TYi-145

TYi-145


TYi-145は第二次大戦期のウマムスタンの重騎兵戦車(中戦車)。ウマムスタンを代表する戦車の一つであり、冷戦期のウマムスタン戦車の基礎となった。


開発

第二次大戦中の1943年当時、世界各国で次々と新型戦車が開発されていた。ウマムスタン陸軍は質量ともに大幅に強化されていく仮想敵国の陸軍に危機感を覚えていた。当時のウマムスタン陸軍では新型のTYi-137-60が配備され始めていたが、この戦車は決してウマムスタン陸軍にとって満足できるものではなかった。


陸軍技研の検討、試験などにより、TYi-137-60には次のような欠点があることがわかっていた。

・極端な小型化により居住性が悪い

・砲弾の巨大化、当初は想定されていなかった改修により装填速度が悪化した

・60口径 75 mm砲用の砲弾は高初速に耐えるため外核が厚くなり、その分榴弾内の炸薬が減少し歩兵支援には十分でない

・大型の砲弾を積むことになるため搭載弾数が少ない


装填速度、搭載弾数、歩兵支援の問題に関してはイルドゥルム設計局によりある程度この問題を解決し、継戦能力と歩兵支援能力を重視した型、TYi-137-50の開発も提案されたが、陸軍は「二つの生産ラインを同時に稼働することは非効率である」「エイシン軍戦車や予想される新型ウマエト、ダート重戦車を撃破するためには60口径が必要である」「歩兵支援は現在開発中の歩兵戦車(TYi-144)および突撃砲である程度代替可能」などの理由によりこの提案を却下した。しかし同時にウマムスタン陸軍は十分な歩兵支援が可能で継戦能力も高く、かつ他国の最新鋭戦車を正面から撃破可能な戦車の必要性は認識しており、TYi-137-60の開発と並行して急ピッチで次期重騎兵戦車の開発が進み、1943年中には関係組織がそれぞれの設計案を提出した。


当初陸軍は歩兵支援任務は歩兵戦車、突撃砲の役割と考えていたため、主砲に関しての要求はそこまで厳しいものではなかった。最悪の場合従来通りの60口径 75mm砲を積み、かつTYi-137-60以上の継戦能力があれば良いとされた。しかしながら速度に関しては最高速度60km/h以上と非常に要求性能が高かった。これは当時のウマムスタン機甲部隊が主に速度を重視する騎兵科により運用されていたことや、TKab-135軽騎兵戦車から続く快足戦車信仰が影響したとされる。


このような厳しい速度性能を要求されながらも、関係組織はこれによく応えた。当時のウマムスタンはガスタービン技術が発達しており、これを搭載することで軍の要求以上の速度を出しつつ、かつ火力と装甲の大幅な向上が可能であった。しかしながらガスタービンエンジンを搭載することで生産コストが悪化し、この問題が陸軍と技術者を悩ませることとなった。結局ガスタービンを搭載しながらある程度の低コストを実現したイルドゥルム設計局の戦車が採用されることが決定し、当初提出された75mm砲搭載案を90mm砲に換装した案がTYi-145(同時に採用されたTYi-144重戦車との名前被りを避ける形で)として採用されることとなった。


構造

TYi-145は当時世界最強クラスの性能を誇っていた。


まず砲塔全面の装甲厚は115mmと、防楯を除いた純粋な装甲厚では同時期に開発されていたパーシング重戦車を凌ぐ装甲厚を持っていた。車体も前面76mmとT-44およびパーシングには劣るもののM4シャーマンやT-34を大きく凌ぐ厚さであった。


主砲には50口径90 mm戦車砲が採用された。この主砲はティーガーⅠの正面装甲をほぼどこでも貫通できる性能であり、パンターやティーガーⅡにも対抗が可能な性能を持っていた。このように優秀な貫通力を持ちながらも榴弾の炸薬量も確保されており、歩兵支援を十分にこなすことが可能であった。


本車最大の特徴はなんと言ってもその速力にある。整地での最高速度は59km/hに達、これはT-44やパーシングを大きく凌ぐものであった。また最高速度には表れない、ガスタービンエンジンにより得られる出力重量比も非常に良好であり、高い加速性能や登攀性能を発揮し、丘陵地域での戦いでは大きな効果を発揮した。


運用

TYi-145は1944年の初めから生産が開始され、間も無くウマムスタン軍に配備された。ウマムスタンの最新技術を集めた戦車であったため、国外への輸出は基本的に行われず、第二次大戦ではもっぱらウマムスタン義勇軍で使用された。


