The Accomplice①
花火の場所取りをすべく会場へと向かった大多数をよそに、労働者側チーム一行は屋台通りの監視…もとい、冷やかしを続けていた。
「マグダレーナ様の夫について?」
わずかに煩わしげな気配を見せつつ、カワキが問いかけに返答する。
「はい、お世話になっている方の夫にあたりますし、念の為ご挨拶などしておいた方がよいのではないかと思って…」
「…………色々と面倒だからやめておいた方がいい」
心底嫌そうな顔であった。
難しい人?
面倒な人?
尋ねると、少し思案するような顔を見せた後、やや嫌そうな気配を漂わせたままのカワキが口を開く。
「別に問題のある人格はしていないと思うけど、外部からの者はあまり歓迎されないんじゃないかな。
まだ遭遇していないのだとしたら、それは幸運だ。
満足度集めのために接触する必要はあるとはいえ……可能ならば私がいない時にしてもらいたいかな」
言い切ると、いつの間にやら手にしていた缶ビール(ビッグ缶)をずいと啜り出す。あまりにも自然なのでツッコミを忘れかけていたが、職務中の飲酒はあまり褒められた行為ではないのではないか?
そういうツッコミは無駄そうな気配を感じたのであえて水に流しつつ、マシュが話題を拾った。
「保守的な方ということでしょうか。マグダレーナさんはどちらかといえば開明的な方のようにお見受けしましたので、少し意外というか…」
「婚姻関係の成立にあたっては、一部地域で絶大な人気を誇るマグダレーナ様を帝国の中枢にある滅却師と妻せることにより、勢力圏の拡大と反抗勢力の抑制を図る目的があったと聞いているよ」
話している限りでは仲が悪いというような印象は受けなかったが、いろいろ複雑な事情があるらしい。
「そうなのですね…
あれ?あそこ、人だかりができているような…」
行ってみよう!
一行が足早に歩み寄りだすのとほぼ同時に、重いものが倒れる音が響いた。
「うおっしゃあーッ!私の勝ち!はい辻プロレスタイム終わり!
ヒール系魔法少女は再挑戦をいつでも受け付けていますよ!道のど真ん中以外のロケーションでね!
ほらジェイムズ!オマエも無駄に場所取ってるからさっさと減れ!」
柔らかい何かを圧縮する音が響く中、一人の少女が勝利の雄叫びをあげる。
「…あの、すみません。あの方が圧縮しているもの、なんだか人間のように見えるのですが…」
「帝国ではよくある事だよ」
「よくあるのですか!?」
「案件04-35解決ヨシ!次!」
何か(あれ人じゃないか?)をひとしきり圧縮して満足したのか、大きく頷いた少女がそのまま飛翔する。
「あ!行ってしまいます!」
追いかけよう!
こうして、必要ないと思うけどな、などとぼやくカワキを半ば引っ張るような形で、縦横無尽に飛び回る謎の少女を追いかける突発イベントは始まったのであった。
「おっ、ナイスロリ発見。って、…げ、もしかして…」
「くぉらー!この一大イベントに彼女を放ってガールハントとはどういう了見です!」
まだ少し幼さを残す青年に対し少女が飛びかかっていったかと思うと、頭よりも高い位置にある肩を器用に掴んで前後にガクガクと揺さぶった。
「いくら後継として立つ必要がないといっても、最低限品格というものは重んじるべきでしょう!
そもそもですね、欲求の解消が目的であるならば彼女が駄目な場合にもすぐ近くに適切な相手がいるではありませんか。諸リスクを考えるとわざわざインスタントな関係性を求める意義がわかりません。合理的な説明はいただけるのかしら?
……真面目な話、明らかにゴーサイン出てる相手に対し何もせずに他にばかり行くのは大切にしているようで相手の名誉を傷つけていますからね。モラトリアムにかまけている暇があったらさっさとなんとかすることです。おわかり?」
「…何の話だ!」
「え、嘘。マジでわかってない?普段のコミュ力どこに置いてきました?」
「…………………」
苦虫を百匹噛み潰した顔をした青年が徐に何かに触るような動きをしたかと思えば、その姿が急に掻き消える。
消えた…だと…
「帝国ではよくある事だよ」
「よくあるのですか!?」
やや離れた物陰でやいのやいのしている一行をよそに、少女は大きくため息をついた。
「あ、逃げた。嘘、恋愛偏差値雑魚すぎ。血筋かな。
やはり、いくら毛並みが違おうが所詮トンビの子は行けてもせいぜい小綺麗なトンビですね。かわいっ」
「…はあ。そういう所だよ?嫌がられてるの」
あえて存在感を消していたのであろう、一連の流れを黙って見ていた少年がため息を投げ返す。
「オマエもなんでついて回ってんだよ。まさか異性に興味でも出てきたワケ?」
「いや全然?なんとなくぶらついてただけ。
…ああいうのは各々のタイミングってものもあると思うし、無理に押しても余計なお世話じゃないのかい?」
「ふーん。周囲の人間関係に気を使うような事言っちゃうんだー。
あれれー?最初に会った頃は周りに嫌われようがどうでもいいー、とかなんとか気取っちゃってた気がするんですけどねえ?
そういえば、今日はちゃんと周りと服の雰囲気も合わせてるのねえ。
アオハルかー?んー?」
「……………」
「なんで急に向き変えたの?照れてるの?照れてんだろ。照ーれーてーんーだーろー。おりゃー。おりゃおりゃおりゃあいったー!!!!!」
腕がぐにゃぐにゃになった…だと…
「帝国ではよくある事だよ」
「よくあるのですか!?」
「いったたた…ひどい!容赦ない!無礼すぎてびっくりする!
