Stagnation2
記憶にないや、と顎に手を当てる童女の言動をみて、少年は想定していなかった可能性に気付き目を見張る。
───この童女から確かめるべき事が増えた。だがその前に、己が味方であると信じさせねばならない。
少年は慌てたように目を伏せ跪くと、脱いだ外套を童女に差し出した。
「それよりこれを…!」
「おわっと、これは済まない」
童女はのそのそと受け取った外套に袖を通す。体格に合わぬのを裾を持ち上げて結び目を作ることで合わせようとするのを霊圧知覚で警戒しつつ、少年は状況の説明を試みた。
「僕は藍染惣右介と申します。…死神です」
「………へぇ、藍染君かぁ。いい名前だね!」
"死神"という単語に反応はせず、否、敢えて避けたのか笑みを浮かべた童女がここはどこかな?と話を促す。
「この場所は五大貴族が綱彌代家の本邸。その地下八十間に隠された大空洞です。───此処へは、貴方の救出に参りました」
嘘は断じて言っていない。忠誠心など本当は欠片もないことを敢えて告げないだけである。
「そっかぁ、じゃあ早く逃げなきゃだね。どうすれば良い?」
「…少々お待ちを。時間を稼ぐ必要がありますので」
そう言って少年・藍染は童女に手を貸し箱から引っ張り出すと、鉄筒から明らかに人の"臓腑"らしきものを取り出し箱に収め、蓋を閉じた。
「え、ちょ君それ…」
「……申し訳ありません。本物が無いことを誤魔化すには本物と同質のものを、代わりとする必要があるのです」
「なら仕方ない…?」
「いずれ…取り戻す機会もあるでしょう」
藍染は悲しげな表情を繕いながら社の再封印を開始する。そうして暫くすると童女が首を傾げて覗き込んできた。
「大丈夫?霊力足りる?」
「残念ながら…。どうやら先程、貴方の肉体の成長に相当の霊力を消費したようで……」
「わぁ、君そんなことまでしてくれたの?」
だから私の霊圧に君の霊圧が混じってるのかぁ、と呟きながら童女が藍染の左腕に両手を添える。
「今返せる分は返すね!あと敬語は要らないよ?恩人だもん。今度は私が助けるから、友人だと思って気軽に頼ってね!」
にっこり微笑んだ童女の掌から、奪われた霊力が藍染に流れ込んでくる。青白い光が収縮して以降、童女から一切の霊圧を知覚できなくなったのは童女自身が意図的にそれを隠していたからか。
これ程の精密な霊圧操作ができる者は瀞霊廷でも数少ない。感嘆に値する技量だ。藍染は「ありがとう」と照れくさそうに童女へ微笑みを返した。
そうして社の再封印を終えると、童女を誘導しながら静かに屋敷の廊下を移動する。
「いいかい?君の霊圧は特殊だ。万が一にも死神達に観測されてはいけない。そのまま隠しておくんだよ」
「わかった」
童女が不安そうに藍染の袖を掴む。
「大丈夫。堀まで行けば、後は僕が君を抱えて逃げよう」
「……ありがとうね、藍染」
庭園へ出るといつの間にか雲は晴れ、月明かりが二人を照らし出した。おいで、と手を差し伸べる藍染に童女が縋り付く。
重なる小柄な影が二つ、塀を飛び越えて、暗闇に翳る尸魂界の町を駆け抜けた。