TREAT!!

TREAT!!


 日が沈み夜の帷が降りる。

 だが現代において帷が降りきるかどうかは場所によるだろう。

 すくなくとも東京その中でも23区は夜を押し返さんばかりの数多の光が生まれる街だ。

 その街で一組の男女が並んで歩いている。

 年頃はほぼ同じであろう、傍から見れば仲の良い恋人同士に見えるし事実そうでもある。


「ハロウィンよかったな、たきな」

「ええ、皆も楽しんでくれましたし」


 少年の言葉に井ノ上たきなは微笑みながらそう返した。

 時は十月の末、今日はハロウィンの日だ。

 定着と言うのはいささかに歴史が浅く、特に意味もない……ただ何かをする為の切欠として存在してるだけとも言えなくはないが、それでも切欠が在ると無いとでは全然違う。

 だからこそ喫茶リコリコもそのきっかけを最大限に活用してのハロウィンキャンペーンを実施したのだ。

 色々とアイディアを出し合って、詳細を詰めて準備をして。仕込みから開催まで色々大変だったけど楽しかった、やってよかったと思える催し物になった。

「たきなの可愛い仮装も観れたしさ」

「またそれですか?」

「だってホントに可愛かったんだって」

 たきなの仮装は黒猫の魔女だ。普段の衣装や髪型とは違うせいか、どことなく幼く見えてそれがまたコケティッシュな印象を与える。

 少年などは初めて見た時、驚いて固まってしまったぐらいだ。

「皆だって、たきなの事褒めてたろ?」

「それは、そうですが……」

 勿論、たきなだって褒められたら悪い気はしない。彼からの賛辞ならより嬉しく受け止められるというものだ。

 まぁ、褒められて気に入られたからこそ目まぐるしく動くことになって大変な面もあったのではあるが。

「やっぱ疲れた?」

「相応には」

「だよな。たきなと千束、メッチャ動き回ってたし」

「貴方も結構忙しそうにしてたじゃないですか」

「それでも二人に比べたら負担は少なかったと思うよ」

 こういう会話を重ねながら、二人は自宅を目指して街を歩く。

 疲れているのは事実だが忙しいせいでここ最近二人の時間が取れなかったこともあって少しゆっくり目に行くのだ。

 たきなの家と彼の家は別々で、今は彼がたきなを送ってくれている。

 勿論、たきなのリコリスとしての実力を考えれば送ってもらう必要なんてない。けど、恋人同士となればそんな必要のない事がむしろ必要な時間になるものだった。

 その必要な時間を穏やかな気持ちで楽しむ中で彼が何かを思いついた様子を見せる。


「あ、そうだ」

「どうしました?」

「汝の願いを何でも三つ叶えてやろう!」


 ちょっとドヤ顔で胸を張って宣言する彼に、たきなはいささか面食らう。

「なんです、それ」

「知らない?悪魔の三つの願い」

「それは知ってますけど」

 正確に言うとたきなが知ってるのはランプの精の方だ。

 アレも本当は色々と違うらしいが、人ならざる者が願いを叶える話と言うのは世界中で珍しくない。

「ほら、魔女と言ったら悪魔じゃん?」

「貴方が悪魔?」

「まぁ、悪魔と言うのは頼りないかもだけどさ」

 そんな事は無い、色々と頼りにしている。

 リコリスではないからこそリコリスでは在り得ない手助けが彼には出来て、だからこそたきなは其処に一つの場所を見出した。

「たきなが頑張ったから、俺から何かできたらいいなって」

 笑いながら告げる彼。

 その笑顔につられるたきな。

「本当に何でもお願いしていいんですね?」

「んー、出来る範囲」

「三つだけですか?」

「そこは要相談」

 段々と軽妙になってゆくテンポ。

 こうしていると、気持ちが通じ合っている感じがして心地が良い。

 さて、それはそれとして改めて願いを叶えると言われると困ってしまう。

 勿論、色々と不満と悩みはある、けれども不足を感じた事は無い。

 元々がたきなは独立独歩の人だ、自分の事は自分できちっとやるし誰かに迷惑をかけると言うのを嫌がる。

 頼ると迷惑は似ているようで違うというのは知ってるが、だからこそ頼るべき時も理解してる訳で今はそういう時ではないという事だ。

 普段だったら「大丈夫です」とか返しそうだが、申し出を断るのはもったいないと思うのはハロウィンの陽気に中てられたせいだろうか。

 ……あるいは相棒の千束に感化されてきたというのもあるのかもしれない。

 何かなんでも良いからとたきなは思いついた事を口にする。


「明日……じゃないですね明後日はゴミ出しお願いできますか」

「うん、いいよ」

 ハロウィンキャンペーンは楽しかったが後片付けで沢山のゴミが出たからそれをゴミ捨て場まで運んでほしい。


「あと、今回ので色々消耗したんで買い出しも頼みたいです」

「OKOK、あとで何を買ってくればいいかリスト貰える?」

 ゴミ出しもそうだが沢山の荷物となるとやはり男手があった方が良い。単純な力だけでなく体格による積載能力は馬鹿にできない。


 嗚呼、いや違うこういう事じゃない。

 ただ単純に業務を頼んでいるだけじゃないか、しかもいつもやってもらっているような事を。

 けれど、何を願えばいいのだろう。今のたきなには居場所がある、ちょっと悩ましいけど頼りになる相棒が居て、仲間達が居て……そして好きな人がいる。

 以前とは違って、たきなの生活は満たされている。これで何を願えと言えばいいのか。

 たきなは迷う事に慣れていない、だからこそただ時間を浪費するばかり。


「たきな」


 名を呼ばれ、はっと気が付く。

 いつのまにか、たきなの家にたどり着いていた。それは明日までの短いけれど別れの時がやって来たことを意味する。

 何の願いもできぬまま今日が終わろうとしていた。だから、それを認識した瞬間にたきな自信も思いもよらぬ事を口にしていた。

「あの……!」

「ん?」

「最後の、お願い」

「お、決まった?」

「はい、あの……」

 大きく息を吸って、ある程度冷静になって心に灯をともす。

「明日の朝食、お願いできますか」

「うん!……うん?」

 何をお願いされたのか一瞬正確には理解できなかったのだろう、快く引き受けた直後に表情を固めたまま彼が首を傾げる。

 当然だ休日でない限り朝はどこも忙しく、そして明日は休日じゃない。

 彼の家からたきなの家に向かって朝食を準備したのでは色々な事が間に合わない。

 そう、だから、朝を彼がたきなの家で迎える必要があるわけで……

「あー……っと、たきなさん……」

 真意を質そうとしてしかして彼は言葉を切る。

 何故なら、そこには顔を真っ赤にして俯くたきなが居たからだ。その様を見てなお問うほど彼は無思慮ではない。


「その……」

「ダメですか?」

「いや、いいけど……っていうか、俺もその……」

「なら、お願いします」


 腹をくくってはっきりそう伝える。

 今まで気が付かなかった隙間を埋めて、もっと満たされるために。

 さながらそれはジンに願いを掛ける事だろう。三つなどと小さな括りではないこれから幾度も何度でも願いを叶えてもらうのだ。

 ジンのランプを手にした幸運な少女は井ノ上たきな。

 だからこれは彼女の持つ当然の権利。


「さぁ、行きましょう」


 真心からのもてなしが、思いもよらない結末を手繰り寄せて。

 更に特別になった夜に相応しく熱い指先を絡ませるのであった。

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