てか真面目な話アレは本当に“ない”からな!?オトモダチとして止める心意気とか、見せた方がいいと思うわけ!
…………………。…………何よその手は」
「友人に原始的欲求に勝る娯楽を提供するためには、先立つものが必要だと思うなあ。
誰かさんがインチキ踏み倒し厳禁ルールなんて敷いたせいで、誤魔化すのも難しいし」
「…何でオマエの方が甥っ子みたいなムーブしてんのかしらね、クソガキ」
大きくため息をつき、少女が懐から財布を取り出すと気持ち分厚めの束を取り出した。
「はい。言っとくけどカジノには連れてくなよ?」
「引き際をわきまえる程度の分別はあるけど?」
「いえ、オーナーの親族がバニーガールに手を出したとかいう醜聞が聞こえてきたら、流石に私“本当に”怒りますから」
「あー、うん。善処しまーす」
「ん、楽しんでおいで」
刺身こんにゃくのようになっていた腕は、いつの間にか元の硬度に戻っていたようだ。ぞんざいに手を振る、というより明らかに「しっしっ」という動作で少年を追い払うと、少女は今一度ため息をついて歩き出した。
…かと思えば、またも目を三角にして今度は一人の男の方にずんずんと歩いて行く。
「ちょっと妻帯者。オマエもナンパしに来てますとか言ったら私、あn…陛下に代わって激おこよ?」
詰め寄られている方を見れば、ひょろっとしたどこか掴みどころのない雰囲気の男であった。
横にいたカワキの反応的に、おそらく知り合いなのだろう。いささか他人事感が強くはあるが、やや「あーあ、お気の毒に」というような顔をしていた。
男はわざとらしく驚くようなそぶりを見せると、おどけて子供に話しかけるような口調で口を開いた。
「あー、違う違う。さっき急に花火見物女子会が決まったとかなんとか言ってツレが連れてかれてさあ。仕方ねえから一人寂しくブラついてるってだけだぜ」
「女子会。」
少女が僅かに目を逸らし、「(わたしさそわれてない)」と口を動かした。
「……ま、まあ、そうですね。急に決まったのなら仕方ありませんし。そもそも私忙しいのでそういうのパスですし?うん。
……ごほん!そういう事なら私からミッションをくれてやります」
未だ何かが刺さったかのようにぷるぷる震えつつある少女が、大きく咳払いをして懐から紙束を取り出す。
「ドリンクチケットです。この辺りの飲食店にあるものなら大体なんでも引換できます。これを差し上げますのであっちで屯してるリジェとジェラルドとペルニダを回収して美味しいおビールでも飲ませておいてください。
…正直お前たちはちょっとぱっと見キワモノなだけで民度的には騎士団屈指のまともさではあるから問題ないとは思うんですけどね。揃いも揃ってギャルに弱いとかもあるし、保険までに念のため、です」
「マジ?それ、高いやつから順に全部くれとか言ってもいいカンジ?」
「私がなんでもと言ったらそれはなんでもという意味ですが?」
「いいね、そいつァ豪勢だ。
んー、無料(タダ)でもらったんじゃオニーサン後で怒られそうだからなあ。
この飴ちゃんと交換にしようぜ。んじゃ、お母さんにもよろしく〜」
頭をポンポンと叩かれ、少女が明らかに遺憾の意を全身から放っているが如き顔で固まった。
そのまま男が立ち去るまで硬直した後に、一掴みほど投げ渡された飴を口に入れ「……む、バタースコッチ味」と呟く。
その背中には、なんとなく哀愁のようなものが漂っていた。
「もしもーし。何?ちゃんと渡せた?よろしい。
正直お前から仕掛けようと思ってるって聞いた時点でこうなる予感はしてましたからね…
デキる者は一つの手段が失敗したとしても二の矢三の矢で最低限の成果を持ち帰れるようにしておくものです。次は自分でやるんですよ?
え?仕事中の飲酒はまずいんじゃないか?いいのいいの、雇い主がいいって言ってんだからその辺は…まあバレたらまずい相手にバレなきゃ大丈夫!」
そんな風に笑顔を見せている、何やら電話を始めた様子の少女を見つめながら、マシュが思い出したかのよう声をあげた。
「そういえば、何やら暴れていらっしゃるようだったのでついついて来てしまいましたが…」
多分、別の保安要員だね
ただの魔法少女だったね
「だから必要ないと…」
そう言いつつ、カワキが酒–––––先ほどのものとは違う、というかもう実質一升瓶ラッパ飲みじゃないか?それはと言わざるを得ない–––––を舐める。
見たところ、少女は基本的に暴れるとは言ってもトラブル鎮圧に終始し、しかも常に最小限の騒ぎになるように努めているようであった。初手の目撃例がヤバめのプロレスであったせいでやや判断に苦しむところがあったが、問題にすべきようなところは見当たらないだろう。
「いーい?今回はあんまりにもあんまりな成果だったから手伝ってあげたけど、次があったらちゃんと自分でバックアップまで考えること!じゃあね!」
そうこうしている間には手に負えないなしを終えたらしい少女が、勢いよく電話を切って深呼吸をする。
「––––––––––で?いつまでコソコソ見ているつもり?」
ぐるりと頭を回したその目の先は、確かに追跡者たちに向けられていた。