TYi-145は1944年6月22日より始まるバグラチオン作戦で初陣を飾った。東部戦線に派遣されていたウマムスタン義勇軍第一騎兵師団(第16騎兵師団)所属の第8重騎兵連隊はウマムスタン軍部隊の中でも最も早くにTYi-145を装備していた部隊であり、作戦開始と共にエイシン軍第三装甲軍のパンター、Ⅳ号戦車と交戦した。戦闘はおおむね優勢に進み、車体の装甲が薄い部分をパンターの主砲に貫かれ数両が撃破されたものの、担当区域のエイシン軍部隊を撃破することに成功した。その他の戦線でもTYi-145は投入され、敵であるエイシン軍だけでなくウマエト軍にも衝撃を与えることとなった。


西部戦線でもTYi-145は投入された。義勇軍であり決して数が多くなかったウマムスタン義勇軍はノルマンディー上陸作戦には参加できなかったものの、1944年7月25日から始まるコブラ作戦に参加した。ウマムスタン義勇軍第5騎兵師団(第24騎兵師団)を中心とした部隊が装備していたTYi-145はここでも優れた性能を発揮し、エイシン軍の防衛戦の突破に貢献した。当時の連合軍戦車は予想を超える大規模なエイシン軍の重戦車部隊に苦しめられており、エイシン軍戦車と真正面から戦闘が可能なTYi-145は連合軍兵士から大いに頼りにされ、現地の軍ではその場での供与を要請されたこともあった。(機密保持のため現地司令官が拒否し、実現はしなかった)TYi-145は西部戦線の連合軍にも大きな衝撃を与え、特にバルジの戦いにおけるM4シャーマンの性能不足を指摘する報道がダート本国でなされた時には比較対象としてTYi-145が持ち出され、ダートでも知名度を獲得するに至った。第5騎兵師団の師団長を務め、大ウマムスタン主義者としても知られていたドースト・ネヴァーベンド少将は西部戦線の連合軍戦車部隊の戦いを見て「こんなことなら41年の6月にカガンに直訴しておけばよかった」とこぼしたという。


TYi-145は第二次大戦の終戦までウマムスタン義勇軍の戦車として戦い、第二次大戦中に本国軍向けのものも合わせおよそ6千両が生産された。第二次大戦により巨大化したダート、ウマエト軍に比較的小規模なウマムスタン陸軍が対抗するための切り札として参戦国でないにも関わらず積極的な生産が行われた。TYi-145はその後幾度も改良を繰り返し、冷戦期、ひいては現代に至るまでのウマムスタン戦車の礎となった。


補足

重騎兵戦車:TYi-137の後継として開発されたことを想定しているので、超重騎兵戦車ではなく重騎兵戦車とした。


TYi-137-60の問題点:完全に妄想だが、まあ元々23トン級の戦車に60口径75 mm砲なんて積めば多分こうなるだろうという問題点。それでもなお強い。


防御性能:防楯がどれぐらいの面積でどれぐらいの厚さなのかわからんが、まあそう悪くないだろうということで防御性能は普通に高評価にしてみた。しっかしコイツ本当に高性能だな


砲火力:通常の徹甲弾だとパンターやティーガー2にはちょっと見劣りするかも?アフガンにはタングステン鉱山がある(規模は未だによくわからんが)ので、そこの資源を使って高速徹甲弾を装備すればパンターやティーガー2を正面から撃破することも十分可能だろう。


速力:言わずもがな。ところでパンターはなんであの巨体、装甲、高威力な砲で55km/hも出るんですか?いやまあ後で負担軽減のために45km/hしか出ないようになってるけどさあ


実戦での活躍:ここではふんわり触れているが間違いなく連合軍にも枢軸軍にも145ショックを起こしてる


ドースト・ネヴァーベンド少将:適当に設定。名前の通りネヴァーベンド氏族出身のバリバリの貴族将校。


こんなことなら41年の6月にカガンに直訴しておけばよかった:

西部戦線にて

連合軍:エイシン軍戦車だ!通常型シャーマンを盾にしてファイアフライで撃破するか待ち伏せで倒せ!それが無理なら航空支援が来るまでなんとか耐えろ!

ウマムスタン義勇軍:QYi-143かTYi-145の90 mm砲、TYi-144の122mm砲で正面からやれ。あるいはもうちょい近づいてTYi-137-60で仕留めろ。

大ウマムスタン主義者ならこういう感想も出そうだよねっていう話

多分ウマムスタン義勇軍は「獣狩り」とか呼ばれてると思う

この世界だとヴィットマンを撃破したのはファイアフライではなくTYi-137-60かTYi-145、TYi-144なのではないだろうか


改修を経て第一世代、第二世代として活躍したことについては、多分T-44からT-54,T-55,T-62と名称変更されるぐらいの改良が加えられてると思うので割愛



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