THE MUG’s MONEYLENDER
稲生紅衣メメ虎屋ダルヴァの主「出来るだけ簡単にらく~に 億万長者になる方法を知っておるか?」
「もしかして 新手のサギ...?」
梨子は稲生と教員と共に茶をシバきに来ていたのだが、頼んでいた茶菓子が揃う前に稲生のしてきたよく分からない質問に困惑していた。
「ふふ 私は以前お答えしたことがありますし黙っておきますね」
教員は二人を見ながら微笑みつつ梨子の返答を待っている。恐らく稲生が世間話でする十八番のような物なのだろうと思いつつ梨子も答えを考えてみる...億万長者とは。
「油田を見つけるとか...金山を見つけるとか...?」
石油王だのなんだのとお金持ちの代表例を挙げてみたが稲生の顔は感心した物でもなく『ドヤッ』としている。あぁどうやらこの回答は引っ掛けか何かに面白いほどに引っかかってしまったのだろうと梨子にも予想が付くほどのドヤ顔である。
「仮にじゃが 油田を見つけたとしてどう掘るのじゃ?どう運ぶんじゃ?どこへ売るんじゃ?既に産出している国への配慮はどうするつもりじゃ?」
「えぇ...」
稲生の質問が爆発し始めたのを見計らって教員も助太刀をする、主に稲生に。
「原油から最終的に作られる物は本当に多岐にわたって面白いですからね...今度授業でも取り上げてみましょうか
それに現世でのガソリンの値段などを考慮すれば『原油』はたくさん掘って売らないといけないですし きっと大変ですね」
梨子の脳内に浮かんでいた黒い海であった油田は即座に枯れ切ってしまった。
時間にして数秒の儚い命であった...。
「じゃあ 正解はいったい何なんですかー?」
不貞腐れながら梨子がそう返していると茶菓子が運ばれて来た、元より茶菓子が目的なのだからひとまずはそちらを優先する。
茶菓子はなかなか良い出来の葛餅であり、教員の甘味の情報網はいつも通り冴えていた。
隻腕の店員はぶっきらぼうに会計の紙を置きプラプラと裏方へ行ったようだ。
稲生は他の場でもこの質問を投げかけていた、十八番であるからしてまあ当然であるのだが。
教員の場合では、つらつらと現実味のある億万長者になるための計画を喋り出した挙句に全然止まらないので途中で稲生が止めた。しかも真っ白な内容では無く結構なあうとろー要素が入った内容であったので正直怖いものであった。
どこぞの殿下に関しては『億万長者から根こそぎ奪う』とのこと。「おぬしほどの者が言うのなら まぁそうじゃろうが...」と勢いに負けて稲生も返答してしまうほどすとれーとであった。
とはいえ奪うというのも色々と問題がある、無論倫理とかの面もあるがそれ以上に。
「奪うのは良いが一回目が終わり もしも同じ手口でやるならば二回目から相当大変じゃぞ
それに奪った物じゃし『じゃあ次は俺が奪うぜ』と言っておぬしみたいなのが沸いて出るぞ?...仮に何人もおぬしが沸いて出たらこの世の終わりじゃな」
「仮に私が数人いてもこの世が滅ぶかはわからないけれど 面倒事が増える可能性があるのは確かに本意ではないね」
他にもちまちまと『真面目に働く』だの『宝くじを買って当てる』といった回答があった事を稲生は覚えている。
さて、実際の所はちょっとぼかしつつ稲生は先程の様な事を梨子にも語ったが。
稲生の思う答えはといえば。
「吾の答えは『億万長者から借りる』じゃな」
「借りてるだけじゃ億万長者じゃないような...」
一瞬手元にあればそれでOKという事だろうかと梨子はトンチに不平を言いつつ口をすぼめていたがどうも違うようである。
「借金をするには返す当てが必要じゃ つまりは億万に匹敵する『信用』やら『信頼』を身につけることが最も近道になる...少なくとも吾はそう思っておる
『信用』があれば元手が無くともあら不思議 金が湧き出てそれを使って儲けて返してまた借りて...繰り返しておればそのうち儲け分で億万長者になってるじゃろう」
「現実味があまりない...」
「そーすは吾」
貴族程ではないが会社を持ってる奴が言うのでそこまで追及できない、大人げない奴である。
「実際融資を受けて経営することもそうですし 貴族やお金持ちに融資を募って研究や事業をするのは昔からあることです」
紙幣になっている野口英雄も研究費をどうたらことたらと教員が話し始めた、ともかく借りるというのは思っていたより普遍的な事であるらしい。
「結局何が言いたいかといえばじゃのう 『お金』を力でも技術にでも置き換えてみて考えてみてほしいのじゃ
強くなりたいのなら強い人の胸を借りる そしてそこで学んで強くなる
技術を磨きたいのであれば良い技術者の技術を借りる そして学ぶ
最初から億万長者級から借りるのは無理じゃろうが 借りて返してを繰り返せば『信用』は溜まっていく...もちろん借りたからには返すのは忘れるでないぞ『信用』に関わるからのう」
先輩風を順風満帆に...これでは吹かしているのか受けているのか風の行方は分からないが、ともかくドヤる稲生を置いておいて教員が一言。
「要約すると『人の縁は大事』『自分を高めていこう』といった所ですよ 私でも稲生さんでも他の方でも誰でも頼ってくださいね梨子さん
自分を『未熟』だと思っていても焦らず借りて返して...そしていずれ誰かに貸す側になれるくらいになってくださいね...いくら時間がかかってもいいですから」
「はーい!」
教員が梨子に分かりやすい様にまとめてしまい、稲生はバキボキに風邪を受けていた帆をへし折られたがめげずに残り少ない先輩風を吹かす。
「言いたい事だいたい言われてしまったのじゃ...まあ良いか
せめてここのお勘定を吾が支払って『立派になって吾に茶菓子を奢り返しに来い』とかっこよく...」
お勘定を手に取ろうとするがどうにも見当たらない。まさかと思い稲生が教員をみるがいつも通りの微笑み顔でこちらを見ている。
「ああごめんなさい 稲生さん
なにせ生徒との食事でしたので 嬉しくてもう払っちゃってます」
「嘘じゃろ!!??吾の梨子ちゃんからの尊敬は!!??」
稲生の先輩風が隙間風より弱くなったがそれはそれとして。
梨子は『葛餅が美味しかった』とでも日記に書こうかと思案するのであった。