Stargazer.
「あはぁ゛っ!あははは、ゔはあ゛ぁ゛!」
星の隠れた雨催いの空の下、壊れたように笑う少女がザクザクとナイフを振るっている。刃の先には、その刃を掲げる少女と年の変わらない制服姿の少女が居た。
制服姿の少女の腕に、腹に、腿に、ふくらはぎに、首筋に、ナイフが皮膚を裂き赤い筋が出来上がる。深く突き刺し引き寄せる。肌が破れて黄色い脂肪組織までが露わになる。
むやみやたらに切り刻まれているように見えた生徒の肌。しかし幾筋もの赤い線が寄り集まれば柔肌の上に文字が浮かび上がった。
[みんな元にもどりますように]
[耳なりが消えますように]
[世界からさとうがなくなりますように]
[みんながさとうをスキになりますように]
鮮血で為されたもの、風化して赤黒くなったもの、真っ黒な瘡蓋でできたもの。見た目は様々だったが、そのどれもが七夕の空に捧げる願い事。
頬に跳ね返った血を拭い、口角を人体が許す限界まで吊り上げた少女はバッと上を見上げ、途端にその表情を不満と怒りでいっぱいにする。
「だめぇぇえええ!!!消えるなぁぁあああ!!起きて!起きてよ!!起きろよぉおおお!!!」
少女が怒声を浴びせた先には、様々な制服の生徒たちが天井から吊り下げられていた。
だらりと両手足を脱力させ、鬱血した顔は赤紫に染まり、口からは唾液が垂れ流しになり、生気のない瞳は虚空を見つめる。そして「消えるな」の言葉の通り、全員の頭上からヘイローの輝きは失われていた。
少女は恐怖していた。
この狂った世界が終わりますようにと願いを託す光が消えてしまう事を。この幸福な世界が永遠に続きますようにと願いを託す光が消えてしまうことを。
厚い雲に覆われた空。星の瞬きは顔を見せず、それは天に願いが届かない事を意味した。
故に少女は代わりのものを空に掲げた。代わりのものを、高く吊し上げたのだ。星とは神が住まう場所。その星が見えないのだから、神様を吊るしてしまえばいい。
少女は殆ど本能的に生徒を襲い、昏倒させ、縛り上げ、攫い。そうして十分な人数を集めてからその『短冊』に願い事を刻み始めた。
刻む短冊は砂糖に穢されたものではダメだ。綺麗な子じゃないと。お願い事も汚れてしまう。
襲われた生徒は皆一様に、砂糖を使ったことのない『綺麗な』生徒たちであった。
自身の妄想を思ったように実現させてくれない現実に腹を立てた少女は、吊り下げた生徒たちに当たるかのようにザクリザクリとナイフを突き立てた。
何人かの生徒は命の残り滓を灯し、ヘイローがポツリポツリと光を取り戻す。しかし、それも長くは続かない。
「ああっ、あああああっ!!!もうっっ!!!なんで!!なんでなんでなんでなんでなんで!!!」
怒り狂いながら癇癪を起こした子供のように暴れ回る少女。
壁を叩き、地団駄を踏み、銃を投げ捨て窓ガラスを割る。吊り下げられた生徒をサンドバッグのように殴り、首を引きちぎらんばかりに体重をかける。
その時、パリン、と何かが砕ける音が響いた。
「あっ!ああ!!!」
パリン、パリン、パリン。
吊るされた生徒たちのヘイローが、限界を迎え次々に割れていく。順序よく砕けていく。
細かく砕けて散ったヘイローが、星の瞬きのように最後の輝きを放って空を漂う。
やっと、やっと星が見えた。やっとお願い事が叶う。
少女は跪き、シスターがするように手を合わせ、一心に心の底から願った。
「世界が平和になりますように」