Stagnation

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尸魂界・瀞霊廷某所


 貴族達の住まう瀞霊廷でも特筆して荘厳な屋敷。その豪奢な塀の上に一つの影が降り立った。


 深夜零時、星すら雲に隠れた深い夜。歳十を過ぎたばかりであろうその少年は外套を宙に躍らせると、瀞霊廷において誰もが慄く屋敷を門すら通らずに忍び込んだ。

 恐れを知らぬ侵入者はそのまま、静まり返った廊下を迷いなく進み、鍵の掛けられた扉を容易に開いては隠された部屋の奥へと立ち入る。途中、明らかに客人ではない外套を被った少年を、見廻りに着く家人が視界に収めるも声を掛ける事なく通り過ぎていった。

 そうして階段を下り、最後の扉を開いた少年の前に、厳重に封印された小さな社が現れた。

 鎖と大量の札、そして独自に編まれた鬼道によって施された強固なその封印は社の中身を外敵から守る為ではなく、閉じ込める為に施された封印だった。

 少年は懐から取り出した霊具を使い、先日新しく施されたばかりの封印を…...否、だからこそ易々と解除していく。


 数分の後、完全に解かれた鎖を踏み越えた少年は社の扉を開く。すると中に一尺半程の箱が収められているのを確認し、慎重に取り出した。


 以前より、この屋敷には複数の「尸魂界にとって決して知られてはならぬ遺物」が保管されている事を少年は事実として知っていた。それでもこの箱に収められている筈の「遺物」だけは少年にも未知のものだった。

 原因は異常なまでに頑丈な保管体制にあった。なにせ関連する文献や研究資料すらなく、限られた関係者達もこの箱の中身を明言する事は無い。

 とは言っても少年はこれ迄の調査である程度の推測は立てており、結論としては不干渉が適切だと考えていたのだ。しかし最近その「遺物」に関して進展があったのが事の始まり。


 『魂魄昇華実験への使用』


 尸魂界の戦力不足で混沌としている三界を発展させる為の遺物の解明。そう言えば聞こえは良いが、その実態は少年すらも呆れざるを得ない程の所業であった。

 少年は今迄、慎重に慎重を重ねて動いてきた。目的を遂げる為ならば善も悪もない。手を汚すことに恐れもない少年がしかし、今回に限っては危険を承知の上で箱の中身を回収しに来たのだ。

 その行動が義憤から来るものなのか、プライドのみの行動なのか。それは不明だが少なくとも少年にとって、愚を冒す理由としては十分である。

 ただでさえ、少年だけではない全ての魂魄達にある"大きな負債"のせいで世界も己の誇りも何もかもが台無しになっているのだ。せめてこれ以上の負債は負うべきではないのである。


「......霊王の臓腑、か」


 開いた箱の中身が推測通りなのを確認し、次いでにこの状態でも生きている事に思わず眉を顰めて苦笑する。成程、確かに『霊王の臓腑』等という曖昧な表現を使う訳だ。

 彼らにも品性という概念があるのか、と詮無いことを考えながら少年は懐から鉄筒と特殊な保護袋を取り出す。中身を入れ替えるのだ。

 --袋を広げ、箱の中身を移し替えようとソレに手を触れ、

「……ッ!!」

 一瞬のうちに膨大な量の霊力を奪われ、箱から距離をとる。

 驚愕の顔から瞬時に不敵な笑みを浮かべ、箱の中身を見下ろす少年。話に聞く『霊王の右腕』同様、触れてはならぬ遺物なのだ。最悪の想定はしていたが、しかし...これは......


 箱の中身が蠢き光を帯びながら徐々に人の姿を象っていくのを、少年は動揺を押さえつつ観測する。青白い光と異常な霊圧変動は十数秒続き、やがて4,5歳ほどの童女の肉体へと滲むように収縮した。

 童女の持ち上げた瞼から覗く、真黒な瞳が少年の姿を射止める。


「.........やぁ? はじめまして、だね...? おかしいな、君は誰だい?」


 記憶にないや、と顎に手を当てる童女の言動をみて、少年は想定していなかった可能性に気付き目を見張る。

 



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