯亀なんてしているんだい」
それがかくかくしかじかで……
「…………あーーーーーね。やっぱりそうなるか……
やっぱり、こういうことになる前に何か言ってあげた方が良かったかもしれないね?」
「何故こちらを見る。あれがやりたくてやっている事を一々咎めては哀れだろう(それに面倒臭い)」
「副音声、聞こえてるよ」
「……………お前はあれの意固地さを知らぬのだ」
わやわやと騒がしくなりだす周囲のことなどつゆ知らず、そうこうしている間にクレープを残さず平らげたらしき二名の会話は続く。
「何かお飲み物を調達して参りましょうか」
「特段喉は乾いておりません」
「……お飲み物を調達して参ります」
「一緒に行けばいいじゃない」
「……お飲み物を調達して参りますので、ここでお待ちください」
「………?ええ……」
「あれ、離れてしまわれました。どうしたのでしょうか。何やら周囲を見渡しておられるような……」
困惑した様子のマグダレーナを植木沿いのベンチに置き去りにしたハッシュヴァルトの姿を目で追えば、そのまま急いで角を曲がり、壁際に寄ったところでやや落ち着きなく周囲を見渡しているようである。
そのまま見守っていると、通りの端から駆け寄ってきた影に向かってツカツカと歩み寄って行ってしまった。
あれって…
「先ほどマグダレーナさんと親しくされていた方ですね。
……あの、そういえばあの方とマグダレーナさんとはどういう関係なのでしょうか?」
「………………………さあ?」
「“さあ”!?」
「遅い」
「ッせーな。こっちだって用事があンだわ。
……おら。これでいいんだろ」
提げていた袋がひょいと渡されると同時に、ガサゴソという音が鳴る。音の様子から見て、それなりにボリュームのあるものが入れられていることが推察できた。
「うん。ありがとう」
「つか何で俺使うんだよ気まずいだろォが。こういうのは他の友達に頼めっての」
「………………………ホカ=ノ=トモ、ダチ……?」
「初めて文明に触れた山奥の部族かオメーは!
……で、んなモンでどうやってここからなんとかするつもりだ?」
「……………………………………。
……わかった。少し耳を貸してくれ。
………ごにょごにょごにょ」
「……うん。うん。……………うっわ!!まだるっこし!!」
「大きな声を出すな。聞こえたらどうする」
「悪ィ。……じゃねンだわ。どう考えてもンなアホみてーに遠回りな方法使う必要ねェからな?いいから今からでも作戦変えろって」
「…………そんなの君が気にすることじゃあない」
「いっつもそうやって関係ないだろ自分でできるもんッつって結局一人で途方に暮れてるだろーがよ。何回やるんだよ。天丼ネタにも限度ってもんがあんだぞ」
「君がそうやって自信満々に出してきた“スッゲー作戦”がこれっぽっちも役に立たなかった回数よりは少ない自信がある!!!」
「うわ!急にキレんな馬鹿!」
押し合いへし合い…には至らないまでもピリッとした空気感を遮るように飛び退いた奇妙な髪型の男は、「いいから!変な作戦モドキ練ってねーで話せよ!あと俺がいたのは秘密な!」と逃げ去ってしまう。
「あ、行ってしまわれました。結局何者なのでしょうか……
……それにあの袋は一体」
「見守ってみようよ」と、エドガーが口元に人差し指を当てた。「何かあれば割って入ればいいし、何もないならそれに越したことはないだろう?」